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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第21話) アラスカへ(その3)
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Issued: 2009.06.11
アラスカへ(その3)[3]
 目次
バックカントリー管理計画
サウントスケープ
地域住民と国立公園
バックカントリー管理計画

 「現在、デナリ国立公園では、バックカントリー管理計画(Backcountry Management Plan)の策定作業を行っています【1】。この計画は、ノースアクセスルートを含め、現在この公園が抱えている幅広い問題についても検討の対象としています」
 「国立公園の利用レベルの設定は、VERP【2】という手法に基づいて設定されています。このバックカントリー管理計画案でも同様の計画手法が用いられています」

 デナリ国立公園のバックカントリーにふさわしい利用者の経験レベルや混雑度合いとはどのようなものなのか、また、脆弱な植生や野生生物への悪影響を回避するための指標とはどのようなものなのか、などについて検討が続けられているという。
 「今回のバックカントリー管理計画案では、利用者のバックカントリー経験の質を次のような指標を用いて判断しています」

  1. Solitude(独居感):到達可能で、頻繁に利用されている地域ながらも、自然景観が維持されていて、人工物はほとんど目に入らない。利用者は、最盛期を除くと、通常は1日10組を超える他の利用者とは遭遇しない。
  2. Primitive(原生的):ほとんど利用者がなく、あたかもまだ新たな発見があるかのように感じられる地域。1日に遭遇する他の利用者はおよそ2組までで、アクセスポイント以外では自然資源への影響がほとんど見られない。
  3. Natural(自然):ほとんど踏査されていないように見え、利用者はこれまで誰も訪れたことのない原生自然に入り込むかのような印象を受ける。他の利用者との遭遇は、一週間に3組以内。
 「その他にも、原生地域の管理のための指標として、次のようなものが考えられます」
  • 目に見える範囲にいくつテントが見えるか
  • キャンプサイトがどの程度使われているように見えるか。
  • 1つのパーティーが目にするゴミや人の排泄物の頻度

 「つまり、このような受け手側の感覚として把握されるような自然環境の変化を目安として、バックカントリーの状態や変化を把握し、管理していこうというわけです」

【1】 
デナリ国立公園のバックカントリー管理計画(Backcountry Management Plan)は、2006年に策定され、国立公園のウェブサイトで公開されている。(PDF)
【2】 VERP(Visitor Experience and Resource Protection:利用者の経験及び資源保護)という手法は、Limit of Acceptable Change(LAC:受容可能な変化の限界)という手法をもとに開発された。VERPでは、まず利用者からの聞き取り調査など、社会的調査手法により適切な利用者の経験レベルや混雑度合いの受容範囲などを明らかにし、その上で、影響を受けやすい公園内の自然・文化資源への悪影響を回避しながら、ビジターに質の高い利用環境を提供するのが狙いである。
サウントスケープ
 「バックカントリー利用者から寄せられる苦情でもっとも多いものは、実は機械的な騒音なんです。これには相当強い嫌悪感が持たれているようです」
 地上の移動手段が非常に限られているデナリ国立公園では、遊覧飛行(Flight seeing)が急増している。せっかく地上のアクセスコントロールをしても、頭上を次々と飛んでいく飛行機の騒音で、バックカントリー利用環境は台無しという訳だ。
 「遊覧飛行による騒音問題は、実は他の公園でも深刻だったんです。だから、連邦議会は、各公園ごとに遊覧飛行管理計画(Air Trip Management Plan)を定め、区域内の飛行機の運行を規制するよう命じました」
 ところが、アラスカ州だけはこの命令から除外されているという。
 「これは、アラスカには1972年から連続当選してきた開発派の影響力を持った上院議員がいたためと言われています。アラスカにおける公園管理は、しばしば、このような政治的な圧力に直面します」
 前述のスノーモービルやATV、そして航空機利用など、この公園の抱える最大の課題は、こうした新たなアクセスの問題にどのように対応していくか、という点に尽きる。
 「デナリ国立公園の『原生的な価値(wilderness value)』をいかに守るかが、この国立公園がこれからも『特別な場所』としてあり続けることができるか否かの試金石になるのです」
 航空機により引き起こされる問題は、1990年に入ってから急増した比較的新しい問題といえる。

 現在、航空機利用問題について国立公園管理者がとっている対策は次の通りだ。

  • 公園内に着陸できるパイロット数の制限
  • 飛行エリアの自主的制限要請
  • 着陸エリアの制限

 「利用者にとって遊覧飛行の目玉は、氷河に着陸し、周辺を散策することです。だから、着陸エリアを制限することは大きな意味があるのです。これをバックカントリー管理計画に定めることができれば、効果は大きいはずです」

地域住民と国立公園
 「国立公園周辺の住民にとって、国立公園のアクセスコントロールに対する考え方は様々です。もともとアラスカの人々は気さくで親切です。観光客をもてなすのが好きで、どちらかというと個人客や小さなグループを好む傾向があります」
 そこでジョーさんが紹介してくれたのが、キーナイフィヨルド国立公園に隣接する港町・スワードの例だった。
 「スワードでは、大きな客船をなるべく排除して、定員が30〜40名ほどの客船までしか受け入れていません」
 巨大クルーズ船は、ただ大量の観光客を送り込むだけなので、町の雰囲気も悪くなってしまう。そのため、住民が反対するようになったそうだ。
 「アラスカでは、産業としての観光業が受け入れられにくい土壌があって、ある程度の規制もやむを得ないと考える人が多いのです」
 規制的な措置が受け入れられやすい素地があるということだ。
 「一方で、公園の南方に位置するトルキートナという町では、観光客数が増えたことにより、より多くの客を呼び込むべきという人々と、今まで通りの静かな町の雰囲気を保つべきという人々が対立して町を2分する論争が起きています」
 ビジターの増加が、地域社会の変化を引き起こしてしまっている一例だ。
 デナリ国立公園の周辺にも、大企業が経営するホテルがある一方、小規模のベッドアンドブレックファーストもまだまだ多い。そのような小さな宿舎がある地域の方が、地域の雰囲気やコミュニティーも保たれている。

 これは、日本の国立公園にも当てはまる。国立公園に指定されることによって様々な規制が課せられるが、規制には地域の関係者の意向が反映される。このため、中小の温泉宿やペンションなどによって構成される地域のコミュニティーが保たれているところも少なくはない。

 「利用者から寄せられるコメントも、国立公園の管理や規制の考え方に賛成してくれる意見がほとんどです。現在検討中のバックカントリー管理計画案へのパブリックコメントは約9,500件寄せられていますが、その95%は公園の規制案に賛成する内容です」
 まさに圧倒的だ。
 「しかし、アメリカでは、このような意見は力をもたないのです」
 「影響力を持つのは、やはりワシントンDCの政治と、その背景にある利権や開発への圧力です」
 例えば、イエローストーン国立公園のスノーモービル問題などは、国立公園の示した規制案を支持する何万件というパブリックコメントがあるにもかかわらず、規制計画が覆されてしまった。反対派は、スノーモービルのツアー会社が多く位置しているウェストイエローストーンという公園のゲートシティにある12社と、それを支援するメーカーなどだ。
 かつては共和党ですら、大気浄化法(Clean Air Act)、水質浄化法(Water Act)、国家環境政策法(NEPA)などの規制的な法律を制定してきたが、現在の米国は、正反対の世論がそれぞれ極論に走り、そして拮抗してしまっている。こうした意見の対立を解消し、地域住民や利害関係者の理解を得るのはますます難しい状況になっている。
 「アラスカの人々の間には『利用を制限しなくても国立公園は保全できる』という幻想がまだまだ根強いんです」
 一般に、「資源は有限であり、自然は守らなくてはならないもの」ということは常識のはずだが、アラスカではまだ社会的な合意が得られていないという。
 「アラスカでは、『まだここにはフロンティアが残されている。資源は無限である』という考えがまだまだ主流です。さすがに最近では限界が近づいてきていることに気付きはじめている人々も多いはずですが、耳を傾けようとはせず、頑なに否定しようとしています」
 自然環境が豊かなだけに、逆にそういった理解が得られ難いということだろうか。

 そのような状況下で、デナリ国立公園はバックカントリー管理計画案を提案し、規制区域や具体的な利用の制限を打ち出した。
 「それは、パレード中に浴びせられた突然の雨に喩えるとわかりやすいのかも知れません。ついにこの地域にまで、『限界』が及んできたということを突き付けるものだったといえます」
 これまでのような利用を続けていけば、自然環境へのダメージを回避することができなくなることが明らかになってきた。利用者にとっても、「動物と出会う頻度」、「風景」、「騒音の程度」、「人に会う頻度」など、国立公園の魅力と恩恵を十分に得ることができなくなりつつある。
 「これは、『アラスカでも、すでにフロンティアは消滅してしまっている』ということを告げるメッセージでもあるのです」
 デナリ国立公園のバックカントリーは、地域の人々にとってまさに「最後のフロンティアであるアラスカ」のよりどころでもあった。逆に言えば、自然を守る国立公園が、「フロンティアの幻想」を守り育ててしまったとも言える。「便利な暮らしをしていたって、国立公園に行けば大自然が残っているじゃないか」という免罪符を与えてきたことは、アメリカの国立公園管理の抱えるひとつの功罪といえるだろう。
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