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環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

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環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

目次
1992年のリオサミットを機に、総力をあげて地球環境に取り組むようになった
12年離れている間に、企業の環境とCSRへの取り組みが大きく進んでいた
石綿(アスベスト)健康被害の救済が大きな業務へ
【1】公害健康被害の補償業務
公害健康被害補償制度における補償給付に必要な費用の一部(汚染負荷量賦課金、特定賦課金)をばい煙発生施設等設置者または特定施設等設置者から徴収し、それを公害に係る健康被害発生地域の県、市、区に納付する業務(健康被害者への支給は県、市、区から行う)。
【2】公害健康被害予防事業
地域住民に対して、ぜん息等の発症予防及び健康回復を図るための事業。従来から国や地方公共団体が行ってきているぜん息等に対する対策や大気汚染の改善に関する施策を補完し、地域住民の健康の確保を図ることを目的として実施している。
【3】地球環境基金
国の出資金と民間からの寄付金によって造成される基金で、その運用益(利息)と国からの運営費交付金によって、日本国内及び開発途上地域の環境保全に取り組む世界中の民間団体(NGO、NPO)の活動を支援する助成とNGO、NPOの活動を振興するための研修、情報提供などを行っている。
【4】アスベスト(石綿)健康被害救済業務
アスベスト(石綿)による健康被害については、アスベストが長期間にわたって幅広くかつ大量に使用されてきた結果、多数の健康被害が発生してきている一方で、長期にわたる潜伏期間があって因果関係の特定が難しいという特殊性がある。
本業務は、石綿の吸入により指定疾病にかかった旨の認定を受けた方(被認定者)及び指定疾病に起因して死亡した方の遺族に救済給付を支給するもの。

No.016

Issued: 2013.04.10

第16回 環境再生保全機構・福井光彦理事長、環境への取り組みの経験や今後の抱負を語る[1]

実施日:平成25年3月27日(水)16:00〜16:30
聞き手:一般財団法人環境情報センター 理事長 大塚柳太郎

1992年のリオサミットを機に、総力をあげて地球環境に取り組むようになった

福井 光彦(ふくい みつひこ)さん
福井 光彦(ふくい みつひこ)さん
独立行政法人環境再生保全機構理事長。
1992年 安田火災海上保険(株)地球環境室特命課長、2009年 (財)損保ジャパン環境財団専務理事を歴任。2012年より現職。

大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただき、誠にありがとうございます。福井さんは、安田火災海上保険株式会社、株式会社損保ジャパンおよび財団法人損保ジャパン環境財団、現在は独立行政法人環境再生保全機構にお勤めで、長年にわたり環境問題の解決や環境再生にかかわってこられました。本日は、企業、財団、そして独立行政法人環境再生保全機構の環境への取り組みについて、お伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願いします。
福井さんは平成4(1992)年に、安田火災海上の地球環境室特命課長に就任されたと伺っております。この年は、リオ・デ・ジャネイロで地球サミット(国連環境開発会議)が開催された年でもありました。最初に、その頃の日本の企業や社会における環境問題の認識や取り組みについてお話しいただけますでしょうか。

福井さん― 1970年代から1980年代は、大手の製造業などが産業公害対策に取り組まれていました。大手の総合商社には、熱帯林の伐採がもたらす問題への対策に取り組まれていたところがあったかもしれません。しかし、それ以外の企業では、サービス業や金融保険業も含めて、1980年代に環境問題といってもピンとこなかったと思います。そのような中で、1991年に、平岩外四氏が会長を務めていた経団連が地球環境憲章を発表し、会員企業に地球環境問題への積極的な取り組みを呼びかけました。このとき、安田火災海上も社内に委員会を設置して環境問題への取り組みを開始したのです。

大塚― 実際には、どのような状況だったのでしょうか。

福井さん― 安田火災海上の場合、1991年に社内に委員会を作って、環境問題への地道な取り組みを進めようとしていたのです。それが加速されたのは、1992年6月のリオサミットに、当時社長だった後藤康男氏が経団連のミッションの団長として参加してからです。帰国した後藤社長は、われわれスタッフを集め、「21世紀は環境とNGOの世紀になる」「必ず社会が大きく動くからすぐに地球環境室を作り、総力をあげて取り組みなさい」と指示されたのです。10月1日には地球環境室がスタートしました。

大塚― 経団連の平岩会長はもちろん、安田火災海上の後藤社長も先見の明に富んでおられたのですね。

福井さん― NHKに自分の出身の小学校で授業をする番組があり、後藤社長は愛媛県の小学校で授業を行っています。そのテーマが「保険と環境」で、「一人は万人のために、万人は一人のために」が、保険の精神であり環境の精神であると小学生に説明していました。環境マインドが強かったと思います。

大塚― すばらしい言葉ですね。

福井さん― 後藤社長が地球サミットに参加する直前の1992年4月に、アメリカのNGOのザ・ネイチャー・コンサーバンシー(TNC)の会長が会社を訪ねてこられ、熱帯雨林のプロジェクトの重要性をスライドで説明したのです。後藤社長は、彼の考えに大きな関心を示したこともあり、リオに行ったのです。リオでは、NGOと各国政府の活動にびっくりしたようで、特にNGOの活動や内容に大きな刺激を受けて帰ってきました。
経団連の環境への取り組みも本格化し、9月には自然保護基金が作られ、その運営協議会の初代会長に後藤社長が推挙されました。後藤社長は、経団連の自然保護基金を運営すると同時に、安田火災海上の社内に地球環境室を作りました。その初代の課長を私が拝命することになったのです。

12年離れている間に、企業の環境とCSRへの取り組みが大きく進んでいた

大塚― 地球環境室の創設は、安田火災海上が最初だったのでしょうか。

福井さん― 安田火災海上には、1990年当時、リスクマネジメント部の中に環境リスクマネジメント室がありましたし、ほかの損保会社にも同様の組織はありました。しかし、地球環境室は、それとは別に、経営企画部の下で、経営の課題として取り組む部門という位置づけで誕生したのです。

大塚― 企業の環境問題への取り組みあるいは貢献は、今ではごく普通になったCSRの動きと連動するような面もあったかと思いますが、当時の状況を福井さんの経験からご説明ください。

福井さん― 1992年から1997年までの5年間、地球環境室特命課長として安田火災海上の環境への取り組みの基盤づくりをしました。その後の12年間、ほかの部署におり、安田火災海上が合併して損保ジャパンとなった後、2009年に退任し、損保ジャパン環境財団の専務理事に就任しました。12年ぶりに環境の世界に戻ったのです。びっくりしました。12年離れている間に、企業の環境とCSRへの取り組みが大きく進んでいたのです。特に経団連傘下の企業のほとんどは、環境問題からCSR全般へ取組みを拡大していきました。また、「環境」から「人権」などの社会的課題へと視野が広がっていました。さらに言うと、CSRは本業の中で取り組むことが理解されるようになっていたのです。

大塚― お話しのように、環境問題やCSRを本業の中で取り組むことが、まさに本質を突いていると思います。福井さんの記憶に鮮明なことなどを、具体的にご紹介いただけますか。

福井さん― 例えば、損保ジャパングループでも投資信託の商品に、環境に先進的に取り組んでいる企業向けのものを作りました。また、環境に良い物品を買うグリーン調達についても、会社の中だけで閉じるのでなく、保険を売る代理店会や自動車整備工場の代理店会などにも声をかけ、半分以上の代理店が参加してグリーン調達に取り組んでくれました。こういう仕組みを通して、総務部門や金融部門がそれぞれの仕事の中で環境に取り組むようになったのです。CSRを環境推進室だけでなく、それぞれが実践するようになったわけで、私は大変感動しました。

石綿(アスベスト)健康被害の救済が大きな業務へ

大塚― 話題を少し変えさせていただきます。現在お勤めの独立行政法人環境再生保全機構は、環境政策の実施機関として設置されたものと理解しておりますが、現在の主要な事業をご紹介下さい。

福井さん― 1つが公害健康被害の補償業務【1】です。それに関係する公害健康被害の予防事業【2】もしています。それから、NPOやNGOへの助成事業と研修事業を柱にする地球環境基金事業【3】です。最近は、石綿(アスベスト)健康被害の救済が大きな業務になっています【4】

石綿(アスベスト)救済制度の広報用ポスター
石綿(アスベスト)救済制度の広報用ポスター

大塚― アスベスト被害者の救済事業は、労働者災害補償保険法(労災法)で救済されにくい方を対象にしていると思いますが、どのような状況なのでしょうか。

福井さん― 本年2月末までに申請いただいた方が12,157名で、その内で審査し認定された方が8,481名です。不認定の方が1,875名、途中で取り下げられた方が1,322名ですので、約7割の方が認定されたことになります。しかし、まだPRというか告知が不充分な部分があるので、一所懸命告知を心がけているところです。新聞、雑誌、電車の広告や、インターネットも利用しています。最近は、病院の待合室にいる患者さんの目につくように、病院のディスプレイの利用も始めています。さらに、医師向けの雑誌にも広告を載せています。

大塚― アスベストへの曝露から発症するまでの時間は、ケースバイケースでしょうが、どのくらいかかるのでしょうか。

福井さん― 30年か40年経過してから発症するとされています。ですから、亡くなられた後でご家族が申請されることもあります。先ほど申し上げた申請数や認定数には、そのような方々も含まれています。

大塚― ところで、申請数は減ってきているのでしょうか。

福井さん― 少しずつ減りながらも安定的だったのです。ところが、昨年の2月から3月に厚生労働省が過去に曝露された方々向けに改めて告知を行ったので、直後の3月から5月にかけてぐんと増えました。告知が大事なことが改めてわかったので、厚生労働省および環境省と当機構が一体になって、告知を進めているところです。

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