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エコチャレンジャー

環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

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エコチャレンジャー

環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

目次
川遊びやハイキングをする中で子どもたちが変化していくのを見て、大学で学ぶのとは違うものを感じました
僕自身は、もともと「冒険学校」に関心がありました
子どもたちの外遊びの機会が減り、いろいろな歪みが生まれて社会問題化していました
われわれの校舎は、自然の中ということです
【1】アウトワード・バウンド・スクール(OBS)
「アウトワード・バウンド(Outward Bound)」は、「出港準備ができた」を意味する海事用語。ドイツの教育者クルン・ハートが1941年にイギリスのウェールズで創った短期スクールの名称に初めて用いられた。その後、野外活動、サバイバル訓練、各種スポーツを対象に、相互信頼とチームワークを培う社会教育施設として世界各地に広がった。

No.019

Issued: 2013.07.10

第19回 NPO法人国際自然大学校・佐藤初雄理事長に聞く、社会問題を解決する“自然学校”の使命[1]

実施日:平成25年6月19日(水)14:00〜14:30
聞き手:一般財団法人環境情報センター 理事長 大塚柳太郎

川遊びやハイキングをする中で子どもたちが変化していくのを見て、大学で学ぶのとは違うものを感じました

佐藤初雄(さとうはつお)さん
佐藤初雄(さとうはつお)さん
NPO法人国際自然大学校理事長。
79年財団法人農村文化協会栂池センター勤務、83年国際自然大学校設立。
NPO法人自然体験活動推進協議会代表理事、NPO法人神奈川シニア自然大学校理事長、日本野外教育学会理事などを兼務。環境省・文部科学省・農林水産省の各種研究会委員を歴任。著書『社会問題を解決する 自然学校の使命』(みくに出版)

大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただき、ありがとうございます。佐藤さんは、NPO法人国際自然大学校理事長として、自然体験活動をはじめ実践的な環境教育・自然教育の分野で活躍されておられます。本日は、自然体験活動を通じた環境教育の歴史や現状、さらには将来展望について伺いたいと思います。よろしくお願いいたします。
早速ですが、佐藤さんが国際自然大学校を設立されたきっかけや、当時の状況などをお話しいただけますか。

佐藤さん― 私は、教員になろうと教員養成コースのある日本体育大学に入り、そこで「野外教育」という授業に出合ったのです。授業と野外実習がありました。1年生で水泳実習、2年生でキャンプ実習、3年生でスキー実習、4年生でスケート実習が必修でした。野外教育という分野で、技術の習得だけでなく、チームワークとかコミュニケーションについて学ぶことに、新鮮さと魅力を感じました。学生時代に、子どもたちの夏休みのキャンプのリーダーをした時も、参加した子どもたちがすごく変化するのを実感したのを覚えています。

大塚― キャンプのリーダーは、大学の野外教育の授業とは別になさったのですか。

佐藤さん― はい。民間の企画で、リーダーを募集していたので応募したのです。キャンプは民宿を借りるもの、テントを立てるものなどさまざまでしたが、川遊びやハイキングをする中で子どもたちが変化していくのを見て、大学で学ぶのとは違うものを感じました。まさに野外教育だろうと思い、大学2年生の時、野外教育活動研究会というサークルを立ち上げたのです。「野外教育」の授業で習ったことを、より実践的にするとか、指導法に結びつけることを勉強しました。その時、学校の先生になるよりも、こういう教育を専門的にしたいと考えるようになったのです。卒業後4年たった26歳の時、大学時代の同級生と国際自然大学校を立ち上げたのです。

大塚― サークルでの実践が、設立に結びついたということでしょうか。

僕自身は、もともと「冒険学校」に関心がありました

佐藤さん― そうですね。学生の時、一緒に立ち上げた同級生と、将来的にこういう組織を創り、その活動で生活していけたらいいな、とよく話しました。
僕自身は、もともと「冒険学校」に関心がありました。世界中に、アウトワード・バウンド・スクール(OBS)【1】という冒険学校があります。大学の卒業時に、今で言えば卒業旅行として、国際自然大学校を一緒に立ち上げた同級生ともう1人の3人で、イギリスのOBSを体験しました。帰る頃に、財団法人農村文化協会が日本初の冒険学校を長野県の栂池高原に開設し、私はインストラクターとして就職しました。

大塚― 卒業と同時だったのですね。

佐藤さん― そうです。残念ながら、栂池でのOBSは、年に1回くらいのコースしか開くことができず、私は2年ほどで辞め、1982年にアメリカに渡りました。留学でなく遊学ですね。約100日間の冒険学校のインストラクター養成コースに参加し、その後、23日間の夏休みのコースにアシスタントインストラクターとしてかかわりました。さらに、YMCAのキャンプ場とテキサス州の野外教育センターに約1ヶ月滞在しました。
日本に戻った翌年、2人で国際自然大学校を立ち上げたのです。

大塚― アメリカのコースで一緒だったのは、アメリカ人だけだったのですか。

佐藤さん― そうです。日本人は私だけでした。

大塚― アメリカ人と日本人とでは、自然との付き合い方がずいぶん違うと思いますが、いかがでしたか。

佐藤さん― 日本とアメリカでは自然のスケールが違いますし、また国民性の違いもあります。ただ、教育手法というか、指導の仕方はすごく勉強になりました。もちろん、アメリカのシステムそのままでは通用しませんから、国際自然大学校では日本に合うようアレンジをしました。

子どもたちの外遊びの機会が減り、いろいろな歪みが生まれて社会問題化していました

マウンテンバイクで駆け抜ける!風を切って走るのは気持ちいいね。
マウンテンバイクで駆け抜ける!風を切って走るのは気持ちいいね。

編笠岳山頂!みんな素敵な笑顔です。
編笠岳山頂!みんな素敵な笑顔です。

「フ〜ッ!フ〜ッ!」一生懸命ふいて、火を大きくしなきゃ!
「フ〜ッ!フ〜ッ!」一生懸命ふいて、火を大きくしなきゃ!

大塚― 1983年に国際自然大学校を立ち上げられた頃の話をお願いします。

佐藤さん― 当時、子どもたちの外遊びの機会が減り、そのことによるいろいろな歪みが生まれ、社会問題化していました。私たちは、遊びの場を提供する活動を、ボランティアでなくお金をいただいて行おうとしたのですが、理解していただくには少し時間がかかりました。設立当時─今でもつづいているとも言えますが─、事業化することに苦労しました。

大塚― いろいろな考え方があるでしょうが、佐藤さんが言われたように、ボランティアでなく、仕事として取り組むのが大事だと思います。ところで、その頃の具体的な活動をご紹介ください。

佐藤さん― 私のアメリカでの経験では、サマーキャンプですと夏休みに1ヶ月か2ヶ月、最短でも1週間くらいかけて行われます。日本では、夏休み期間でも2泊3日とか3泊4日しかできないのです。そのため、夏休み以外にも分散させ、毎月1回、土曜・日曜をつかう「通年コース」を作りました。川や海に行くこと、ハイキングやウォーキングだけでなく、5月には田植え、10月には稲刈りもしました。ウォーキングでは、30キロメートルまでの幾つかのコースを用意し、子どもの年齢に応じ夜通し歩くのです。このような「通年コース」を現在もやっています。

大塚― どのくらいの子どもたちが参加したのですか。

佐藤さん― 最初は4人か5人、それが30人、40人と増えました。けれども、月に1回ですから限られています。そこで、企画そのものを自治体や企業に引き受けてもらおうと考えました。私たちと、自治体あるいは企業が企画の実施を分担するのです。

大塚― いろいろとご苦労されたのがよくわかります。対象は主に小学生ですか。

佐藤さん― そうです、小学校の3年生から6年生が中心です。自治体が主催した企画には、中学生を対象にしたものもあります。1984年に川崎市が企画した3泊4日の自然教室、今でいう林間学校は、市のすべての中学校で行うことになりました。私たちが委託を受け、ハイキングや飯ごう炊飯の指導のために、スタッフをクラスに1人ずつ派遣しました。私たちにとっては、平日の企画が魅力でした。

大塚― 今お話があった川崎市の場合、子どもの自然とのふれあいが希薄になったことが背景にあったのでしょうか。

佐藤さん― そうだと思います。1984年に、当時の文部省が自然教室推進事業として、全国の自治体に、学校における林間学校や自然教育を充実するよう通達を出しています。

大塚― 佐藤さんたちの動きがあったから、世の中が動いたのでしょう。

佐藤さん― たまたまタイミングが合ったのだと思います。「先見の明があるね」とよく言われましたが、私が卒業した直後に、たまたま国の自然教室推進事業がはじまったのだと思っています。

われわれの校舎は、自然の中ということです

大塚― 現在は、どのような体制で事業を展開されているのですか。

佐藤さん― 今はNPO法人になっています。職員が約50人、パートさんが約10人、全部で60人くらいで仕事をしています。東京と日光に拠点施設をおき、山梨県の日野春、沖縄、横浜、そして今年4月から埼玉と福岡にも拠点をおいています。

大塚― スクーリングはどのように実施されているのですか。

佐藤さん― 日光と日野春には、キャンプ場や宿泊施設があり、冒険教育をしています。日野春には、一見するとフィールドアスレチックのような施設もあります。ほかのところは、事務所があって職員がいるだけです。われわれの校舎は、自然の中ということです。
東京の場合ですと、たとえば高尾山や多摩川、あるいは海に行くために、新宿に朝に集合し夕方の5時ころに戻って解散するのがふつうです。日野春に行く時は、新宿に集合して電車でキャンプ場に直行し、2泊3日か3泊4日して戻ってきます。

大塚― 活動の中に田植えなどもあり驚いたのですが、職員の方がすべての活動を受けもつのでしょうか。

佐藤さん― それぞれの活動に、職員が1人から3人つき、10人くらいの学生のボランティアにかかわってもらっています。田植えや稲刈りは農家の方に教えていただきますが、職員はいろいろな経験をもち、山登り、川遊び、スキーなどの基本的な技術を学んでおり、学生さんたちに指導法も伝えています。学生さんには、救急法などの安全管理についても勉強してもらっています。

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