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環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

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環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

目次
自然・生態系の保全から、公害問題などが出てくる中で、自然の保護・保全をトータルに捉えるように転換
公害教育と自然保護教育の2つが日本における環境教育のルーツ
「人と自然」との関係に焦点をあてる環境教育から、「人と自然」「人と人」「人と社会」を対象に持続可能な社会を創る教育に切り替わった
持続可能な社会のビジョンを皆で描き創り上げて、実際に創っていくことが、最も重要な課題であり目標
【1】】IUCN(International Union for Conservation of Nature and Natural Resources)
 自然及び天然資源の保全に関する国際同盟(通称、国際自然保護連合)。ワシントン条約(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)およびラムサール条約(特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約)と関係が深く、「絶滅の恐れのある生物リスト(通称、レッドリスト)」を作成している。
【2】国連人間環境会議
 「かけがえのない地球(Only One Earth)」をキャッチフレーズに世界113カ国が参加した会議で、「人間環境宣言」および「環境国際行動計画」の採択などがなされた。
【3】地球環境保全に関する東京会議
 1989年9月に日本政府の主催で開催された国際会議。地球環境問題のうち、地球温暖化、熱帯林の減少及び開発途上国の環境汚染問題を重点的な検討テーマとして取り上げ、最新の科学的知見の集約と今後世界のとるべき行動についての提言を行うことを目的として、世界23か国から多数の有識者の参加を得て行われた。
【4】地球サミットとアジェンダ21
 1992年にリオデジャネイロで開催された「国連環境開発会議」。この会議で決議されたアジェンダ21は、21世紀に向け持続可能な開発を実現するために各国および関係国際機関が実行すべき行動計画。なお、2002年にヨハネスブルグで開催された「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(通称、ヨハネスブルグ・サミット)および2012年にリオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」(通称、リオ+20)も、地球サミットと呼ばれる。
【5】地球環境基金
 国の出資金と民間からの寄付金によって造成される基金で、その運用益と国からの運営費交付金により、国内および開発途上地域において環境保全に取組む民間団体の活動を支援する事業。

No.033

Issued: 2014.09.17

第33回 立教大学・阿部治教授に聞く、環境教育のルーツとESDへの発展[1]

平成26年8月18日(水)15:30〜
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎

自然・生態系の保全から、公害問題などが出てくる中で、自然の保護・保全をトータルに捉えるように転換

阿部治(あべおさむ)さん
阿部治(あべおさむ)さん
 1955年新潟県生まれ。
 立教大学社会学部・異文化コミュニケーション研究科教授、日本環境教育学会会長。専門は環境教育/ESD。
 現在、同大学ESD研究所所長として日本を含むアジア太平洋地域の環境教育/ESDのアクションリサーチを行っている他、政府や企業、NGOなど多くの学外組織において持続可能な社会構築に向けた活動を展開している。

大塚理事長(以下、大塚)―  本日は、EICネットのエコチャレンジャーにお出ましいただきありがとうございます。阿部さんは、日本環境教育学会長、特定非営利活動法人「持続可能な開発のための教育の10年」推進会議(ESD-J)代表理事を務められるなど、環境教育の分野で長年にわたり活躍されておられます。「持続可能な開発のための教育(ESD)」の取組みが始まり10年を迎えた機会に、我が国あるいは世界における環境教育の現状や展望などについて伺いたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
 最初に、環境教育の歴史を、我が国だけでなく世界を視野に概観していただけますでしょうか。

阿部さん―  「環境教育」という言葉が最初に文献で確認できるのは、1948年のIUCN(国際自然保護連合)【1】の設立総会でなされた、イギリス人のトマス・プリチャードの発言といわれており、自然・生態系を保全するための教育を指していました。その背景として、アメリカを中心に1800年代後半から自然学習あるいは野外教育が始まり、1900年代にはいると自然保護あるいは自然管理の活動が進められていたことがあげられます。

大塚― IUCNが行う自然保護の取組みに変化があったということですか。

阿部さん― IUCNは、国際団体(International Union)を指す英語の頭文字のIUの後に、コンサベーション・オブ・ネイチャー・アンド・ナチュラル・リソーシズ(Conservation of Nature and Natural Resources:自然及び天然資源の保全)を指すCNがついているのですが、1948年以前にはIUの後にプロテクション・オブ・ネイチャー(Protection of Nature:自然保護)の頭文字のPNがつくIUPNという組織だったのです。この名称変更は、中心的な課題が、以前の自然・生態系の保護から、公害問題などが出てくる中で、自然の保護・保全をトータルに捉えるように転換したことを反映しています。この変化は、環境教育の分野にもあてはまります。

公害教育と自然保護教育の2つが日本における環境教育のルーツ

院生との佐渡での野外調査
院生との佐渡での野外調査

大塚― 日本の環境教育はどうだったのでしょう。

阿部さん― 日本では、公害から子どもたちを護る運動とともに、公害教育あるいは公害学習が1960年代に始まりました。同じ頃に、大規模な開発から自然を護ろうという自然保護教育も始まっています。この2つが日本における環境教育のルーツといわれます。ところが、両方とも行政や産業界から嫌われ、なかなか普及しませんでした。変化のきっかけは、環境教育が1972年にストックホルムで開かれた国連人間環境会議【2】における勧告の1つになったことで、その後、日本でも一般化するようになったのです。

大塚― 阿部さんは、環境教育に早くからかかわっておられたのですね。

阿部さん― 環境教育という言葉は、環境科学として研究を展開しようとしていた生態学や地理学の研究者の間で、1970年代に使われ始めていました。私自身は学生のときに、自然保護教育、中でも野生動物の保護にかんする教育に関心をもち、1979年から本格的に取組み始めました。ところが、私たちが環境教育という言葉を使うことに対して、行政や産業界から反発されただけでなく、従来から自然保護教育・公害教育を行っていたグループからも反発される状況でした。
 実は、ESD(持続可能な開発のための教育)を進めようとしたときも状況が似ています。環境教育に携わる多くの方々は、今でこそESDを推進されていますが、当時はテーマが広がり過ぎると思われたのか否定的だったのです。

大塚― 当時はどのようなところで、環境教育の研究がなされていたのですか。

阿部さん― 環境教育の研究を行っているところはありませんでした。ただ、環境学については、環境保護学科が日本で最初にできた東京農工大学、園芸学部に環境緑地学科ができた千葉大学、畜産環境学科ができた帯広畜産大学などで行われ始めました。私は東京農工大学の学生時代に野生動物保全管理学を専攻し、子どもたちを集めて自然保護教育を行ったりしていました。将来は環境教育を担当する学校の教員になりたいと思い、1977年に環境科学の大学院が最初にでき、唯一環境教育の研究室があった筑波大学に進んだのです。
 筑波大学における環境科学は非常に学際的で、自然科学・人文科学・社会科学のすべてが含まれていました。私自身も、アメリカの国立公園における環境教育(その後、視覚障害児に対する環境教育)を研究テーマにしたのですが、いろいろなことに関心をもち、公害教育にかかわる研究会などにも顔を出していました。

「人と自然」との関係に焦点をあてる環境教育から、「人と自然」「人と人」「人と社会」を対象に持続可能な社会を創る教育に切り替わった

学部ゼミで出展しているエコプロダクツ展
学部ゼミで出展しているエコプロダクツ展

大塚― 環境教育の対象は非常に幅広いのですが、日本の学校教育に焦点をあて、歴史的な流れの中でご説明いただけますか。

阿部さん― 日本における環境教育の導入期は、その基点を公害教育・自然保護教育とすれば、1960年代になります。世界的に環境教育が注目され始め日本に紹介されたのが1970年代、環境教育に関連する学会ができ始めたのが1980年代です。1990年になると、文部科学省が環境教育指導資料をつくり始め、環境教育が本格的に行われるようになりました。
 1990年までは、環境教育は周囲から反発されることが多かったのですよ。環境教育の研究会に参加した教師たちが、校長に「やめろ」と言われたこともありました。私自身、毎年夏に文部科学省に環境教育の陳情をしていたのですが、いつも門前払いでした。1989年に陳情したときもそうだったのですが、その年の秋に突然、環境教育の指導資料をつくる予算がついたのです。政府とUNEP主催による地球環境保全に関する東京会議【3】が東京であり、当時の文部省も環境教育を始めざるを得なかったのでしょう。小学校・中学校・高等学校の指導資料つくりが始まり、私もかかわることになりました。

大塚― どのように進んだのですか。

阿部さん― たとえば、小学校1、2年生の教科である「生活科」の内容は、まさに環境教育でしたね。学校の外でも、「こどもエコクラブ」などの活動が盛んになりました。1993年には環境教育という言葉が環境基本法に取り入れられ、2000年に「総合学習」が導入され環境教育が広がるのと同時に、日本が世界に提案したESDが重視され始めました。その結果、狭義の環境あるいは「人と自然」との関係に焦点をあてる環境教育から、ESDが目指す、「人と自然」「人と人」「人と社会」を対象に持続可能な社会を創る教育に切り替わったのです。2003年には、環境教育推進法もつくられました。

大塚― お話を伺っていると、いくつか大きなターニングポイントがあったようですが、その最初が1990年代にさかのぼるのですね。

阿部さん― そうですね。1992年にリオデジャネイロで開かれた地球サミット【4】が、大きな役割を果たしたと思います。地球サミットが引き金となり、国内では環境基本法ができ、とくに、民間の地球環境基金【5】の支援によって、日本の環境教育は幅広い展開が可能になったのです。


持続可能な社会のビジョンを皆で描き創り上げて、実際に創っていくことが、最も重要な課題であり目標

学生とのビオトープ作り
学生とのビオトープ作り

大塚― 具体的な展開についてお伺いしたいのですが、まずは学校の現場ではどうだったのでしょうか。

阿部さん― 環境教育をどう進めるかで、2つの異なる主張が出されました。1つは、学校教育の中に環境教育をしっかりと位置づける、つまり独立した教科にするという立場です。もう1つは、特定の教科ではなくすべての教科で環境について教えるという立場です。

大塚― 現在も、両方の主張がつづいているのですか。

阿部さん― そうです。私自身は、全教科と特別活動等で環境について教え、その上で全教科を串刺しにする環境の時間も必要と考えていました。「総合学習」が2000年に導入されたとき、総合学習が重視する「生きる力」は環境教育の目標とも重なりますし、総合学習の中で、いろいろな教科や特別活動等で学んできたことを環境教育として統合できるだろうと期待しました。私自身も、実際に学校の現場でさまざまな試みもしました。ところが、英語教育等、総合学習が扱うべきテーマが増え、その上、時間数も削減されました。その状況の中で、私も環境教育の時間を確保しなければならないと考えるようになり、方針転換をしました。今は小学校5年生、中学校・高等学校の2年生に環境教育/ESDの時間を設け、全教科/特別活動を串ざしにすることができないかと考えています。

大塚― 学校以外の社会における環境教育の状況についても教えてください。

阿部さん― 持続可能な社会を創る上で、重要な役割を担うと期待されるのは企業です。たとえば、安田火災海上保険(現・損保ジャパン)は、1993年から「市民のための環境公開講座」を開いています。安田火災海上保険の当時の後藤社長が地球サミットに出席され、この企画を始められたのです。それ以降、多くの企業がCSR(企業の社会的責任)の一環として環境教育を始めています。
 ただ、私にとって気になることもあります。さまざまなセクターが環境教育あるいはESDに参入していただくのは大変結構なのですが、持続可能な社会についての具体的なビジョンの共有が進んでいないのです。このことは、日本の環境教育の課題でもあります。学校教育についていえば、私自身も「生活科」「理科」「家庭科」の教科書の編集に十数年も携わっていますが、教科間で、持続可能な社会についてのイメージが共有されていないのですよ。学校教育を離れても、「持続可能性」のキーワードである「循環」や「自然共生」に対し、そのイメージが我々の中でもバラバラですし、関係する省庁の間でもバラバラではないですか。溝はますます深くなっていると感じています。私は、環境教育でもESDでも、持続可能な社会のビジョンを皆で描き創り上げていくこと、その上で持続可能社会を実際に創っていくことが、最も重要な課題であり目標と考えています。

大塚― 多くのセクターで理解されはじめているものの、核になる視点が明確でないという指摘は重要と思います。問題はどこにあるのでしょう。

阿部さん― 問題はさまざまあると思いますが、国の方針づくりにかかわる官僚や政治家に責任があるのはまちがいないでしょう。政治家の責任は大きいと思います。政治主導が果たす役割は非常に大きいですから。

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