一般財団法人環境イノベーション情報機構
エコチャレンジャー 環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

No.090

Issued: 2019.11.20

第90回 東北大学教授の早坂忠裕さんに聞く、気候学の最近の成果と今後の課題

早坂忠裕さん

実施日時:令和元年9月30日(木)13:00〜
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
ゲスト:早坂 忠裕(はやさか ただひろ)さん

  • 東北大学大学院理学研究科・理学部教授 同大学理事・副学長(研究担当)。
  • 1959年仙台市生まれ、理学博士。専門は大気物理学。1982年 東北大学理学部地球物理学科卒業、1984年 東北大学大学院理学研究科前期課程修了、1988年 東北大学大学院理学研究科後期課程修了。
  • 1988年 日本学術振興会特別研究員PD(東北大学理学部)、1990年 東北大学理学部助手、1994年 東北大学理学部助教授、1998年 東北大学大学院理学研究科助教授、1999年 東北大学大学院理学研究科教授、1999年 国立極地研究所教授、2001年 総合地球環境学研究所研究部教授、2014年 東北大学理学研究科長・理学部長などを経て、2018年4月より現職。
目次
観測の事実はあっても、その理由はわかっていない。研究のおもしろさはそういうところにある
気候の将来予測について、20年前の予測がかなり当たってきている
海面水温そのものが日本のすぐ南で高くなっているのと、海の表面だけでなく中の方まで水温が高い
関係するデータのすべてが、できるだけ整合的に説明できるように理解したい
因果関係がわかりにくくなると、自分の理解したいように理解する傾向がある
社会との接点も大事だけど、サイエンスとしてのおもしろさを伝えていくことも大事
知らないことを認識し、好奇心と想像力を働かせる

観測の事実はあっても、その理由はわかっていない。研究のおもしろさはそういうところにある

大塚理事長(以下、大塚)― 今回のエコチャレンジャーには、気候学の分野で幅広く研究を展開されている東北大学教授の早坂忠裕さんをお迎えしました。言うまでもなく、地球温暖化をはじめとする地球規模での気候変化、日本を含む世界各地における激甚な気象災害の発生など、気候が世界の人びとの最大の関心事になってきました。
 エコチャレンジャーのコーナーでは、今までにも何名かの気候学の専門家にご登場いただき、地球温暖化をはじめとする気候変化に関してお考えを伺ってまいりました。本日は、気候学の最近の成果や今後の課題とともに、気候学の視点から社会に発したいメッセージなどについて、早坂さんのお考えを伺いたいと思います。
 気候学は、私の理解では、地域レベルの天気予報から地球規模での気象予測までを対象に、「観測」と「シミュレーションを中心とするモデリング」に基づいて研究を展開されてきたと思いますが、改めて、早坂さんから気候学の考え方や研究方法についてお話しいただければと思います。

人工衛星で観測された北半球高緯度の雪氷面積の変化。 (上)各季節(3ヶ月)のうち、雪氷で覆われている日数の割合(春:左、夏:右)。 (下)各季節における雪氷面積の平均値の長期変化(春:左、夏:右)。 過去約50年の間に北半球の雪や氷は減少している

人工衛星で観測された北半球高緯度の雪氷面積の変化。
(上)各季節(3ヶ月)のうち、雪氷で覆われている日数の割合(春:左、夏:右)。
(下)各季節における雪氷面積の平均値の長期変化(春:左、夏:右)。過去約50年の間に北半球の雪や氷は減少している ※拡大図はこちら

早坂さん― もともと気候についての研究は、例えば気温や降水量など測定できるものをある程度長期間の平均値などから眺めて、地球上にマッピングするところから始まりました。それが今は、物理学・化学・生物学に人間に関する諸科学を加えて、単に現実がどうなっているかを測って地図上に落とし込むだけでなく、そのメカニズムを知ろうとしてきています。
 そこでは、時間と空間をどの範囲でとらえるかが大事になります。例えば、地球全体で考えると、地球は太陽から99.9%以上のエネルギーを光の形でもらっています。地球の中はものすごく高温だということを皆さんご存じだと思いますが、地球の中からの熱量は、太陽からもらうエネルギーの0.1%にも及ばないのです。その太陽からの光を、地表面や大気、海洋で吸収しています。吸収するだけでは温度が上がる一方ですから、それをバランスするために、赤外線を宇宙空間に放出し一定に温度を保っている、というのが一番大きいスケールで見たときの構図といえます。
 ただ、太陽からもらうエネルギーは、地球上の場所によって異なりますから、偏在する熱を輸送するのに、風が吹いたり、海流が流れたり、水蒸気が発生して雲になったり雨になって降ったりします。現在の気候学は、それらを調べる学問といえます。
 今、人工衛星が数多く飛んでいます。私は研究で人工衛星のデータをよく使うのですが、最近のおもしろいトピックスを紹介したいと思います。赤道を境にした地球の北半球と南半球を全体として比べると、太陽の光の反射率をアルベードと言いますが、アルベードの1年間の平均値は両半球でほとんど同じで0.2%ほどしか違わないのです。これは、ちょっと考えると不思議です。海は光の反射率が低いのですが、南半球には海が多く、北半球には陸地が多いからです。実際、人工衛星から見ると反射率が低い海は暗いのです。それにもかかわらずアルベードの値に差がないのは、南半球に雲が多いからなのですが、南半球に雲が多いという観測の結果は得られていても、その理由はわかっていません。研究のおもしろさとは、こういうところにあるのだと思います。

大塚― あとでまたお話しいただくことになるかもしれませんが、将来の気候変化も北半球と南半球とでずいぶん違うようですね。今言われたエネルギーの両半球での違いについても、単純ではないということですね。

早坂さん― ええ、非常に複雑だと思います。将来的にも地球独特のメカニズムによってバランスしていくのか、それともたまたま今バランスしているだけで、北極域の氷や雪がどんどん減っているように将来的にはバランスが崩れるのか、これらのことも研究テーマになります。


気候の将来予測について、20年前の予測がかなり当たってきている

大塚― 南半球と北半球の比較で興味深いお話をいただきました。気候学で大事なのがエネルギーであることもお話しいただきましたが、この点を含め、気候学の最新の成果やこれから重要になることについて、話の続きをお願いできますか。

早坂さん― ちゃんとわかったことと、いまだわからないことについて紹介しましょう。
 わかってきたこととして、20年ほど前からスーパーコンピューターを使って気候予測に取り組んだ結果、予測がかなり当たってきていることがあげられます。例えば、雨の降り方については、温暖化すると大気中の水蒸気が増えるので、激しい雨が増えたり、逆に雨が降らないところはますます降らなくなったりと、コントラストが強くなるという予想が以前からありました。それが、実際の観測データから見えてきています。
 日本にも当てはまります。日本には気象庁のデータが100年分ほどありますが、明らかに強い雨が増えていますし、雨の降らない日も少しずつ増えています。シミュレーションの予測が当たっているのです。
 一方で、温暖化によって北極の氷はどんどん減っているのですが、興味深いことに、その減り方が予想よりも相当速いことが観測されるようになりました。グリーンランドの氷も、予想よりも相当速く融けています。こうした現象がなぜ起こっているかを調べなくてはならないのです。今、言われていることの一つは、シベリアなどの永久凍土が融けていることの影響です。永久凍土が融けると、氷の中に入っているメタンが出てきたり、その地域の地表面を覆っている雪や氷が融けやすくなるので、予想以上に温暖化を進めたのではないかということです。

大塚― 永久凍土由来のメタンによる影響は、局地的な現象という面もありますか。

早坂さん― 二酸化炭素ほどではありませんが、メタンも寿命が結構長いので、たぶん全球的に影響すると思います。

大塚― グリーンランドなど、北半球の高緯度で氷床が減っていることにも影響しているのですね。

早坂さん― ええ、そうです。大気中のメタン濃度は2000年代に増加が止まっていた時期があるのですが、2007年以降大きく増加しています。そのことが温室効果を助長し、北極や高緯度地域の気温に影響を及ぼしている可能性があります。また、永久凍土やその地域の雪氷面の融解の話に戻ると、氷や雪は白っぽく光をよく反射するので、いったん融けると反射率が小さくなります。そうすると、より多くの熱を吸収するので氷や雪が融けやすくなります。その結果、より反射率が小さくなり、さらに熱を吸収するフィードバック機能が影響するのです。これらのメカニズムを、十分に予測しきれていなかったといえます。


海面水温そのものが日本のすぐ南で高くなっているのと、海の表面だけでなく中の方まで水温が高い

大塚― シミュレーションや観測の精度がよくなってきたのですね。

早坂さん― 最新の気候学は、観測された現象を物理的なメカニズムとしてきちんと説明しようとしています。グリーンランドの場合も、人工衛星からの観測で氷の厚さもわかりますし、融けているのか氷の状態なのかもわかります。北極の研究でおもしろいのは、シミュレーションの予想と違うことが現実に起きているところにあります。
 もう一つおもしろい例としては、最近の台風の妙な動きをあげることができます。例えば、日本のすぐ南で熱帯低気圧が台風に変わったり、東から西に向かう進路を取ったりするなど、今まであまりなかった動きが出てきています。最近、そのために大きな被害も出ていますね。その一番大きな原因は海面水温です。今では、日本列島のすぐ南の海域で水温が30℃くらいにまで上がっているのです。
 海面水温が高いと確かに台風が発達します。しかし、台風が通るときに海水をかき混ぜるので、台風が日本付近までくると表面の海水温は高くても中は冷たいために、補給されるエネルギーが減り温帯低気圧に変わるのです。ところが、最近は日本付近でも海の少し中の方まで水温が高く、台風でかき混ぜられても海水温があまり下がらず勢力を保ったままになるようなのです。

大塚― テレビで見ている限りですが、日本近海でも勢力がほとんど変わらなかったように見えました。

早坂さん― それはまさにそういったメカニズムです。そのようになる理由として、面白い考え方があります。日本付近の夏の海水温は、冬の寒気の吹き出しが関係しているという見方です。日本付近の黒潮などの暖流は、冬に大陸から寒気が吹き出すことでかき混ぜられ表面が冷やされるので海中に沈み込んでいきます。この現象は、親潮と黒潮がぶつかる北緯40度くらいのところで起きます。その後、海流は東の方に向かい、日付変更線を超えたあたりで、南に向かう流れと、東に向かったままアメリカ大陸の西海岸で北上する流れに分かれるのですが、南に向かう海流は分かれた後で深海に潜っていき、それが日本付近でまた黒潮になるというのです。そうだとすると、冬の間の海水温の冷え方が、夏の日本付近の海水温に影響することになります。はっきりとした因果関係まで解明されてはいないのですが、日本のすぐ南の海域で夏の水温がすごく高くなることに関係しているかもしれないのです。

大塚― そういう大きなレベルで変化が起きている可能性があるということですね。つまり、何らかの大きな変化が起きていないと最近の現象が説明つかないということですね。

早坂さん― そうですね。研究者は観測して現状を理解しようとしているのは確かですが、同時になぜそうなるのかを知ろうとしているのです。


関係するデータのすべてが、できるだけ整合的に説明できるように理解したい

大塚― お聞きしたかったのは、観測結果を見てその原因を考えるのは当然としても、いろいろな気象現象がわかると、それらの関連から特定の現象に着目し、その現象を丁寧に観察するようなことになるのでしょうか。

早坂さん― そうですね。繰り返しになりますが、観測された現象がなぜそうなるかを示したいのです。私を含む気候科学の研究者は、関係するデータのすべてができるだけ整合的に説明できるように理解したいと考えています。
 例えば、温暖化によって海面水位が上がる理由を考えてみます。現時点での主な原因と言われているのは、海洋の表層数百メートルの混合層の水温が上がり熱膨張することと、氷河など陸地の氷が融けて海洋に流出することによるものです。将来的にはグリーンランドや南極の氷が融けて海面水位が大きく上昇する可能性がありますが、現時点ではまだ大きな要因にはなっていません。
 ただし、海面水位が上がるといっても、地球上のすべてのところで同じように上がっているわけではありません。海面水位には今述べた水温や海水の量も重要ですが、海域や短期の時間変動においては、気圧や海流の変動も関係します。よく調べると、過去20年程度の間に海面水位が下がっているところもあるのです。このような事実に対し、下がっているところだけを取り上げて温暖化は起きていないと主張したり、あるいはまた、日本では「やませ(偏東風)」【1】のような現象もありますから、「温暖化しているというけれど、冷害もよく起きているではないか」と言う人もいます。
 このような誤った理解は極端かもしれませんが、私たちが主張しているのは、すべての現象を、整合性的に理解することです。温暖化という現象が起きていることが、人間活動で化石燃料を使い二酸化炭素をたくさん排出した結果とするとうまく説明できるわけです。温暖化というのは、たんに気温が上がるだけでなく、気候変動で雨の降り方が変わることなど、すべての現象を含めています。
 さまざまな現象を対象に、シミュレーションの結果と観測データとの比較などを行うのですが、この研究分野は最近ものすごく進んでおり、すごく成果も上がってきています。

1997年に地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)に搭載されたIMGセンサーと1970年にアメリカのセンサーIRISによって観測された大気上端の赤外放射スペクトル。温室効果気体が増加したことにより、二酸化炭素やメタンの吸収線があるところでは宇宙に放出される赤外放射エネルギーが減少している。このことは27年の間に大気中の温室効果気体が増加したことにより、地表面や下層大気から射出された赤外放射を上層の大気がより多く吸収していること、すなわち温室効果が強まったことを示している。

1997年に地球観測プラットフォーム技術衛星「みどり」(ADEOS)に搭載されたIMGセンサーと1970年にアメリカのセンサーIRISによって観測された大気上端の赤外放射スペクトル。温室効果気体が増加したことにより、二酸化炭素やメタンの吸収線があるところでは宇宙に放出される赤外放射エネルギーが減少している。このことは27年の間に大気中の温室効果気体が増加したことにより、地表面や下層大気から射出された赤外放射を上層の大気がより多く吸収していること、すなわち温室効果が強まったことを示している。 ※拡大図はこちら

大塚― 今言われた観測データについてわかりやすい例をあげていただけますか。

早坂さん― 人工衛星からもたらされる直接的な証拠があります。大気中に二酸化炭素が増えると赤外線を吸収するため、宇宙に熱が逃げていかなくなります。赤外線に対する透過率が悪くなるわけですが、もっと温度が上がって、地球全体としてより多くの赤外線を出すようになると、大気の上端から出ていく赤外線は同じになりバランスするのです。この現象を直接、非常に高精度の分光器で測ったのが、1970年と1997年ともうずいぶん前のことです。1970年はアメリカの人工衛星、1997年は日本のADEOSという人工衛星でした。ADEOS衛星に搭載されたのはIMG【2】という高分解能をもつ分光器でした。
 例えば、赤外線の吸収がある15μm(波数 670cm-1)くらいの波長帯は二酸化炭素が増えているので、地表面から来る赤外線の透過率が悪くなり、大気の上から見たときに宇宙空間に逃げるエネルギーが減るのです。一方、吸収帯のないところは逆にちょっと増えます。増えるということは、地表面や下層大気の温度が上昇していることを意味しています。ですから、これはまさに直接的な証拠です。
 このほか、間接的な証拠になりますが、先ほど述べたように、雨の降り方が変わるとか、気温は高緯度の方で顕著に上昇し低緯度ではそれほどは変わらないとか、海面水位の上がり方とか、氷河がなくなることなど、10年前、20年前にシミュレーションで予測された多くのことが現実に観測されています。このようなことを含めてできるだけ多くのことを整合的に理解するということです。


因果関係がわかりにくくなると、自分の理解したいように理解する傾向がある

大塚― 少し話題を変えさせていただきます。ある意味では、社会的な話題といえるかもしれません。一つの例として、今年9月にニューヨークで開かれた国連の気候行動サミットで、77か国が2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロとする長期目標を表明した一方で、パリ協定から離脱するアメリカや、日本などの国々は発言しませんでした。人為的な活動によって温暖化が起きていることは広く認められていると思うのですが、早坂さんはこのような状況をどう感じておられますか。

早坂さん― このような混乱した状況の要因としては、ステークホルダーがすごく多いことが一つあると思います。もう一つは、今起きている温暖化現象の変化の時間スケールの問題があるように思います。
 温暖化の問題は、おそらく自分の一生の間、あるいは自分の子や孫の世代を含む数十年から100年くらいの間に、すごく大変なことが起きるという意味で、多くの人びとにとって心配で脅威になっているわけです。一方で見方を変えると、そういう時間スケールなので、それほどすぐには影響が出ないと捉える可能性もありますし、またはっきりした因果関係が必ずしも示されていないと捉える可能性さえあります。人間は、科学的な事象に限らず、見たいものを見るという傾向があります。最近ではSNSでも自分の考えに賛成する人の意見しか聞かないという状況が進んでいますよね。
 世界中の国々が、とにかくパリ協定を締結するまでは漕ぎつけたものの、アメリカや中国、ロシアをはじめ、あるいは日本もそうかもしれませんが、自国第一主義に陥り、見たいものしか見ないとなると、なかなか理解も進まないわけで心配ですね。
 もう一つ、熱中症を例としてあげたいと思います。日本の熱中症による死亡者数を調べると、このところ年間に数百人くらい、平成29年度には635人が亡くなっています。ただし、そのうちの78%以上が65歳以上です。20年前の死亡者数は200〜300人くらいだったので2倍以上になっているわけで、温暖化も関係していると思われます。ところが一方で、高齢者が増えたことや経済的な理由からエアコンをつけられない人が増えたことの影響を主張する人々もいるのです。
 自分の理解したいように理解するという傾向が強まると、地球温暖化の問題に世界全体で歩調を合わせて取り組むのが難しくなると危惧しています。

大塚― 早坂さんがお話されたことはよくわかります。一方で、科学者や科学への信頼が高まることを期待しています。

早坂さん― それはものすごく大事なポイントですね。信頼はすごく大事です。こういう非常に複雑な問題は、科学者に対する信頼がないと、その先に一歩踏み出すことができないからです。私たちにも責任があるかと思います。難しいのですが、信頼を勝ち得るよう努力しようと思っています。

大塚― 私ども環境イノベーション情報機構でも環境情報の発信を目的にしていますので、今まで以上に努力したいと思います。


社会との接点も大事だけど、サイエンスとしてのおもしろさを伝えていくことも大事

大塚― また、少し話題を変えさせていただきます。早坂さんを含め、多くの気候学の研究者は大学にお勤めです。早坂さんは東北大学で長年教授をされており、若手研究者の育成には特に関心が強いと思いますが、彼らにどのように接しておられるのか、またどのような期待をされているのかなどについてお聞きしたいと思います。

早坂さん― 今まで申し上げてきたようなことも、もちろん話しています。例えば、気候変動や温暖化をどう理解するかというとき、いろいろなデータをできるだけ整合的に、全体をうまく説明できるように理解するといったことです。
 個々の学生が研究に取り組む際には、それぞれに向き不向きもありますから、一人一人の適性を見極めるのも教員の大きな役割だと思います。例えば、大型のプロジェクトにおいて、ある観測をある学生に任せるようなことはよくあり、彼らはこのような機会を活かしながら力をつけていくこともあります。一方で、一人で研究課題を理論的に追求することが好きな学生もいます。
 もう一つ気になることもあります。気象学・気候学は、ほかのいろいろな自然科学分野はもちろん、例えば災害に関わることでは社会科学とも関係しますし、さらに農業や水産業にも大きく関わりますから、社会との接点が大きいのです。私たちも社会貢献ということをずいぶん言ってきました。ところが一方で、サイエンスというか基礎科学としてのおもしろさについてももう少し話すべきだったとも感じています。最近、本学の地球物理学専攻の人気があまり伸びていないのですが、学生たちに科学のおもしろさを、もしかしたら十分に伝えきれていなかったのかもしれません。
 特に気候科学という分野は、日本では多くの大学で工学部系でなく理学部系に属しています。理学部に入学してくる学生のマインドとしては、社会に役に立つことよりも、現象そのものにおもしろさを見出すという面がありますから、自然を対象とした研究のおもしろさをしっかり伝えることも必要だと思っています。

大塚― 今のお話もよくわかります。

早坂さん― このこととも関係するかもしれませんが、最近は、東北大学だけでなく日本の大学全体として、大学院の博士課程に研究面で優れた学生があまり入学してこないことが問題になっています。気象学や地球物理学だけでなく、理工系全体の傾向です。

大塚― 非常に気になります。

早坂さん― 今、日本の博士課程に在籍する大学院生は7万3千〜4千人で、ここ十数年間あまり変わっていません。しかし、中身を見ると学部と大学院修士課程を経て博士課程にくる人は明らかに減っています。留学生もそれほど増えておらず、社会人大学院生が増えているのです。その中には医師が多く、彼らは大学卒業後に3年ほど臨床医として働いてから、改めて博士課程で研究し学位を取ろうとするのです。そのこと自体はいいのですが、社会人大学院生は医師に限らず昼間は働いているので、基礎研究の戦力にはならないのですね。

大塚― 基礎科学を専攻する分野で、博士課程に進む大学院生が減ってきていることについて、大事なポイントだけでも説明いただけますか。

早坂さん― 気候学から離れるかと思いますが、日本全体の研究力が落ちている原因ともいえることをお話ししたいと思います。 なぜ博士課程に進まないかというと、2つ大きな理由があります。一つは経済的な問題で、もう一つはキャリアパスの問題、すなわち大学院で博士号を取得することへの社会の評価が低いことです。
 経済的な理由の1つは、日本の奨学金制度が先進国の中で非常に貧弱なことです。博士課程の大学院生で最も恵まれているのは、狭き門の日本学術振興会の特別研究員に採用される場合ですが、それでも月に20万円を支給されるだけです。年収が240万円ですから、授業料と社会保険料を払うと手元にはいくらも残らないわけです。欧米では授業料以外に年間400万円くらいが支給されます。
 博士を取ったあとの進路がもう1つの大きな問題で、日本では博士課程修了者の約75%が大学で働いています。それに対して、欧米諸国では半分から7割くらいが大学以外の企業などで働いています。日本でも、博士課程に進学してくる優秀な人たちにプラスアルファの価値をつけ、社会で活躍できるルートを作る必要があります。それによって研究力も上がるし、日本の産業にも経済にもプラスになると考えています。


知らないことを認識し、好奇心と想像力を働かせる

大塚― 大変重要なポイントをお話しいただきました。
 最後になりますが、今日のテーマにこだわらなくても結構ですので、早坂さんからEICネットの読者に向けたメッセージを一言いただきたいと思います。

早坂さん― 一言で言えば、人間一人一人には限界があるということを知ることが大事だと思います。自分が知っていることは本当にわずかなことで、知らないことがたくさんあるということを自覚するのが大事です。そうすると、見たいものだけを見るのではなく、視野が広がります。
 100年前のことを全て知っている人はいないし、現時点でもアフリカで暮らしている人たちのことはよくわからないわけですよ。だから、知らないことの方が多いはずなのに、自分はいろいろなことを知っていると思い、それに基づいて、政府も会社も大学もいろいろなことを行っているのではないでしょうか。一歩引いて、自分は何を知っているのだろうと思い返してみると、多少は考え方も変わるのではないかと思います。
 その上で、もう一言だけ言わせていただくと、好奇心と想像力が大事だということです。私は学生にもよく言っているのですが、好奇心をもつこと、そして想像力を働かせいろいろなことを知ろうとすること、それでも自分の知っている範囲はここまでだということも認識したうえで、いろいろなことに対処していくのが大事と思っています。

大塚― 本当にそう思います。本日は、気候学が目指すこと、さらには科学もつ意味などを含め幅広いお話しをいただき、ありがとうございました。

東北大学教授の早坂忠裕さん(右)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長の大塚柳太郎(左)。

東北大学教授の早坂忠裕さん(右)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長の大塚柳太郎(左)。


注釈

【1】やませ(偏東風)
 東北地方の太平洋側で春から夏(6月〜8月)に吹く冷たく湿った風。下層雲、霧、小雨、霧雨を伴うことが多く、日照不足と低温により農業被害をもたらす。やませの発生メカニズムの詳細は、気象衛星の観測によって明らかにされた。
【2】IMG(Interferometric Monitor for Greenhouse Gasses)
 微量気体成分の全球的な分布を示す熱赤外分光器で、大気成分の観測を目的に最初に人工衛星に搭載されたのが1996年の日本のADEOS衛星であった。