一般財団法人環境イノベーション情報機構
首長に聞く!自治体首長に、地域の特徴や環境保全について語っていただきます。

No.007

Issued: 2020.02.20

第7回 川崎市長の福田紀彦さんに聞く、市民との協働によって乗り越えてきた公害対策から環境先進都市への歩み

川崎市長 福田紀彦(ふくだ のりひこ)さん

聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎
ゲスト:川崎市長 福田紀彦(ふくだ のりひこ)さん

  • 1972年4月20日川崎市生まれ。
  • 中学校卒業後、渡米、米国アトランタ・マッキントッシュ高校卒業を経て、米国ファーマン大学卒業(政治学専攻)。
  • 衆議院議員秘書を務めた後、2003年神奈川県議会最年少で県議会議員(宮前区)に初当選。2007年、県議会議員2期目当選。
  • その後、県知事秘書、早稲田大学マニフェスト研究所・客員研究員などを経て、2013年10月川崎市長選挙で初当選、第12代川崎市長に就任。現在2期目。
  • 趣味:料理、キャンプ、ボーイスカウト活動
  • 家族:妻、長女、長男、次男の5人家族。宮前区在住
目次
153万人を超える人たちの多様性こそがこのまちのさらなる発展の可能性を生む
イノベーションを生み、新しい産業を生み出すには、素地である多様性を理解して、その強みを生かすことが大事
経済と環境のどちらをもないがしろにせず両立させてきたことが、川崎市の誇り
行政と市民の皆さん、事業者の皆さんが本当に三位一体になって、環境の取り組みを進めている
どこかだけがやるというのではなく、総ぐるみでやっていくのが、川崎市の温暖化対策の一つの特徴
川崎市の行動実践が他の都市にとっていい影響を与えられるように、環境先進都市を自負する都市として発信していきたい

153万人を超える人たちの多様性こそがこのまちのさらなる発展の可能性を生む

大塚理事長(以下、大塚)― EICネットの「首長に聞く!」にご登場いただきありがとうございます。
「首長に聞く!」インタビューの目的は、これからの日本にとって極めて大事になる、環境を大切にしながら、安全・安心で住みやすい地域社会づくりに貢献することだと考えています。ご登場いただく首長の皆さまから、さまざまなお考えや経験に基づくお話を伺って、EICネットの読者の皆さまとともに考えるきっかけになることをめざしております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

さっそくですが、川崎市の紹介からお願いしたいと思います。2024年に市制100周年を迎える川崎市は、今や人口が150万人を超え、政令市として第6位の人口を擁する都市に成長しています。ブランドメッセージ「Colors, Future! いろいろって、未来。」は、今日も駅から市役所に来るまで歩きながらたくさん拝見しました。その趣旨を含めて、市長の目から見た川崎市について、どのように捉えておられるか、もしくはもしこんな課題があるということがあれば、ご紹介いただければと思います。

福田市長― 川崎はもともと、東海道の川崎宿として栄えてきました。全国の方から見た川崎は、工業都市というイメージが非常に強いと思うんですね。1900年の初めの頃に、臨海部を浅野総一郎【1】が埋め立てはじめて、それから120年近く経ちますが、これまで工業の都市・川崎として発展し、首都圏のみならず、日本の経済を牽引してきました。川崎市制が敷かれてから今年で96年になります。当時は5万人にも満たない人口で、市域面積も非常に狭いところからのスタートでした。それが今や、先ほどご紹介いただいたように、人口が153万人を超えて、当時に比べ30倍以上になっています。
わずか96年間で人口が30倍に増えたということで、多くの人がいろいろな地域からこのまちに入ってこられて、働いて、暮らして、産業を支えてきたわけです。その意味では、元祖ダイバーシティーであり、多様性のまちだと言えると思います。
この多様性をまちの可能性として生かしていこうというのが、川崎のこれまでの発展の歴史でもありましたし、これからも、この多様性こそがさらなる発展の可能性を生むと考えています。「Colors, Future! いろいろって、未来。」は、そんな川崎市のこれまでとこれからを象徴するブランドメッセージだと思っています。ですから、こうした“いろいろ感”があることの価値をもっと大事にしたいと思っています。

大塚― メッセージの意味がよくわかります。

1967年の川崎臨海部と大気状況

1967年の川崎臨海部と大気状況

川崎市のブランドメッセージ「Colors, Future! いろいろって、未来。」

川崎市のブランドメッセージ「Colors, Future! いろいろって、未来。」


イノベーションを生み、新しい産業を生み出すには、素地である多様性を理解して、その強みを生かすことが大事

大塚― 今のお話しともきっと関係すると思いますが、福田市長ご自身のことを少しお聞かせください。
川崎市のご出身で、アメリカで高校・大学を出られたあと、2003年に神奈川県の県議会議員に最年少で当選されました。その後、2013年より第12代の川崎市長を務めておられます。
いろいろなご経験をなさって、今お話しいただいたような、“いろいろ感”としての多様性の重要性ですとか、あるいは現場主義が大事だといったメッセージも出されていらっしゃいます。
川崎市の市政運営は、大変多岐にわたりますから、一言で説明いただくのは大変だろうと思いますが、特に大事にされていることについて、一つ・二つお話しください。

福田市長― まちの持続的な発展との関連でよくお話しするのは、人が集まっているから産業が生まれるのではなくて、産業があるから人が集まってくるということです。明治時代、新潟県の人口が一番多かった時期がありましたが、それは日本では第一次産業がメインだったということです。まさに、農業国家だったわけです。
川崎は、工業で発展し、さらに工業から研究開発による先端技術都市へと、発展を続けてきました。言い換えると、ものづくりを捨てずに、ものづくりの中で変化している都市だということです。ですから、産業を基礎にしながら、いかにイノベーションを生んでいくかが大事で、そのためにも、素地である多様性というものを理解して、その強みを生かさないことにはイノベーションは生まれないし、新しい産業も生まれてこないと思っています。
そういった意味で、産業を力強く伸ばしていく必要がある一方、高度経済成長の歴史の中で、私たちは公害問題に苦しむという苦い経験をしてきました。環境と産業をいかに調和させていくかが、私たちにとって持続可能なまちになる鍵を握ると思っていますし、そこを深く掘り下げていかないと、未来はないと思っています。

大塚― 福田市長は毎月のようにいろいろとメッセージを発信されていますから、市民の皆さんに市長のお考えがしっかりと伝わっているように思います。

川崎市の公害への主な取組に関する年表

川崎市の公害への主な取組に関する年表 ※拡大図はこちら


千葉県側から望む、川崎港全域

千葉県側から望む、川崎港全域

世界的な成長が見込まれるライフサイエンス・環境分野を中心に、世界最高水準の研究開発から新産業を創出するオープンイノベーション拠点「キングスカイフロント」(川崎市川崎区殿町)

世界的な成長が見込まれるライフサイエンス・環境分野を中心に、世界最高水準の研究開発から新産業を創出するオープンイノベーション拠点「キングスカイフロント」(川崎市川崎区殿町)


経済と環境のどちらをもないがしろにせず両立させてきたことが、川崎市の誇り

大塚― この「首長に聞く!」インタビューは、環境を中心にお話をお聞きしていますので、ここからは川崎市の環境政策についてお伺いできればと思います。
市長からもお話があったように、川崎市は臨海工業地帯として発展してきたわけで、その中で、今おっしゃられたような、公害や環境への対策についても、国内で第1号のエコタウン地域に認定されています。川崎市の環境施策の基本的な特徴や考え方について、お聞かせいただけますか。

福田市長― 公害対策基本法【2】ができたのが1967年でしたが、川崎市では、それ以前に公害防止条例を制定して、大気汚染対策でも国に先駆けて取り組んできました。
廃棄物行政にも積極的に取り組んできています。実は私も市長になるまで知らなかったのですが、バキュームカーや機械式のごみ収集車を開発したのが、当時の川崎市清掃局(現・環境局)でした。
一方で、今から30年前の1990年に「ごみ非常事態宣言」を出しています。当時、川崎市では週6日ごみ収集をしていました。ごみを出す人にとっては便利かも知れませんが、環境には厳しい状況となっていました。市境では隣接自治体の人たちが川崎市までごみを捨てに来るという状況もあったようです。そういったことから非常事態宣言を出して、市民の皆さんと一緒になって、ごみの減量化や分別に取り組んできたのです。このような経過もあって、市民の皆さんの環境意識は非常に高くなっています。
今、ごみの減量を啓発している「廃棄物減量指導員」が市内各地に約1,800人おります。この方たちが、地道に、減量や分別を市民の皆さんに啓発しています。その甲斐もあって、2017年度には、全国の政令市の中で一人当たりのごみ排出量がもっとも少ない都市になりました。
河川については、多摩川にかかわる団体の創立50周年式典などに出席する機会に、50年前の当時の多摩川の様子についてお聞きすることがありました。私が生まれる少し前のことですが、当時の多摩川はすごい状態だったわけです。私が子どもの頃もすごく汚かったことを思い出しますが、そういう過去を乗り越えて、今はアユが戻ってくる川になったのです。
ですから、河川の水質にしても、大気にしても、廃棄物にしてもそうなのですが、市民の皆さんとの協働で乗り越えてきましたし、同時に事業者の皆さんの取り組みも非常に大きかったと思います。
経済と環境のどちらもないがしろにせず両立させてきたことが、川崎市の誇りでもありますし、そういった経験を、現在の地球温暖化対策などにつなげていかなくてはいけないと思っています。

大塚― 今、おっしゃっられた、川崎市で企業とのコラボレーションが非常に早くから進められてきたのも大きな特徴だと思います。
多摩川についても、私が小さい頃のことを少し覚えていますが、大変な取り組みによって本当にきれいになったわけで、世界的にも一つのモデルになる取り組みだと思います。

自動車を使ったし尿収集のために川崎市が開発したバキューム車

自動車を使ったし尿収集のために川崎市が開発したバキューム車

2019年2月より、ごみ焼却施設でのごみ焼却により得られる蒸気による発電を活用したEVごみ収集車(電池交換型)を日本で初めて導入。

2019年2月より、ごみ焼却施設でのごみ焼却により得られる蒸気による発電を活用したEVごみ収集車(電池交換型)を日本で初めて導入。


川崎市における廃棄物減量指導員の活動

川崎市における廃棄物減量指導員の活動

過去の多摩川(東京都環境局提供)

過去の多摩川(東京都環境局提供)

現在の多摩川

現在の多摩川


行政と市民の皆さん、事業者の皆さんが本当に三位一体になって、環境の取り組みを進めている

福田市長― 市民の皆さんはいろいろな形で、一人ひとりの環境意識を高めていると思います。先ほど申し上げた「廃棄物減量指導員」の活動もその一つです。
緑の保全については、95年の歴史の中では、美しい多摩丘陵を、ある意味、壊しながらまちが発展してきたという側面もあったと思います。ただ、そうした中でも、森林保全や里山保全、樹林地を守ることに取り組んでいました。そして近年は、いろいろな法律や条例などの制度を活用し、緑の保全を進める中で、市民の皆さんなどとワークショップを重ねながら保全計画を立て、実際の維持管理にも市民の皆さんや、市内の企業、教育機関に加わっていただいています。
まちの中にある公園の管理についても、市内600近くの公園で、管理団体が住民の皆さんを中心に組織され、公園のみどりを柔軟に利用し、自主的に維持していく形になっています。
行政と市民の皆さん、事業者の皆さんが三位一体になって、環境の取り組みを進めているのが、川崎市の強みだと思います。
このようなことは、海外の皆さんからすると、不思議にも映るようです。いろいろな国の方が担当の環境局に来られて、行政としてどうルールを作ったのか、どう市民の皆さんを巻き込むことができたのか、そのノウハウについての質問が多いのです。
法制度として条例を作れば済むという話ではないということを、私たちが証明してきたわけですが、市民の皆さんの巻き込み方のノウハウは、なかなか私たちからお伝えできない部分が多いように感じています。

大塚― おっしゃる通りだと思います。

里山保全や公園管理の取り組み
里山保全や公園管理の取り組み

里山保全や公園管理の取り組み


どこかだけがやるというのではなく、総ぐるみでやっていくのが、川崎市の温暖化対策の一つの特徴

大塚― お話しいただいたような公害・環境対策が、近年の地球温暖化対策にもつながっていると思います。川崎市では、この分野にも非常に力を入れていらっしゃいます。「CCかわさき」、カーボンチャレンジの取り組みなども含め、川崎市は世界的にもトップランナーの一つと思うのですが、市長から見て、どんなふうに活動が進めば良いとお考えか、お話しいただけますか。

福田市長― CC川崎エコ会議の取り組みの中に、いろいろな発表会や表彰などがあり、今年も表彰をしています。そうすると、大手企業から学校、保育園、あるいは町内会と、実に多様な主体の人たちが温暖化防止に自ら実践的に取り組んでいることがわかります。さまざまなステークホルダーの人たちが実践し、それを共有する機会になっています。大企業だけがやるのではなく、どこかだけがやるのでもなく、総ぐるみでやっていくのが、川崎市の温暖化対策の一つの特徴だと思います。成功事例を検証すると、他のところへ伝播していくことがよくありますので、そこが大事だと思っています。

大塚― 最初に申し上げた、市長の現場主義や実践第一というお考えが浸透しているように感じます。
もう一つお伺いしたいと思っていたことがあります。現在、SDGsが日本国内だけでなく世界的にも、これからの私たちの生き方に強いかかわりを持ってくるようになると思います。
もちろんSDGsは環境だけに深くかかわるわけではないのですが、ある意味では、福田市長のお考えに非常に近いようにも思えます。一言では言い表しにくいかと思いますが、どのようにお考えかをお話しいただけますか。

福田市長― 昨年7月1日に、川崎市も政府からSDGs未来都市に選ばれました。選定理由の大きな一つが、先ほどから申し上げているように、経済と環境、あるいは社会的な仕組みを含めて融合させ実践してきたことで、これからもその効果を上げるポテンシャルが非常に高いと認められたと理解しています。
そういう意味では、いろいろな主体をつなげていくのは、私たちの得意分野で実践してきたことなのです。これを機に、このつながりをさらに結び付け、結果を出していけるように取り組んでいきたいと思っています。
最初にお話ししたエコタウンの話から、すべてがつながっている話だと思うのです。

CC川崎エコ会議の発表や表彰

CC川崎エコ会議の発表や表彰

川崎市は2019年7月1日にSDGs未来都市として選定された

川崎市は2019年7月1日にSDGs未来都市として選定された


川崎市の行動実践が他の都市にとっていい影響を与えられるように、環境先進都市を自負する都市として発信していきたい

大塚― これまでお話しいただいたこととも関係するのですが、ぜひ、福田市長からEICネットの読者の皆さまに向けたメッセージをいただきたいと思います。川崎市民の方々に限らず、日本全国もしくは国際社会に向け、どのような社会を作っていこうという市長のお考えをいただければと思います。

福田市長― 昨年12月のCOP25もそうですが、最近のCOPの会議を見ていましても、国の取り組みが重要なのはもちろん、今世界中の大都市に人口が集中していることを勘案すると、私たちのような大きな都市はそれなりの責任があると思っています。ですから、私たちの取り組みが世界の気候変動に直接大きなインパクトを与えることができると思いますし、またその責任もあると思います。
世界では、ヨーロッパを中心に脱炭素の宣言が次々と国単位で打ち出されています。昨年9月の国連気候行動サミットで、グテーレス事務総長【3】がスピーチされた“きれいなスピーチよりも具体的な行動を”のように、私たちも脱炭素の宣言を用意しているのと同時に、より具体的な取り組みとして、アクションプランを今年のなるべく早い段階で発表できるよう、今準備を進めているところです。大事なことは、私たちが行政として行うこと、市民の皆さんと協働して取り組むことなどを、具体的なアクションにつなげることです。
昨年の台風では、私たちも大きな被害を受けていますが、市民の皆さんも、これはどう考えても地球の気候変動、地球温暖化の影響だということを認識されていると思います。
また、先ほど臨海部の話をしましたが、臨海部には海抜ゼロメートル地帯が多いわけです。海面上昇で高潮が起きると、経済基盤そのものを失う可能性がありますから、もはや誰にとっても他人事ではない、まさに自分事なのです。
それを川崎市としての具体的なアクションとして実践していきたいと思っています。その実践が、他の都市にもいい影響が伝播するように、環境先進都市を自負する都市として発信していきたいと考えています。

大塚― 今のお話を伺い、これからの日本が進んでいく方向を具体的に模索し最先端の対策をお考えになられていることに、大変心強く感じました。ぜひよろしくお願いしたいと思います。本日は、本当にありがとうございました。


川崎市長の福田紀彦さん(左)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(右)

川崎市長の福田紀彦さん(左)と、一般財団法人環境イノベーション情報機構理事長の大塚柳太郎(右)


注釈

【1】浅野総一郎
実業家で、浅野財閥の創設者。1848年生まれ、1930年没。
大正から昭和初期にかけて、横浜市鶴見区から川崎市の臨海部埋立工事を実施。京浜工業地帯の形成に寄与し、「京浜工業地帯の父」「日本の臨海工業地帯開発の父」などと呼ばれる。
【2】公害対策基本法
水俣病や四日市ぜんそくなどの公害の発生を受け、公害防止の責務を明らかにするなど国内初の総合的な公害対策のための法律。1967年8月3日に公布され、同日に施行された。1993年に環境基本法が制定された後は統合され、公害対策基本法自体は廃止された。
【3】グテーレス国連事務総長
ポルトガル生まれの政治家で、1995年から2002年まで同国首相を務めた後、欧州理事会議長、国連難民高等弁務官 (UNHCR)などを歴任し、2017年から第9代国連事務総長に就任。