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No.289

Issued: 2023.12.08

生物多様性に関する最近の動向

目次
1.ネイチャーポジティブの達成にむけて
2.自然共生サイトとOECM
3.自然を活かした社会問題の解決(NbS)
4.新たな資金メカニズムと経済活動への反映
5.消費者・市民の行動変容
6.おわりに

 2020年に開催予定だった生物多様性条約の第15回締約国会議(COP15)は、COVID-19の影響で2022年に延期されましたが、その2年間でさまざまな動きが顕在化しました。この動きは、パリ協定(2015年)以降の気候変動に関する動きを、生物多様性に関しては2−3年に短縮するような形で起こっており、2022年12月に採択された昆明―モントリオール生物多様性枠組み(GBF)や、2023年3月に閣議決定された日本の生物多様性国家戦略2023-2030にも反映されています。


1.ネイチャーポジティブの達成にむけて

ネイチャーポジティブ(自然再興)の概念図
出典:A Global Goal for Nature. Nature Positive by 2030. Retrieved from: https://www.naturepositive.org/

 最近の議論を通じて新しく提唱された「ネイチャーポジティブ(日本語では「自然再興」と訳されています)という概念は、現在進行しつつある生物多様性の損失を止め、プラス方向に反転させることを意味しています。GBFや日本の国家戦略では、それを実現するための手段として、現在の保護地域以外にも生物多様性の保全に効果のある地域を国際的に認定するOECM(Other Effective area-based Conservation Measures)を設けたり、荒廃した生態系を回復させたりする努力を加速するとともに、自然を活かした社会問題の解決(NbS, Nature based Solutions)を計ることが目標に盛り込まれています。それと同時に、こうした活動と経済的なメカニズムを結び付けることや、消費者や市民の行動変容を起こさせることでネイチャーポジティブを目指すという方向がうちだされているのです。

2.自然共生サイトとOECM

都市緑地も自然共生サイトに認定される可能性がある。

 2010年に名古屋で開催されたCOP10で採択された愛知ターゲットでは、国土の20%の保護地域という目標が採択され、日本としては達成できたものの、グローバルには達成できませんでした。日本では、陸域で約20%、海域で約13%が保護地域になっていますが、保護地域だけでなく、本来の目的が生物多様性や生態系の保護でなくても、生物多様性の保全に効果のある地域を含めて、2030年までに陸と海の30%以上の地域を設定するという目標(30by30)に強化されました。こうした地域には、生物多様性に配慮した農林水産業を行っている地域や、都市緑地、大学や研究所のキャンパスなど、多様な場所が候補となりえます。民間企業やNPOなどの貢献も期待されていて、そうした活動に対してインセンティブを設けることも検討されています。国内では、民間の所有地の中にも保護地域となっている場所もありますが、これらを含めて自然共生サイトとして認定することになり、2023年10月には120か所が認定されています。保護地域を除いたものがOECMとして国際的に認定されることになっています。

3.自然を活かした社会問題の解決(NbS)

自然に根差した解決策
出典:IUCN (2021). 自然に根ざした解決策に関するIUCN世界標準. NbSの検証、デザイン、規模拡大に関するユーザー フレンドリーな枠組み. 初版. グラン スイス: IUCN

 生態系はさまざまな生態系サービス(最近は「自然の貢献(NPC, Nature's Contribution to People)」という言い方も国際的に使われています)をもつので、さまざまな社会問題の解決にそれらが利用できる、とする考え方がNbSです。たとえば、生態系は温暖化を引き起こす二酸化炭素を吸収するので、温暖化対策として有効であることがIPCCなどでも報告されています。また、東日本大震災のあと、自然災害に対する防災・減災や国土の強靭化(レジリエンス)が問題となりましたし、気候変化によっても自然災害が増加すると懸念されています。こうした災害対策を、人工構造物だけでなく自然や生態系を利用した形で行うことができるとする、グリーンインフラストラクチャーの考え方も普及してきました。さらに、パンデミックのような人獣共通感染症の発生などに、生態系や野生生物・家畜などの管理が関係していることがわかってきて、人間の健康と動物や生態系の健全性は一体的に考えるべきであるとする「ワンヘルス」の考え方も知られるようになりました。幼児教育などにおいて自然体験など生態系の活用に効果があるという報告も増えています。このように、広範な社会問題に生態系や生物多様性を活用できる可能性が理解され、保全や保護と社会との接点が増えることが期待されているのです。

4.新たな資金メカニズムと経済活動への反映

 2010年以降、生態系や生物多様性などの自然資本としての評価がたくさん行われるようになりました。また、2015年以降、金融関係を中心に大きな動きが明確になってきました。企業の地球環境に対する取り組みの大小が、経営リスクの一部として認められたり、早期に対応することによる新たな機会が創出できたりということから、投資家がこうした情報の開示を企業に求めるようになってきたのです。温暖化に対してはTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)が、そして生物多様性に関してはTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)が設置され、企業はこうした情報開示でよい評価を得られるようなサプライチェーンや経営を求められるようになってきました。EUでは、パームオイル、ゴム、大豆、牛肉などで森林破壊をして生産されたものでないことを証明しないと、輸出入ができないというような規制が動こうとしています。

 このような状況では、例えばOECMに指定されるような保全効果を持つ地域で原料を調達しているとか、NbSを意識した建設や事業を行うことが、TNFDでの評価を高めることになるでしょう。また、こうした事業の資金調達にグリーンボンドを利用するというケースも増えています。

ネイチャーポジティブ経済への移行期における各セクターの役割
出典:THE FUTURE OF NATURE AND BUSINESS(2020 年、世界経済フォーラム)の FIGURE E3 をもとに環境省作成

5.消費者・市民の行動変容

持続可能な購買の拡大
出典:An Eco-wakening. Measuring global awareness, engagement and action for nature. Economist Intelligence Unit (2020)
[画像クリックで拡大]

 一方で、消費者や一般市民の行動も重要です。OECMなどの設定や維持をおこなう活動に参加することはハードルが高い、と感じられる人も多いと思います。でも、SNSを利用した市民による科学プロセスへの参加や市民が取得したデータの科学的な活用なども発達してきているので、さまざまな参加の形が出てきていると思います。さらに、TNFDなどで高い評価を受けた企業の製品や、持続可能な認証を受けた商品を選んで購入することは、そうした商品を増やすことになりますし、問題意識の高い企業を応援することにもなります。実際に、認証制度はさまざまな商品に拡大してきましたし、持続可能な商品に対する関心は増えています。また、国や自治体の事業にNbSの採用を働きかけるなどの行動は、緑豊かで快適な生活環境を作ることにもつながります。

6.おわりに

 生物多様性や生態系に対する近年の動きは、企業などを中心に非常に速くなっています。ただ、企業などの動きに較べると一般市民の行動変化はまだ速いとは言えないかもしれません。一方、自然資本、NCP、ネイチャーポジティブ、TNFDなど、「生物多様性」というより「自然」という表現が増えてきたことも大きな傾向ではないかと思っています。「自然」のほうが広い内容を含んではいるものの、企業や市民にはわかり易いのかもしれません。


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〜著者プロフィール〜

中静 透(なかしずか とおる)
国立研究開発法人 森林研究・整備機構 森林総合研究所 理事長
1956年新潟県生まれ。戸籍上の姓は「浅野」で、「中静」は旧姓で筆名。
森林生態学と生物多様性を専門に、京都大学生態学研究センター教授、総合地球環境学研究所教授、東北大学生命科学研究所科教授などを経て、2020年より現職である国立研究開発法人森林研究・整備機構理事長。
この間、2003年に日本林学会賞、2004年に松下幸之助記念志財団松下幸之助花の万博記念賞(「東マレーシアにおける熱帯雨林生態研究チーム」として団体受賞)、2007年にみどりの学術賞、2011年に日本生態学会賞を受賞。

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