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No.047

Issued: 2003.07.17

ロンドン交通混雑税導入後の成果と課題

目次
混雑税導入の経緯
混雑税の概要
混雑税の成果
今後の課題
ロンドン交通混雑税の対象エリア

ロンドン交通混雑税の対象エリア

 大都市における自動車の集中は、交通渋滞、大気汚染など様々な問題を引き起こしています。世界で最も渋滞のひどい都市のひとつと言われてきたロンドンでは、今年2月、自動車交通量の削減を目指し、「交通混雑税(Congestion charge/以下、「混雑税」とする)」を導入しました。制度の開始から数ヶ月が経ち、果たしてその成果は...。
 今回のレポートでは、混雑税制度を運用しているロンドン交通局の担当者の話も交えて、混雑税制度とその成果、今後の課題などについて報告します。

混雑税導入の経緯

マイカーからの代替交通手段として期待されるロンドンバス

マイカーからの代替交通手段として期待されるロンドンバス


 イギリスの首都ロンドンは、700万人の人口を抱える大都市です。ロンドンの渋滞は欧州でも最悪といわれ、市街地中央部で車が進むスピードは、時速約13km。100年前の馬車と同じスピードでしか移動できないと揶揄される状況でした。
 渋滞がもたらす経済的な損失は、1週間で200〜400万ポンド(約3億8000万円〜7億6000万円)にも及ぶと推計されており、経済界からも改善を望む声が出ていました。自動車の集中により、地域的な大気汚染、駐車場スペースの不足といった問題も深刻でした。
 こうした状況を踏まえ、ロンドンでは、10年ほど前から混雑税の検討を行ってきましたが、2000年5月に、混雑税推進派のケン・リビングストン氏が市長に選ばれたことで、議論が現実化します。リビングストン氏は、2000年7月に混雑税に関する市長案を公表、市民や事業者などから意見を聞いて修正案等を作成し、2002年2月に混雑税の導入を正式に決定しました。制度の運用は、今年(2003年)2月17日から始まりました。


混雑税の概要

ロンドン交通局のホームページより

ロンドン交通局のホームページより

 ロンドンの混雑税の目的は、自動車交通量を減らすこと、公共交通機関や自転車など代替的な移動手段へのシフトを促すことにあります。混雑の度合いを、夏休みの時期と同じぐらいに緩和することを目標としています。
 この制度によって、ロンドンの中心部、約21平方キロメートルのエリアに流入する自動車に対して、混雑税が課されます。この区域は、バッキンガム宮殿や官庁街、金融街(シティ)のあるロンドンの心臓部です。混雑税が課されるのは平日(月曜日〜金曜日)の朝7時から夕方6時30分までの時間帯に限定されています。税額は、車種を問わず、一律5ポンド(約950円)、ただし例外規定があります【1】
 混雑税の支払いは、電話、インターネット(携帯電話からのEメールも利用可能)、郵便局、小売店やガソリンスタンドのカウンターで行うことができます。支払いは、課税地区を通行する日の90日前から当日午後10時までに行う必要があります。1週間ごと、1ヵ月ごと、1年ごとにまとめて支払うことも可能です。
 混雑税の支払いは、市内数百ヵ所に設置されている固定式・移動式のカメラで監視しています。エリア内に流入する車両のナンバーをカメラで読みとり、税の支払いに際して登録される車両ナンバーと照合して、支払い状況を確認します。支払いが遅れると、80ポンドの罰金(約15,200円)が課せられ、それでも支払われない場合(3回以上の未払い)には、輪留め【2】や撤去という措置がとられます。


混雑税の成果

図1 自動車流入量の変化

図1 自動車流入量の変化(「混雑税3ヶ月間の実施状況報告書(ロンドン交通局)」より)課税地区への自動車流入量を、時間帯別にグラフで表記している。青系統の色のグラフ(左から4本目まで)が混雑税導入前、赤系統の色のグラフが導入後の流入量を表している。

 ロンドン交通局は、この6月、混雑税導入から3ヶ月の成果を発表しました。モニタリングの結果によれば、課税地区内の交通量は、前年度の同時期と比較して、16%減少したことが明らかになりました。当初、交通量の減少は10〜15%と見込まれていたため、これを上回る好成績だと評価されています。なお、車種ごとの流入量を見た場合、特に乗用車の減少は著しく、38%の減少が見られました。
 混雑税を契機に、市民による交通手段の選択はどのように変化したのでしょうか?混雑税導入後、課税地区に自動車が出入りする回数は、1日当たり約150,000回減少しました。その内訳は、モニタリングの結果に基づき、50〜70%がバス及び地下鉄などの公共交通機関へ、20〜30%が自転車・スクーター・徒歩・タクシーなどの他の移動手段へのシフトによるものと推計されています。混雑税の導入前には、課税地区を自動車が迂回するようになり、周辺地域の交通量が増加するのではとの懸念もありましたが、こうした手段によるエリア内交通量の減少は10〜20%にとどまっています。迂回してまで自動車を利用するよりも、公共交通機関等を選択する市民が多かったということになります。
 ロンドン交通局混雑税政策マネージャーのニック・フェアホルム氏は、交通量の減少について、「税額など混雑税制度の設計によるところが大きいのはもちろんだが、予め、公共交通機関のキャパシティを高め、自動車からの市民のシフトを容易にしておく必要がある」と述べます。ロンドンでは、混雑税導入に先立ち、約300台のバスを追加的に導入し、新ルートの設定、バスの頻度を増加するとともに、警察当局とも協力し、バスレーンの遵守や違法駐車に対する取締りを強化してきました。同氏は、「混雑税、公共交通機関の整備、そして警察当局との連携という交通政策全体のポリシーミックスが重要」だと指摘します。

※報告書:"Central London Congestion Charging Scheme -Three Months On"(PDF), Transport for London

今後の課題

 混雑税が自動車交通量の削減に大きな成果を挙げたことで、ニック・フェアホルム氏は、課税地区を広げる可能性を示唆しています【3】。課税地区を北西に拡大する案が検討されるようです。
 一方で、今後の課題もいくつかあります。まず、自動車流入量が予想以上に減少したことで、混雑税収入も当初の見込みより減少したことです。ロンドン交通局では、導入前に年間1億3000万ポンド(約247億円)の税収を想定していましたが、3ヵ月後の実績を踏まえ、これを6400万ポンド(約121億6000万円)に修正しています。ロンドンの混雑税は、交通量を削減するための手段であって、税収を得ることを目的としたものではないとリビングストン市長は明言しています。一方で、混雑税で得られた収入をバス・地下鉄網の拡充、路面電車の導入など公共交通機関の整備や安全対策の強化に活用していく方針をロンドン市が打ち出していたのも事実です。今後は、公共交通機関の充実に向け、どのように財源を確保していくのかが問われます。
 また、混雑税に対しては、現在でも市民の一部に根強い反対論があります。ロンドン市の職員の中でも、「市民に人気がある制度だとは、とても言えない。今後も人気が出るとは思えない」という悲観的な見方もあります。特に、低所得者層から、一律5ポンドという税額について、負担が大きいという批判が出されています。この点については、混雑税と引き換えに他の税金(例えば燃料税など)を減額し、税金の総額を一定にすること、すなわち税収の中立を保つようにしてはどうかという意見も専門家から出されています【4】
 どんな制度であれ、新たな挑戦に試練はつきものです。リビングストン市長も5年間はモニタリングを続け、「混雑税制度がうまく機能しなかったり、直すべきところがあれば、改正もする」という方針を明らかにしています。環境面、社会面、経済面などを含めた包括的なレビューは、2004年4月に公表される予定です。
 なお、都市中央部への自動車の流入に課税する制度は、シンガポール、オーストラリアのメルボルン、カナダのトロント、ノルウェーのオスロやベルゲンなどでも実施されています。ただし、対象人口や面積の点で、ロンドンの制度は最も大規模なものとなっています。東京都でも類似の制度が検討される【5】など、ロンドンのチャレンジの行方に、世界中の大都市が注目しています。


【1】
自転車、オートバイ、緊急車両、バス(9人乗り以上)、タクシーなどは、混雑税の対象から除外されています。
環境にやさしい自動車を推奨するため、天然ガス車などの代替燃料車及び電気自動車に対しては、年間10ポンドの登録手数料を支払えば、100%免税されます。なお、課税地区内に居住している人は、90%の減税となります。
【2】
クランプというタイヤ止めを自動車に取り付け、動かせなくします。混雑税及び罰金の支払いが済めば、外してもらえます。
【3】
2003年6月4日にベルギーのブリュッセルで開催されたEUグリーンウィークの会場にて、ロンドン交通局混雑税政策マネージャー ニック・フェアホルム氏から伺った話。
【4】
Robert Wright. 2003. "National News: Darling drives debate on benefits of road pricing." Financial Times. Jun 11, 2003
【5】
東京都でも、渋滞の緩和や大気汚染の改善を図るため、ロードプライシングについて検討を進めている。ロードプライシング(Road Pricing)とは、交通渋滞や大気汚染の著しい地域に入る自動車に課金することで、[現在の車の使い方の見直し→自動車交通量の削減→渋滞緩和・大気環境の改善]を目指した制度と位置づけられている。
平成13年6月に学識経験者による構想がまとめられ、4つの対象区域案や課金額・方式案などが示されている。

関連情報

参考図書

  • 石弘光編 環境税研究会 1993, 「環境税 実態と仕組み」東洋経済新報社
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(記事:源氏田尚子、写真:辺見裕樹)

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