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Issued: 2003.08.21
「スイスの国立公園」
 原生自然の回復を目指す
アルプスの山々と湖に囲まれ、国内どこもが絵葉書のように美しいスイスですが、意外なことに、国立公園はひとつしかありません。スイスの東端、オーストリア及びイタリアと国境を接するグラウビュンデン州にあるこの国立公園が設立されたのは1914年。中央ヨーロッパで最も歴史のある国立公園です。
 今回の欧州環境レポートでは、自然保護を徹底していることで知られるスイスの国立公園について、ご紹介します。
スイス国立公園の風景
 目次
国立公園は野生生物の宝庫
自然科学者とNGOが設立をリード
原生自然への回帰を目指す
国立公園を管理しているのは?
まとめと課題
国立公園は野生生物の宝庫
国立公園内で見かけた野性のエーデルワイス
写真:地図でコースを説明するロートさん
スイスの国立公園は、中央ヨーロッパで最初に設立された国立公園です【1】。欧州の国立公園は、人の手の入らない、原生的な自然を保護する自然保護区としての性格が強いものと、田園景観の保全や野外レクリエーションなどの利用面も含めた自然公園としての性格が強いものの2つに大別されます【2】。スイスの国立公園は、前者のタイプに属します。

 スイスの東端にある、国内唯一の国立公園は、標高2,000m〜3,000m級の山々と森林、草原というアルプスの山岳景観に恵まれています。国立公園周辺は、深い山の間に小さな集落が点在するような山村で、観光地という雰囲気はありません。
 国立公園の面積は172km2と比較的小さい【3】のですが、アイベックス(大きな角を持った野生のヤギ)、シャモア(カモシカ)、シカ、イヌワシ、アルプス・マーモット(大型のモルモットのような動物)など、様々な野生動物が生息しています。夏には高山植物も豊富で、登山道の脇では、スイスでも希少な野生のエーデルワイスを見ることができます。
 国立公園の中を、国立公園レンジャーOBのロートさんに案内していただきました。ロートさんは、望遠鏡を覗きながら、向こうの山にいるアカシカの群れやシャモアを次々と見つけ、その暮らしぶりを教えてくれます。
 「山ではシカが天気を教えてくれる。朝、シカが山の上で草を食んでいれば一日晴れ、山の下の森にいれば天気は下り坂」と山里の暮らしの知恵を交えた解説は、国立公園のすぐ近くの村で生まれ育ち、子どもの頃から山が遊び場だったというロートさんならではです。
[1] 欧州で最初に国立公園を設立したのはスウェーデン(1909年)。中央ヨーロッパ(北欧を除く)ではスイスが最初。
[2] 池ノ上容「バリエーションに富む欧州の国立公園」『世界の国立公園』p.122。
自然保護区型の国立公園としては、スイス、スウェーデンが、自然公園型の国立公園としては、イギリス、イタリア、オーストリアなどがある。
[3] 日本では、ちょうど中部山岳国立公園の合計面積が約1,743km2。スイスの国立公園は、このちょうど10分の1に相当。
日本の国立公園制度は、地域制公園として、土地の所有にかかわらず網掛けしている。古くから土地が高度に利用されている中で、より広い面積を指定することができる一方、規制は緩やかにならざるを得ない面もある。
自然科学者とNGOが設立をリード
写真:絶滅の危機に瀕するアイベックス(参考映像)
「スイスの国立公園が設立されたのは、1914年。中央ヨーロッパで、最も歴史のある国立公園だよ」とロートさんは語ります。
 当時、スイスの野生生物は大変厳しい状況にあったそうです。オオカミ、ヤマネコは絶滅し、クマ、アイベックスも絶滅の危機に瀕していました(クマはその後、絶滅)。高山に囲まれ、人の利用できる土地が限られているスイスでは、国土の隅々まで人の手が入り、野生生物の生息地が減少していたためです。
 こうした状況を憂慮したスイス自然科学学会、NGOのスイス自然保護協会(今日の「プロ・ナチューラ」【4】)は、1909年、ツェルネー市から土地をリースして保護区にしました。この保護区が現在の国立公園の前身になります。
 自然科学者やNGOの熱心な運動が実り、1914年8月1日、国立公園が正式に発足します。
[4] プロ・ナチューラはスイス最大の自然保護団体で、1909年に設立された。ツェルネー市から保護区を借り受ける際には、そのリース料金を自ら負担し、財政面でも、運動面でも国立公園の生みの親となったと言われる。現在の会員数は約10万人。本部は、スイスのバーゼルにある。
原生自然への回帰を目指す
写真:土砂崩れも自然の営みとして放置

スイスの国立公園は、徹底した自然保護の優先を特徴としています。国立公園法では、「スイス国立公園は、全ての動植物が人間からのあらゆる干渉から保護され、自然の遷移に委ねられる保護区である」と規定し、原生の自然、すなわち、人の手が入る以前の5,000年前の自然を取り戻すことを目指しています。
 国立公園内にある人工物といえば、道路が一本と登山道、宿泊施設を兼ねたレストランが1軒あるぐらいで、スキー場も、ロープウェーもありません。かつてこの地域で営まれていた林業、牧畜業、鉱業なども全て禁止されています。

 このように徹底した開発の抑制が可能なのは、国立公園内の土地の利用権が全て国立公園当局(正式には後に述べる国立公園委員会)に移管されているためでもあります。公園内の土地は、全て地元の5市町村の所有地なのですが、国立公園当局に土地をリースする契約が締結されています。
 国立公園内を歩いていると、大規模な土砂崩れの跡によく遭遇します。登山道が埋まっているところもあるので、「危険ではないんですか?」と尋ねると、ロートさんは「国立公園内ではあらゆることが自然のなすままなんだ」と答えます。土砂崩れの跡には、やがて草が生え、新しい木が育ちます。長い目で見れば、土砂崩れも森の再生のきっかけとなるもので、自然の遷移の過程の一コマだというわけです。
 「ここでは自然が運転席。人間はバックシートに座っていて欲しい ということだよ。危ないと思うなら人間が近づかなければいい」とウィンクして見せるのでした。
国立公園を管理しているのは?
日本の国立公園は、国の行政機関である環境省によって管理されています。一方、スイスでは国立公園の設立に、自然科学者、NGO、地方自治体及び国が深く関わった経緯もあり、この四者の協議によるガバナンス(管理運営)を特徴としています。
 国立公園を管理しているのは、スイス連邦の「国立公園委員会」です。この委員会は、国(スイス連邦環境・森林・景観局)、地元の地方自治体(州及び市町村の代表)、NGO(プロ・ナチューラ)及びスイス自然科学学会の代表で構成されており、国立公園内の事業から、予算の配分、管理事務所のスタッフの任命まで、国立公園に関するあらゆる事項を管轄しています。

 また、国立公園に関するもう一つの重要な機関として、国立公園研究委員会があります。スイスの国立公園は、国立公園法上、科学研究の場としても位置づけられており、研究成果は公園の管理にも活用されています。野生生物の個体数や生息地、植生の変遷の状況などに関するデータは、科学的な公園管理に欠かせない情報となっています。動物学、植物学、水文学など、公園内で実施される一連の科学調査を監督しているのが、国立公園研究委員会です。
まとめと課題
写真:手を使って学ぶネイチャートレイル。ハイマツの生え方を知る
あらゆる自然の改変を抑制するスイスの国立公園は、自然保護の観点からは理想的かもしれません。しかし、日本のように、「自然の風景地の保護」と併せて、国民による自然の風景地の「利用の増進」を目的に掲げる国立公園では、スイスの真似をするにも限界があります。
 また、日本の場合、国立公園内の土地の利用権が全て、環境省にあるわけではありません。地方自治体や民間の土地もある中では、自然の遷移を最優先するというのは困難です。一方で、地元の地方自治体や自然科学者、環境NGOと連携した管理体制や、科学的データの蓄積など、スイスの取組みは、参考になる点もありそうです。
 なお、スイスの国立公園にも課題はあります。国立公園の面積が小さいこと、公園内でいくら野生生物を厳格に保護しても、一歩、公園区域外に出て行かれると保護できないことなどです(シカ類は秋になると公園外へ移動してしまう)。

 また、最近では、原生的な自然だけでなく、人の手の入った自然(いわゆる二次的自然)を保護する必要性も指摘されています。農業を巡る状況が厳しい中、アルプスでの伝統的な放牧風景を維持することが大変になってきているためです。そこで、国立公園では、現在の公園区域の外側に、バッファーゾーン(緩衝区域)となる300km2ほどの「アウターゾーン」を設置することを次の目標としています。
 「アウターゾーン」では、環境に配慮した持続可能な地域産業として、伝統的な牧畜業や林業を維持していこうとしており、周辺市町村との調整が続けられています。
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参考図書 |
  源氏田尚子
  2003.
 「海外の公園事情(1) スイス国立公園」
  『国立公園』2003年4月号, p.18-19
  Schweizerishcher Nationalpark.
  2001.
 National Park.
  (CD-ROM)
  Parc National Suisse.
  2001.
 Rapport d'activite
  (スイス国立公園の年次活動報告書)
(記事・写真:源氏田尚子)
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