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Issued: 2005.08.25
世界自然遺産に登録された知床の課題
知床五湖と知床連山(8月)
 世界の国立公園・保護地域の中でもっとも重要なものと位置づけられる世界自然遺産に、2005年7月、知床が登録されました。知床の自然が顕著で普遍的な価値を有していると認められ、人類全体のために保護することが世界遺産条約に基づき決定されたのです。日本の世界自然遺産としては、屋久島白神山地に次いで3番目です。
 世界自然遺産に登録された知床の自然環境や登録の経緯、課題などを紹介します。
 目次
知床の自然環境
遺産推薦の決め手は流氷
審査機関から指摘された知床の課題
世界自然遺産登録の意義
遺産地域の保全と豊かな暮らしの実現
知床の自然環境
知床世界自然遺産地域位置図

 北海道の東端、オホーツク海に北東方向に突き出している半島が知床半島です。半島の長さは約70km、半島基部の幅は約25kmあります。豊かな自然が残されている北海道の中でも特に原生的な自然が残された重要な地域として、1964年には半島先端部から約3分の2の地域が国立公園になりました。
 知床半島では、海岸から約1,600mの山頂部まで原生的で多様な植生が連続しています。豊かな餌資源と多様な環境を背景に、ヒグマが世界的にも高密度で生息する地域です。海岸に沿った台地上に点在する知床五湖は年間50万人が訪れる景勝地ですが、ヒグマがしばしば出没し、周遊歩道が閉鎖されることがあります。「ヒグマの棲家におじゃまする」 ──それが知床の大きな魅力のひとつです。
 また、北方系と南方系の種が混在するなど多様な生物が知床には生息しています。特に絶滅危惧種であるシマフクロウの繁殖地やオオワシの越冬地として、知床は重要な地域です。
 知床の自然を特徴づけるのは流氷です。流氷が運ぶ植物プランクトンの大発生に始まる食物連鎖により、豊かな海の生態系が形成されます。魚を食べるワシ類や川を遡上するサケなどによって、海から陸に栄養分が運ばれ、海と陸の豊かな生態系の相互作用が知床に特有の自然をつくっているのです。
知床のヒグマ(8月)   知床五湖ヒグマ看板
知床のヒグマ(8月)   知床五湖ヒグマ看板


【遺産登録地域の面積と保護制度】
  知床世界自然遺産地域の面積は、陸域48,700ha、海域22,400haの合計71,100haです。屋久島の遺産地域面積(約11,000ha)、白神山地(約17,000ha)に較べて、はるかに広大な遺産地域面積です。海域が遺産地域に含まれるのも今回が初めてです。
  遺産地域は、知床国立公園と遠音別岳原生自然環境保全地域の全域を含み、国指定鳥獣保護区森林生態系保護地域にも指定されています。


遺産推薦の決め手は流氷
知床連山と流氷(2月・浜小清水駅より)

 屋久島と白神山地が世界自然遺産に登録された翌年の94年、知床を世界自然遺産に登録しようとする動きが地元斜里町から始まりました。世界自然遺産の登録要件の中で最難関は「類似の自然遺産がないこと」でした。知床の原生的な自然の素晴らしさは国内では疑問の余地はありませんが、既に登録されている自然遺産に類似するものがあってはいけないのです。シベリアやアラスカには原始の大自然が日本とは比べることのできないスケールで残されています。知床の独自性を国際的にどのように説明できるのか、これが問題となりました。
 決め手は流氷でした。かつては海を閉ざす厄介者として嫌われていた流氷が豊かな海をつくり、知床で繰り広げられる海と陸の生態系の相互作用が特徴的なものであることがわかったのです。
審査機関から指摘された知床の課題
岩尾別川河川工作物(7月)

 日本政府は2004年1月に知床を世界自然遺産に推薦しました【1】。半年後の7月には審査機関である国際自然保護連合(IUCN)の専門家が知床を調査し【2】、その後、調査結果に基づいて知床の保全強化が日本政府に求められました【3】。大きな課題は、海の保全強化と河川工作物の改善でした【4】
 海と陸の相互作用が知床の特徴であることから、海の保全が重要視されたわけです。国際的な絶滅危惧種のトドが冬に知床の海にやって来ることも理由でした。
 当初は海洋保護区の設定が求められましたが、日本では資源の持続的な利用を考えた漁業を行っていることを強調して、海域管理計画を作成して海の保全を図ることでIUCNの理解が得られました。知床では漁業関連法令による規制のほか、漁業者が自主的に漁獲規制も行っています。科学者の助言を得て、漁業者の合意の下にこれから3年以内に作成する海域管理計画はわが国で初めての試みです。
【1】 日本政府による知床の世界自然遺産推薦(2004年1月)
→H16年度推薦作業方針
→H16年度推薦物件
→「知床」の推薦書の提出
【2】 IUCNの専門家による知床の実地調査
第一報
第二報
【3】 IUCN専門家による、調査結果に基づいた知床の保全強化に関する指摘事項
詳細ページへ
【4】 IUCNの指摘に対する日本政府の回答
詳細ページへ
知床海蝕崖(7月)

 また、遺産地域に含まれる海域の拡大も求められました。水深200mより浅い陸棚が生物にとって特に重要な海域です。その9割を包含できるように、国立公園の区域を沖合3kmまで拡張して、遺産地域に含めることになりました。
 知床の海と陸の相互作用を維持する上で、川を遡上するサケマス類の役割も重要です。このため、魚類の遡上を妨げる河川工作物の改善がIUCNから求められました。魚類に対する影響を調査し、科学的な検討を行った上で、今後必要な対策を講じることになっています。
 2005年7月の世界遺産委員会ではIUCNの指摘に対する日本政府の対応も含めて審査され、全会一致で知床の世界自然遺産登録が決定しました【5】
 世界遺産委員会は登録の2年後に知床に調査団を招くことを求めています。今後は、海域管理計画の作成や河川工作物の改善などの課題に着実に取り組み、知床が自然遺産としてしっかりと守られていることを世界に示すことが必要です。
【5】 知床の世界自然遺産登録の決定(2005年7月 世界遺産委員会)
世界遺産一覧表への記載決定
世界遺産委員会開催について
知床岬(2月・ヘリ撮影)   知床岬(8月・岬灯台より)
知床岬(2月・ヘリ撮影)   知床岬(8月・岬灯台より)


世界自然遺産登録の意義
 知床が世界自然遺産に登録された意義として、科学的管理の推進、保全の充実、地域の誇りの3つを挙げることができます。
 2004年7月に科学者16名からなる科学委員会が設置され、科学的助言を受けながら知床の保護管理が行われることになりました【6】。日本に28ある国立公園の中でも初めての試みです。科学委員会は国立公園や希少野生生物を保護管理する環境省に対してだけでなく、森林を管理する林野庁と水産行政などを所管する北海道に対しても、科学的助言を行います。
 IUCNの指摘を受けて海の保全と河川環境の保全が促進されたことも大きな成果のひとつです。海の保全は持続的な漁業活動が前提ですが、科学者も含めて調査モニタリングを行い、漁業者の合意の下に遺産地域の保全と漁業活動の両立を目的とした海域管理計画が作成されることは大きな意味があります。河川工作物の改善も遺産登録の動きがなければ実現の難しい課題だったでしょう。また、海と河川以外でも、これまで知床で行われきた保全や利用適正化の取り組みが加速されることは言うまでもありません。
 3つ目は、知床に対して国際的に高い評価が与えられたことによって、知床を守ってきた地域の人々が改めて知床の自然を誇りに思うことです。特に、地域に暮らす子どもたちが誇りをもって次の時代を担うことは、知床の将来にとって明るい希望を与えるものです。
斜里町ウトロ地区遠景(2月)   羅臼岳(2月・ウトロ地区の流氷上より)
斜里町ウトロ地区遠景(2月)   羅臼岳(2月・ウトロ地区の流氷上より)


【6】 知床世界自然遺産の登録に向けた適正な管理のあり方検討について
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遺産地域の保全と豊かな暮らしの実現
 これからは国際的な注目も集めながら、知床世界自然遺産地域の保全が進められることになります。環境省、林野庁、北海道、斜里町、羅臼町など行政機関のみならず、地元関係団体や地域住民も連携協力して行われる様々な取り組みは、大自然と人との共生のモデルを提示することになるでしょう。
 また、こうした取り組みは、漁業者や観光関係者など地域に暮らす人々の豊かな暮らしの実現に結びつくものでなければなりません。これは知床で行われる今後の取り組みが持続し、成果を挙げるために重要な観点です。
 世界自然遺産に登録された知床でこれから行われる様々な取り組みに対して、全国の人たちに支援の輪が広がる、そうした状況になることを望んでいます。
大型観光船(8月・知床岬より)   知床五湖からの夕陽(8月)
大型観光船(8月・知床岬より)   知床五湖からの夕陽(8月)


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(記事・写真)星野一昭(環境省自然環境局 東北海道地区自然保護事務所所長)
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