数人の友人と北イタリアの小さなスキー場に行ったときのことだ。自炊のできる宿に泊まっていたので、食事はほとんど近くの店で買ってきて、自分たちで作って食べた。通りの肉屋に入ると、ソーセージやハムが並んだ売り台の前で地元のおばさんがゆっくりと品定めをしている。
「これ200グラム、それは500グラムかな、でもこっちはやめてこれにしよう。このハムは知らないね、味見できるかい?」といった具合だ。売り子はニコニコしながらの応対。ようやくやり取りが終わって、さて次は私の番かな、と思うと、清算の途中でおばさんと店員が世間話を始める。2人とも、後ろで待っている客を気にする様子はまったくない。最初はちょっとイライラしたが、2〜3回同じような場面に出くわしていると、慣れてきて、こっちもなんだか楽しくなる。
これが私の住むドイツだったら、大抵愛想のない売り子が出てきて、「何がほしいんだい?」「豚のひき肉」「何グラム?」「...」と簡潔でスピーディーなやり取りで済んでしまう。「あれかこれか、どっちにしよう...」などと迷っていると、売り手はイラつくし、後ろに並んでいる客からも無言の圧力を感じる。まして日本では、スーパーなどでのパック売りが主体で、そんな応対すらない。
スペイン・マジョリカ島の下町にある友人宅を訪問したときも、ラテンの国の“人間らしさ”に触れることができた。
マンションの階段の踊り場や路地で、近所のおばさんたちに出くわす。
「アントニオ! いつ帰ってきたんだい。ドイツはどうだい」「寒いドイツがいやになって、ちょっとこっちに帰ってきたよ。そうそう、こいつは日本人の友だちで...」と立ち話が始まると、大抵は5分か10分は費やしてしまう。映画がもうすぐ始まるとか、バスの時間に遅れそうだ、と急いでいるときでも同じだ。彼と一緒に下町を歩いていると、こんな“アクシデント”に何回も遭う。計画した時間通りに事が進むことはまずない。
「ここはスペイン。ドイツ人のように、時間がないからといって途中で話を切り上げることはできないんだよ。そんなこと、ここでは無礼にあたる」。あとで友人が誇らしげに語ってくれた。











