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アメリカ横断ボランティア紀行(第1話) 「アメリカでの研修!?」
中国発:2006年春、新しい企業環境管理への挑戦(後編)
─日本の協力─
中国発:2006年春、新しい企業環境管理への挑戦(前編)
─国務院の決定─
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No.
Issued: 2006.03.07
中国発:2006年春、新しい企業環境管理への挑戦(後編)
 ─日本の協力─
2006年2月21日、企業環境保護監督員制度づくり等に関する協力を更に2年継続することを約束する文書の署名が行われた。
 2006年2月21日、北京で一つの協力を継続する文書の署名式が行われた。前回紹介した企業環境監督員制度の確立へ向けた日中技術協力文書である。法制度化へ向けて更に2年間、日本からの支援を継続することが合意された。
 目次
弱体化していた中国の企業環境管理体制と、日中友好環境保全センターの設立
日本の経験に学べ
成功した人材育成
企業環境保護監督員制度の試行へ
制度確立に向けて
日本が協力してきた成果と意義
弱体化していた中国の企業環境管理体制と、日中友好環境保全センターの設立
 中国では1980年代以降毎年10%前後の高い経済成長を続けている一方、企業(工場)の自主的環境管理は極めて甘く、また行政による監視も不十分だった。1990年代の環境汚染の様相は、ちょうど昭和30〜40年代頃の日本を思わせる状況であった。
 このような中で1988年、中国政府の環境対処能力向上等を目的に、日本の無償資金協力による日中友好環境保全センター建物及び組織の設立が両国総理間で合意され、日本政府は建物の建設・施設の整備に約105億円の無償資金を投入した。
 センターは中国国家環境保護局(当時)の直轄機関として位置づけられ、1996年に開所した。日本政府は開所に併せて同センターのキャパシティビルディングのための本格的な技術協力(JICA日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズII)を開始することになった。

北京市内に完成した日中友好環境保全センター日中友好環境保全センター建設の記念式典で挨拶する竹下登元総理
北京市内に完成した日中友好環境保全センター日中友好環境保全センター建設の記念式典で挨拶する竹下登元総理
日本の経験に学べ
日本の公害防止管理者制度を研究した報告書

 日本の公害問題が激しかった昭和30〜40年代当時、汚染の主役は企業であった。高度経済成長期にあったこの頃、環境規制関係の法律等の整備が不十分だったことと相まって、企業からの汚染物質の「たれ流し」状態が続いた。
 当時の日本政府は公害規制関係の法律整備に努めるとともに企業が自主的に環境管理を行う方策を検討してきた。この結果、工場長が公害防止の責任者(公害防止統括者)となり、企業経営と環境の両面を統括管理する責任を負うとともに、公害防止業務を行う専門技術者(公害防止管理者)を監督・管理する公害防止組織を工場内に築くことを定めた「特定工場における公害防止組織の整備に関する法律」を昭和46年に制定、国家試験による資格を持った「公害防止管理者」を各工場に置くことを義務づけた。
 この公害防止管理者は各工場と行政あるいは市民との橋渡し役になり、時には行政に代わって工場の環境管理を監督する役目を担った。日本における工場からの汚染を低減させた要因は種種あるが、この公害防止管理者制度が果たした役割は大きい。

 このような日本の公害防止経験を踏まえて、技術協力のために派遣された日本専門家チームは、中国側(国家環境保護総局及び日中友好環境保全センター研究者)に対して、中国における自主的環境管理制度づくりの検討を提案し(1998年)、さっそく検討にかかった。中国における企業環境管理の実態の把握、日本の制度研究等を経て、中国の国情に合った制度づくりが必要との提言をまとめた。
成功した人材育成
 このような制度づくりを推進する上で人材の育成が重要との観点から日本専門家チームでは、日本国内で詳細に制度等を学ぶための研修を併せて企画した。この研修はJICAの国別特設中国公害防止管理者制度研修として2000年から2004年までの5年間にわたり実施され、延べ50人が1〜2か月間にわたる本格的な研修を受けた。
 2002年、研修を受けた国家環境保護総局の中堅幹部は帰国後直ちにこのような制度づくりを進めることが重要との報告を国家環境保護総局長に提出した。彼及び研修に参加した幾人かのメンバーが中心になって提案した「企業環境保護監督員制度の試行」を受け、2003年国家環境保護総局から地方環境保護局への行政通知の形で同制度の試行が行われることが決定した。

日本で実施された公害防止管理者制度研修の様子。毎年8〜12名が参加した。日本で研修を受けた結果を基に「企業環境保護監督員制度の試行」を提案した陳国家環境保護総局環境監察局副局長
日本で実施された公害防止管理者制度研修の様子。毎年8〜12名が参加した。日本で研修を受けた結果を基に「企業環境保護監督員制度の試行」を提案した陳国家環境保護総局環境監察局副局長
企業環境保護監督員制度の試行へ
日中合同の企業環境保護監督員制度現地調査(通化製鉄)

 2002年から始まった日本の技術協力プロジェクトフェーズIIIでは、この試行を全面的に支援することを決定した。日本専門家チームは試行都市、試行企業の実態調査、問題点等の抽出作業を国家環境保護総局担当者等と共同で行い、本格的な制度を確立することの意義を再確認した。
 このような作業を通じて国家環境保護総局全体として、制度確立の重要性及び企業の環境監督員を職業資格としてきちんと制度化する必要性の認識が高まり、折しも国務院において検討作業中であった「科学的発展観を実行し環境保全を強化することに関する国務院決定」の中に盛り込まれることになった。国家環境保護総局では、今後5年程度の時間をかけて職業資格管理制度(国家試験等による監督員の認定制度)を含む企業環境監督員制度を確立する計画を立案した。
制度確立に向けて
 2005年12月、国務院は「科学的発展観を実行し環境保全を強化することに関する国務院決定」(2005.12.3.国発[2005]39号)【1】を行い、その中で明確に「企業の環境監督員制度を確立し、職業資格管理を実行する」ことを規定した。このことは即ち、試行を実施してきている企業環境保護監督員制度を試行段階から本格的な制度として定着させることを意味する。
 中国政府が本格的に制度づくりに着手することを明確にしたことから、日本政府は2006年3月末をもって終了する技術協力プロジェクトフェーズIIIのフォローアップを行うことを決定した。
 2006年2月21日、北京で協力を継続する文書の署名式が行われ、企業環境監督員制度の本格的な制度化に向けて更に2年間、協力を延長して、環境監督員(及び候補者)に対する研修、研修教材の作成、職業資格制度づくりに対する技術的支援が引き続き実施されることになった。

北京で開かれた日中協力による第1回目の研修会第1回目の研修会には北京訪問中の小池百合子環境大臣も駆けつけ、研修員を激励した
北京で開かれた日中協力による第1回目の研修会第1回目の研修会には北京訪問中の小池百合子環境大臣も駆けつけ、研修員を激励した
【1】 科学的発展観を実行し環境保全を強化することに関する国務院決定
http://www.zhb.gov.cn/eic/
649646453861384192/
20051214/13756.shtml (中国語)
http://www.sepa.gov.cn/
japan/env_info/3_2_2_053.pdf (日本語訳)
日本が協力してきた成果と意義
 政策制度づくり・人づくりの分野における技術協力の成果は、一般的にはなかなか見えにくい。本件における協力は8年という長い歳月を要したが、地道な協力を積み上げてきた結果、国務院の決定(日本の閣議決定に相当)という高いレベルまで反映されるに至った。もちろん、ここまで来るに至った成果の9割以上は共に歩いてきた中国側関係者の努力によるもので、日本の協力はそっと彼らの背中を押し続けてあげてきただけにすぎない。しかし、8年にわたる協力がなかったら、現在の成果に至らなかったこともまた明白である。
試行が実施されている鎮江市のセメント工場

 松花江水汚染事件に代表されるように、中国における企業等による環境汚染事故や故意による汚染物質排出事件は後を絶たない。当分は行政当局による取り締まりとのいたちごっこが続くであろう。また、中国は環境規制を十分に行うべきだとの国際社会からの批判も当分続くであろう。
 しかし、私たちは日本の経験を通じて、規制一辺倒では公害等の根絶ができないことを承知している。ISO14000シリーズの考え方にも見られるように自主的な環境改善の取り組みがなければ「持続的改善」は進んでいかない。企業の自主的環境管理が定着して初めて、中国は真の意味での「国際社会」の仲間入りが出来るのではないだろうか。
 言い古された言葉ではあるが、環境汚染という外部不経済の内部化、即ち、環境対策費用を製品生産コストに内部化して初めて、国際的にも公平な製品等販売競争のスタート地点に立てるといえる。そして、このことは間接的にではあるが、日本の企業等にとってもメリットをもたらすものである。
 企業環境監督員制度の確立はまさに、そのための第一歩である。

(参考)企業環境監督員制度に関する日本の協力の概要
日本政府はJICAによる技術協力の枠組を活用して次のような協力を実施。

日中友好環境保全センター協力の歴史
日中友好環境保全センター協力の歴史
  1.  1998〜2000年 日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIによる協力
     中国における産業公害対策の一環として、企業内での自主的環境管理体制の整備及び人材育成が必要との認識から、日本の「公害防止管理者制度」を参考にして、中国での「公害防止管理者制度」について、中国での制度のあり方等を研究し、国家環境保護総局に提言。

  2.  2000〜2004年 中国国別特設公害防止管理者制度研修による訪日研修の実施
     5年間で50名の訪日研修員を受け入れ、国家環境保護総局職員、日中友好環境保全センター職員、環境モデル都市・試行都市環境保護局職員、対象企業等の環境管理責任者等のキャパシティビルディングを実施。

  3.  2002〜2006年 日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIによる協力
     上記1及び2の協力の結果、訪日研修に参加した国家環境保護総局中堅幹部らが中心になって「企業環境保護監督員制度の試行」を決定し、5都市の28企業で試行を実施することになった。フェーズIIIではこの試行制度の推進を全面的に支援し、試行都市、企業の試行状況調査、問題点・改善すべき点の抽出、監督員等に対する研修等を実施。
     2004年度に実施した研修の際には、北京訪問中の小池百合子環境大臣がわざわざ顔を見せ、研修員を激励。
     更にこの試行制度を大気環境への影響が大きい電力業界、水環境への影響が大きい製紙業界への拡大を目指すべくこれらの業界に対する研修を実施。

  4.  2006〜2008年 日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIフォローアップによる協力(予定)
     環境監督員(及び候補者)に対する研修、研修教材(教科書)の作成、職業資格制度づくりに対する技術的支援を引き続き実施する予定。

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(備考:本文中の意見等に係る部分は執筆者の個人的見解であり、独立行政法人国際協力機構(JICA)の公式見解ではありませんことを念のため申し添えます。)

記事・写真:日中友好環境保全センター 小柳秀明、皆川新一

〜著者プロフィール〜
■小柳秀明(こやなぎひであき)略歴
 日中友好環境保全センター日本専門家チームリーダー(JICA専門家)
 
 1977年環境庁入庁。入庁以来約20年にわたり環境庁で環境行政全般に従事。
 1997年から2001年までの約3年半、中国国家環境保護総局日中友好環境保全センターにJICA専門家として派遣される。
 2000年9月、中国政府より国家友誼奨を受賞。
 2001年環境省発足後水環境部、大臣官房等に勤務。
 2003年3月より再び中国へ赴任、〜現在に到る


■皆川 新一
 日中友好環境保全センター

 新潟県県民生活・環境部環境対策課所属
 1979年新潟県に採用。水質、大気等の環境保全をはじめ、化学物質対策、廃棄物対策、水道行政、下水道行政、環境放射線監視、理化学検査など幅広い環境行政を担当。
 2004年から2年間、北京市にある日中友好環境保全センターに派遣。JICAプロジェクトで企業環境保護監督員制度や中国循環経済の推進など政策制度支援領域を担当。
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