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小笠原のエコツーリズム(後編)
──持続可能な島づくりへの取り組み──
中国発:「プロジェクトX」
─日中友好環境保全センター協力がもたらしたもの─
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No.
Issued: 2006.05.18
中国発:「プロジェクトX」
 ─日中友好環境保全センター協力がもたらしたもの─
日中友好環境保全センター外観
 今年(2006年)5月5日でちょうど設立十周年を迎えた日中友好環境保全センター。1996年に日中環境協力のシンボル的存在として日中合同で設立された機関だ。独立行政法人国際協力機構(JICA)による技術協力ODA)を核として、民間による協力も含めて多くの環境協力が展開されてきた。その内容はまさに環境協力分野での「プロジェクトX」と呼ぶにふさわしい。
 しかし、10年の歳月を経て日中両国の厳しい政治情勢、中国の飛躍的経済発展等を背景に、現在のODAを中心とした協力からの転進を迫られつつある。
 今回は、この「プロジェクトX」の成果とこれらの日中間の情勢の変化を踏まえた日中環境協力のあり方について考えてみる。
 目次
日中友好環境保全センターで展開されたプロジェクトの概要
マクロ的に見た日本の協力の成果
これからの日中環境協力のあり方
日中友好環境保全センターで展開されたプロジェクトの概要
 1988年、日中平和友好条約締結10周年を記念して、日本の竹下登総理(当時)と中国の李鵬総理(当時)との間で「日中友好環境保全センター」(以下、「センター」という)の設立が合意された。日本の無償資金協力105億円及び中国側の資金等を投入して、1996年建物及び関連設備が完成した。
 また、日本政府は、センターのキャパシティビルディング(組織的な能力向上)及びセンターを活用した中国の重要な環境問題の解決を支援するため、3フェーズ合計約13年間の長きにわたる技術協力を実施した。さらに関連する協力として、個別専門家の派遣による環境モデル都市構想推進の支援、環境分野における資金協力連携を促進してきた。その他、センターを活用して、国別特設中国公害防止管理者制度研修(訪日研修)、二酸化硫黄・酸性雨対策現地国内研修、第三国研修(アジア地域の環境保護能力向上)など、様々な協力を実施してきた(参考参照)。
 センターで有機的に連携して展開された様々な協力(いずれもODA)の実施は、少なからず中国の環境保全事業に貢献してきた。
(参考)日中友好環境保全センターで展開されたODAによる協力の概要
●これまで日中友好環境保全センターで直接実施されたプロジェクト(「プロジェクトX」)
(1)無償資金協力「日中友好環境保全センター建設」
(2)技術協力「日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズI」
(3)技術協力「日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズII及びフォローアップ」
(4)技術協力「日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIII」
(5)個別専門家派遣「環境モデル都市構想推進」
(6)個別専門家派遣「環境分野における資金協力連携促進」
(7)現地国内研修「大気汚染防止対策研修」
(8)現地国内研修「環境情報ネットワーク整備研修」
(9)現地国内研修「二酸化硫黄及び酸性雨対策技術研修」
(10)第三国研修「アジア地域の環境保護能力向上」

●日中友好環境保全センターと深い関連を持って実施されたプロジェクト
(11)中国国別特設訪日研修「中国公害防止管理者制度研修」
(12)無償資金協力「百都市環境情報ネットワーク整備」
(13)有償資金協力「環境モデル都市構想の推進」
(14)開発調査「貴陽市大気汚染対策計画調査」

マクロ的に見た日本の協力の成果
 JICAによる技術協力を核として10年以上の長期にわたりセンターに対する総合的・継続的な環境協力を実施してきた日本。さらにセンターへの協力をステップとして国家環境保護総局(以下、「SEPA」という)や地方環境保護局等への協力も実施してきた。その多岐広範囲にわたる協力は着実に多くの成果を上げてきた。以下にその成果の代表的な例を紹介する。

1. 中央政府(SEPA)の環境行政実施体制整備を支えた日本の協力
 SEPAは現状で定員240名程度の簡素化された組織であり、一つの課(処)は4〜5名程度の職員で運営されている。政策の立案、実施、管理等を行うにあたり十分な人員が確保されているとは言い難い。日本によるセンターの設立及びキャパシティビルディングの支援は、SEPAの政策立案、実施、管理を補佐し、もって環境行政実施体制の整備の促進に貢献した。また、間接的には地方における関連組織の整備及びキャパシティビルディングにも貢献した。

2. 中国における黄砂対策調査研究の拠点へと成長していった日中友好環境保全センター ─黄砂問題に関する日本の協力
 センター設立直後の1996年以来、JICA技術協力プロジェクト及び国立環境研究所の協力によって、センターでは中国の黄砂標準物質の作成、中国各地の黄砂発生源地域の黄砂等の特性調査、分析方法等の研究を行ってきた。これにより、センターは中国を代表する黄砂研究機関へと成長していった。2001年に中国初の本格的なレーザーレーダー(ライダー)による観測が開始されたことで、格段に豊富なデータを所有できるようになり、黄砂対策研究調査を一層促進させた。
 その後、国際社会での黄砂問題に対する共同の取り組みの必要性が高まり、日中韓モンゴル4か国による共同プロジェクトの実施へと発展した【1】
日中友好環境保全センター屋上に設置されたライダー2000年春に黄砂が大発生した際には朱鎔基総理(当時)も「砂漠化から北京を守れ」と対策の指示を出した
日中友好環境保全センター屋上に設置されたライダー2000年春に黄砂が大発生した際には朱鎔基総理(当時)も「砂漠化から北京を守れ」と対策の指示を出した
【1】 参考 「中国発:春、黄砂との戦い」
http://www.eic.or.jp/library/
pickup/pu050217.html
3. 日本の公害防止管理者制度研究から始まった中国企業の自主的環境管理推進 ─SEPAにおける企業環境保護監督員制度の試行へと発展し、この制度は国務院の環境保護の強化に関する決定の中に盛り込まれるに至った
 政策制度づくりへの本格的な協力として1998年から開始したセンターの「日本の公害防止管理者制度研究」。政策提言レポートとしてとりまとめられ、SEPAの関係部門に提出された。国別特設研修として2000年から開始した「中国公害防止管理者制度研修」では、50人の核となる人材を育成した。
 これらの研究や研修を通じて、中国の国情に合った企業環境管理のあり方が真剣に検討されるようになり、2003年5月、SEPAから「企業環境保護監督員制度の試行に関する通知」が発せられ、日中環境開発モデル都市(環境モデル都市)である貴陽市、重慶市を含む5つの都市で試行が開始された。その後試行の対象が電力業界、製紙業界にまで発展。その後、2005年12月に公布された「科学発展観を実行し環境保全を強化する国務院決定」の中に企業環境監督員制度の確立が盛り込まれるまで発展した。中国では、恒久的な法制度化に向けた取り組みが本格化しようとしている【2】

4. 中国の東アジア酸性雨モニタリングネットワークへの加入と、高まるモニタリング技術 ─酸性雨モニタリング分野での協力
 1997年に日本の橋本龍太郎総理(当時)が提唱して開始されることになった東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(加盟政府間合意での活動)。中国は加盟に際して、要求される技術的水準に達していないなどの問題を抱えていた。JICA技術協力プロジェクト及び日本の酸性雨研究センターの協力により4都市の登録予定モニタリングサイト9地点等の機材整備及び関係者のキャパシティビルディングが実施され、中国の加盟を支えた。また、継続的な技術協力によって登録4都市の技術水準がネットワークの要求するレベルにまで高まるとともに、現地国内研修等も活用してその他の地域におけるモニタリング技術水準向上も支援した。
 これらの協力の結果、東アジア地域の大きな割合を占める中国の酸性雨に関する情報が国際社会に提供されるようになり、東アジア各国が共同して酸性雨問題への取り組みを検討する基礎的な情報基盤が整備されることになった。
東アジア酸性雨モニタリングネットワークの測定点、中国は4都市の9か所を登録
東アジア酸性雨モニタリングネットワークの測定点、中国は4都市の9か所を登録  ※拡大図はこちら
地方政府の酸性雨モニタリング能力向上のための研修会を毎年数回実施した
地方政府の酸性雨モニタリング能力向上のための研修会を毎年数回実施した
【2】 参考 「中国発:2006年春、新しい企業環境管理への挑戦(前・後編)」
http://www.eic.or.jp/library/
pickup/pu060227.html(前編)
http://www.eic.or.jp/library/
pickup/pu060306.html(後編)
5. 2002年秋以降急速に高まった中国の循環経済への取り組み ─初期の段階で大きな影響を与えた日本の迅速な協力
 2002年10月、江沢民国家主席(当時)が中国も循環経済の道を歩むことを明らかにして以来、まずはSEPAが、続いて発展改革委員会、科学技術部、全国人民代表大会等も競って循環経済理論及び理念の研究、クリーナープロダクション等の技術開発、立法化等の検討・試行を開始した。また、中央政府の号令を受けて地方政府や企業等においても一斉に循環経済への取組の模索が始まった。
 このような初期の混迷した時期に日本はセンターに対し、あるいはSEPA、地方政府等に直接、日本の法律制度等を始めとした取り組みの紹介、指導助言、中国国内における研修、訪日研修を迅速かつ積極的に行い、中国の循環型社会づくりの初期の段階で大きな影響を与えた【3】
循環経済の政策法規体系に関するセミナーの実施2005年度には3回にわたり現地国内研修も実施した
循環経済の政策法規体系に関するセミナーの実施2005年度には3回にわたり現地国内研修も実施した
【3】 参考 「中国発:「循環経済」、起死回生の再建策」
http://www.eic.or.jp/library/
pickup/pu050609.html
完成したダイオキシン分析室内の様子

6. 中国を代表するダイオキシン分析測定機関へ ─日本によるダイオキシン分析実験室整備の技術的支援と、職員に対する分析技術研修等
 世界でもっとも注目される有害化学物質ダイオキシン。世界的なダイオキシン問題に対する関心の高まりから、1990年代末頃よりSEPAにおいてセンターにダイオキシン分析実験室を設置することを検討し始めた。その結果、設置に係る費用の財源はSEPAが自前で確保するものの、人材の育成を始めとしたソフト部分について日本が協力することになった。
 JICA技術協力プロジェクト及び国立環境研究所は分析実験室の設計等に関する指導、一部機材の整備支援、訪日研修等による分析技術者の人材育成等を行い、センターが中国を代表するダイオキシン分析実験室になるための基盤を築いた。

7. 高まるセンターの存在感 ─日中環境協力の窓口、拠点、情報交流等のプラットフォームとして
 センタープロジェクト(日本専門家チーム)は、日本向けに中国の最新の重要な環境情報の提供及び助言等を行うとともに、中国向けにも日本の環境情報の提供及び助言等を行い、日中双方から的確な環境情報を得る拠点として大いに利用された。また、プロジェクトではわざわざ訪問できない多くの人の便宜を図るため、ホームページを通じた情報提供を積極的に行ってきた。プロジェクトで得た情報等は日中双方国民の共通的財産であるとの認識の下に、可能な限り公開されている。
 このような行動を通じて、日中環境協力の架け橋となり、結果、センターの日中環境協力の窓口、拠点、情報交流等のプラットフォーム的存在感が高まっていった【4】
貴陽市内では確実に大気汚染濃度が下がってきている

8. 見え始めた大気汚染防止対策の効果 ─環境モデル都市・貴陽市の試み
 1997年に日本の橋本龍太郎総理(当時)が提唱して実施された日中環境開発モデル都市構想の対象3都市(貴陽市、重慶市及び大連市)では、日本の円借款及び技術協力により大気汚染対策を中心とする環境対策が重点的に推進された。対象3都市の一つ貴陽市では市中心部の主要な汚染源への対策が重点的に行われた。その結果、対策の実施等と相まって環境濃度の改善の兆しが見え始めている。この協力の成果は、2006年3月に一冊の写真報告書としてとりまとめられた【5】
【4】 参考 日中友好環境保全センタープロジェクト
http://www.zhb.gov.cn/japan/
【5】 参考 「中国発:環境モデル都市──貴陽市──の挑戦」
http://www.eic.or.jp/library/
pickup/pu050804.html
これからの日中環境協力のあり方
 過去十数年にわたるセンターにおける日中環境協力はODAによる協力を核として展開されてきた。その成果は以上例示したように基礎的な能力建設はもちろん、政策制度作りの分野、モニタリング等の技術分野、人材育成分野等広範多岐にわたり成果を上げてきた。
 一方でこの間中国は持続的に大きな経済成長を遂げてきた。日中間のODAのあり方についても見直すべき時期に入ってきており、日本政府は2008年度を目途に円借款による協力を卒業させる方針を打ち出している。ODAによる技術協力のあり方については同様の方針はまだ決まっていないが、いずれ遠からず議論されることは容易に想像される。
 環境分野においてODAによる技術協力はまだ必要と個人的には考えている。実際に、2006年度以降もセンターにおいてフェーズIIIの延長(フォローアップ)、循環経済に係る訪日研修及び現地国内研修等を継続することが決定されるなど具体的な協力プログラムも引き続き動いている。しかしながら、ODAによる技術協力はいつの日か卒業を迎えることを念頭に置いた次代のあるべき日中環境協力の姿を思い描いておかなければならない。その際、これまで数多くの協力の成果を収めたこのセンターが引き続き核になって実施されることを、私は心から願う。
平均9.6%の高度経済成長を続ける中国経済環境対策投資額は経済成長を上回るスピードで増加している
平均9.6%の高度経済成長を続ける中国経済環境対策投資額は経済成長を上回るスピードで増加している

 最後に、次代の協力のあり方、発展について私は次の3点を提案し、強調しておきたい。
2008年には日中センター建物の一部を占めている環境モニタリング総ステーションが移転する

(1)センターがさらに日中環境協力の窓口、拠点、情報交流等のプラットフォーム的存在感を高めていくこと。
(2)センターがODA以外の環境協力のルートを拡充強化すること。特に日本の民間団体等との交流を深め、持続的なパートナー関係を確立すること。
(3)上記のことを実現強化するため、センターの建物を日中両国の環境協力に関係する団体、さらには国際機関にも積極的に開放し、「環境分野の交流の場所(市場)」として発展させること。
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(備考1)本文は2006年3月7日に北京で開催された日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIII総括セミナーにおける著者の発表内容をもとに執筆したものです。
(備考2)本文中の意見等に係る部分は著者の個人的見解であり、独立行政法人国際協力機構(JICA)の公式見解ではありませんことを念のため申し添えます。

〜著者プロフィール〜
小柳秀明 財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)北京事務所開設準備室長

1977年 環境庁(当時)入庁、以来約20年間にわたり環境行政全般に従事
1997年 JICA専門家(シニアアドバイザー)として日中友好環境保全センターに派遣される。
2000年 中国政府から外国人専門家に贈られる最高の賞である国家友誼奨を授与される。
2001年 日本へ帰国、環境省で地下水・地盤環境室長、環境情報室長等歴任
2003年 JICA専門家(環境モデル都市構想推進個別派遣専門家)として再び中国に派遣される。
2004年 JICA日中友好環境保全センタープロジェクトフェーズIIIチーフアドバイザーに異動。
2006年 3月 JICA専門家任期満了に伴い帰国
    4月から現職
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