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No.133

Issued: 2007.11.22

シリーズ・もっと身近に! 生物多様性(第5回)『生物多様性国家戦略:生物多様性条約の実施の現実』

目次
背景・位置づけ
2010年目標の戦略計画と生物多様性国家戦略
これまでの議論と今後のスケジュール
数字でみる世界の生物多様性国家戦略の概況
日本の生物多様性国家戦略と改訂プロセス
まとめ

 生物多様性条約に加盟している国々(締約国)では、生物多様性の保全に向けた様々な取り組みが行なわれています。本シリーズでも、国際生物多様性の日のイベントなど広報や啓蒙を目的とした国や地方自治体の取り組みについて紹介してきました。そうした締約国の取り組みの中でも柱となるのが、生物多様性国家戦略の策定です。これは、広報・啓発だけでなく、状況把握のためのアセスメントや保全と利用のための事業に関する方針を定め、保全の目標や重点地域を選定するなど、具体的で包括的な内容となっています。「戦略」という言葉には、取り組むべき課題の優先順位といった実践的なニュアンスが込められています。
 日本国内では、つい先日、第三次生物多様性国家戦略の案がまとめられました。各国の取り組みによって、2010年までに生物多様性の損失速度を顕著に減少させるという「2010年目標」を推進する上でも、日本の取り組みは大きな注目を集めています。
 今回は、生物多様性の保全に関わる政策の実施や計画の骨格となる、「生物多様性国家戦略」について取り上げます。

背景・位置づけ

 生物多様性国家戦略は、条約の目的である保全や持続可能な利用を実践していく上でのプロセスであり、また実践を促進するためのツールと位置づけられます。
 生物多様性条約では、条文の第6条において「保全及び持続可能な利用のための一般的な措置」の一環として挙げられています。条約の目的達成に向けて、締約国が生物多様性国家戦略を策定し、実施していくことを意図しています。

第6条 保全及び持続可能な利用のための一般的な措置
 締約国は、「生物の多様性の保全及び持続可能な利用を目的とする国家的な戦略若しくは計画を作成し、又は当該目的のため、既存の戦略若しくは計画を調整し、特にこの条約に規定する措置で当該締約国に関連するものを考慮したものとなるようにすること」を行う。
(環境省生物多様性センターHPより抜粋)
 なお、第2回エッセイで紹介したように、同条約では、環境分野だけではなく、農林業、鉱業、貿易、知財などその他の関連分野や産業に生物多様性の概念を広めていく動きを、生物多様性の「メイン・ストリーミング」と呼んでいます。この「メイン・ストリーミング」も、条約の目的達成のための措置として、同じ条文のなかで挙げられています。

2010年目標の戦略計画と生物多様性国家戦略

 生物多様性国家戦略は、2010年目標を達成していく上でも重要な位置づけがなされています。

2010年目標の枠組

2010年目標の枠組


 図の「戦略計画(VI/26)」とは、「第6回締約国会議(COP6)の決議VI/26として、2010年目標のための条約の戦略計画が採択されたこと」を示しています。この戦略計画では4つのゴールを設定しています。

ゴール1:条約が生物多様性に関する事項でリーダーシップを発揮すること(「リーダーシップ」)
ゴール2:締約国は条約実施のための経済、人的資源、科学・技術の能力改善を行なうこと(「資源」)
ゴール3:生物多様性の保全に関する取り組みが関連セクターへと波及し、国家戦略上に位置付けられることが、条約の目標を遂行していく上で効果的な枠組となること(「国家」)
ゴール4:生物多様性と条約の重要性について理解が深まり、社会のセクターを縦断して、幅広い参画に結びつくこと(「エンゲージメント」)

 4つのゴールによって、地域レベルの活動から国際社会での活動までをカバーします。このうち、ゴール2と3は、国家・国政レベルでの活動が中心となっています。ゴールの下には、活動のリストがあり、生物多様性国家戦略の策定はゴール2の傘下の活動としてあげられています。

これまでの議論と今後のスケジュール

 各国の生物多様性国家戦略策定・改定の状況を巡って、締約国全体での会合と、地域での会合が併行して行なわれています。全体会合は、進捗状況や実施への課題について詳細な検討を行ない、地域での会合は各国の生物多様性国家戦略担当者の訓練能力開発やワークショップに重きが置かれています。

条約実施と生物多様性国家戦略に関する主要な会議のスケジュール

条約実施と生物多様性国家戦略に関する主要な会議のスケジュール


 締約国全体での会合としては、2004年に開催された第7回締約会議(COP7)において、「条約の実施レビューに関するアドホック作業部会」(英語の頭文字をとってWGRIと呼びます)の設置が決議されました(決議VII/30 23項)。2010年の目標の達成に向けて、各国の国家戦略に共通した課題となっている、より効果的な評価、報告、見直しのプロセスを議論することが必要であるとの認識が設置の原動力になっていました。
 第1回WGRI会合は、2005年9月5日から9日にカナダのモントリオール市で開催されました。2010年目標の進捗状況を中心に議論が行なわれ、条約の国際機構がどのように働いているのか、実施状況の評価が行なわれました。戦略計画の各ゴールについても議論が行なわれ、特にゴール2とゴール3での実施が不十分であることが課題として明らかとなりました。また、ゴール2とゴール3は、国際機構よりは、むしろ各締約国の国政のレベルでの実施が中心課題であることも示していました。これを受けて、第2回WGRI会合では、ゴール2とゴール3(「資源」と「国家」)に関する議論を中心とすることを、締約国は第8回締約国会議で作業部会に要請しました(決議VIII/8)。なお、第1回WGRI会合は、2006年3月に開催された第8回締約国会議(COP8)の地ならしとしての役割も果たしています。ここで議論された民間企業の参入は、COP8において独自の決議がなされました(決議VIII/17)。
 第2回WGRI会合は、2007年7月9日から13日にパリのユネスコ本部で開催されました。2010年の目標達成に向け、ゴール2と3についての実施状況について、国政のレベルでの実施状況が中心に議論されました。評価項目も、国家戦略の策定状況、改定状況、技術移転、関連セクターへの生物多様性の広がりなど、より個別で具体的なものとなりました。

第2回条約の実施レビューに関するアドホック作業部会(WGRI)におけるトレーニング・セッション光景

第2回条約の実施レビューに関するアドホック作業部会(WGRI)におけるトレーニング・セッション光景


 今後は地域での部会開催が予定されており、2008年5月の第9回締約国会議(COP9)までに、各国の生物多様性国家戦略担当者の能力開発を中心とした5回の地域部会が予定されています。日本を含む南・東南・東アジア地域会合は、2008年1月にシンガポールでの開催が予定されています。
 南太平洋地域環境計画(SPREP)が、フィジーなど14カ国を含む地域レベルで、生物多様性国家戦略の策定状況や関連セクターへの生物多様性の広がりについてまとめた報告書を2007年11月に発行するなど関連資料も出てきています。

数字でみる世界の生物多様性国家戦略の概況

 第2回WGRI会合の資料「生物多様性国家戦略と活用可能な経済資源の実施に焦点を当てたゴール2・3の実施状況」(略称「ゴール2・3の実施状況」)では、生物多様性国家戦略に関する各国の取り組み状況がまとめられています。

  • 147カ国が生物多様性国家戦略を策定
  • 日本を含む11カ国で、第1期の改定作業が完了(オーストリア、ブータン、フィンランド、インドネシア、日本、モロッコ、オランダ、フィリピン、スエーデン、タイ、英国)
  • 上記以外の11カ国が第1期の改定作業中(豪州、バハマ、中国、キューバ、エストニア、欧州共同体、インド、レバノン、ルーマニア、スペイン、チュニジア)

 ただし、これらの数値は条約事務局に提出された公式データに基づくもので、特に改定中の国などは実際にはもっと多いものと推測されています。
 また、ブラジル、メキシコ、ウガンダなどでは、州などの自治体のレベルにおいて生物多様性の戦略を策定しており、必ずしも「国家」に限定せず、地域レベルでの動きも報告されました。
 各国・地域の戦略の内容として、ブラジルでは2010年目標や植物保全戦略に関連した数値目標の達成に向けて活動しています。カナダでは、評価(Access)−計画(Plan)−行動(Do)−追跡(Track)というサイクルの中で改善を図りながら、生物多様性アウトプット枠組(Biodiversity Outcomes Framework)としてゴールとなる最終成果や責任の所在を明示しています。
 さらに、地理的な広がりに加えて、関連産業やセクターへの広がりも期待されています。メキシコでは、新しく改定を予定している同国の国家戦略が、関連産業に対して生物多様性をメイン・ストリーミングしていくための政策上の重要な取っ掛かりとなるべき文書であるとの指摘がありました。こうしたねらいは、WGRI参加国の多くに共通したものとなっています。

各国のNBSAPの表紙

各国のNBSAPの表紙

 締約国各国の報告からは、改善点や実施上の課題も明らかになってきました。特に、条約のなかの関連事項への結びつきの強化などが指摘されています。

  • 包括的な手法であるエコシステムアプローチへの言及が少ない(専門性、セクターごとに分断されている)
  • 広報・意識の啓蒙関連の活動(CEPA)の戦略との結びつきが弱い
  • 生物多様性の保全が貧困層の食料や燃料の供給に決定的な役割を果たすにも関わらず、貧困救済との関連づけが不十分である
  • 植物保全戦略(Global Strategy for Plant Conservation)との統合を進める必要がある

 今後は、提示された課題をもとに、どのような能力開発が必要とされ、また効果的であるのかが地域会合などで議論され、詳細な検討が継続して行なわれる予定です。

日本の生物多様性国家戦略と改訂プロセス

 日本の生物多様性国家戦略は、1995年10月に、政府の生物多様性保全の取組み指針として「地球環境保全に関する関係閣僚会議」において決定されたのが始まりです。その後、2002年3月に全面的に改定され、自然の保全と再生のための基本計画として「新・生物多様性国家戦略(以下「新・戦略」とする)」が策定されました。新・戦略では、国内で現在生物多様性が直面している問題を「3つの危機」として整理したことが特徴です。この「3つの危機」を解消するための様々な取り組みの方針や具体策が、体系的にとりまとめられました。
 一方、新・戦略の策定後毎年行われてきた国家戦略の実施状況の点検では、国内の生物多様性の荒廃に歯止めがかかっていないことが指摘されてきました。このような状況や、生物多様性を取り巻く国内外の状況の変化を踏まえ、2006年より環境省が中心となって新・戦略の改定作業が進められています。今回の改定では、初の試みとして全国8都市における「地方説明会」を開催し、また中央環境審議会における審議の過程で地方公共団体や民間企業などからヒアリングを実施するなど、様々なステークホルダーを巻き込む試みも行われました。
 生物多様性国家戦略に関する世界概況の統計からも明らかなように、改定作業を完了している国は多くありません。なかでも、2回目の改訂作業を終えようとしている日本は極めて例外的な存在といえ、「フロント・ランナー」と呼ばれることもあります。

 現行の新・戦略では、「現状と課題」から記述が始まっていますが、一般市民にとって生物多様性の概念やその重要がなかなか浸透していないことから、第三次生物多様性国家戦略では、第1章で生物多様性の重要性と理念を、暮らしと関係づけながら記述しています。
 この他、第三次国家戦略の特色として以下のような点が挙げられます。

  • 従来の3つの危機とは別に、「地球温暖化による危機」が、逃れられない深刻な問題として位置づけられている
  • 100年先を見据えたグランドデザインとして、国土の生態系を100年かけて回復するという「100年計画」を提示
  • 地方や企業による取り組みの必要性を強調
  • 「生物多様性を社会に浸透させる」「地域における人と自然の関係を再構築する」「森・里・川・海のつながりを確保する」「地球規模の視点を持って行動する」という「4つの基本計画」を提示

 なお、「国家戦略」は国の行動や政策だけではなく、国、地方公共団体、企業、NGO、国民など各主体の役割についても述べています。条約の実施に関する会合など国際的な議論のなかでも、企業や地方公共団体が生物多様性の動向に大きな影響を及ぼすことが指摘されていますが、日本の国家戦略でも同様の認識を示しています。

 また、ミレニアム生態系評価やGBO2などの成果を受けて、日本国内の生物多様性の状況を評価するための「生物多様性総合評価」の実施が打ち出されています。総合評価の一環として、影響を受けやすく保全が優先される地域(ホットスポット)の選定なども提案されています。
 さらに、2010年に開催される生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)の日本招致を契機として、日本の伝統的な里山の持続可能な利用様式やライフスタイルを「SATOYAMAイニシアティブ」として広く世界に発信していこうという意欲的な記述もあります。

「第三次生物多様性国家戦略」を議論する委員会の光景

「第三次生物多様性国家戦略」を議論する委員会の光景

 第三次生物多様性国家戦略は、今月中(2007年11月)に閣議決定されることが見込まれています。

まとめ

 生物多様性国家戦略は、条約の目的を達成していく上で中心的な存在です。地域における具体的で実践的な目標を設置している生物多様性国家戦略の進捗状況や課題について理解を深めていくことは、「現在の生物多様性の損失速度を 2010 年までに顕著に減少させる」という2010年目標を達成するための具体的な教訓や必要とされる能力開発・技術移転のあり方など新たな可能性を示してくれるプロセスでもあります。日本が2度にわたって生物多様性国家戦略の改定を経験したことは、各国からの注目を集めています。地域会合等において国際社会と共有していくことが期待されています。

#謝辞# 環境省自然環境局生物多様性地球戦略企画室には、写真の提供をはじめ、原稿作成に当たってご協力をいただきました。

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記事:香坂玲

〜著者プロフィール〜

香坂 玲

東京大学農学部卒業。在ハンガリーの中東欧地域環境センター勤務後、英国UEAで修士号、ドイツ・フライブルク大学の環境森林学部で博士号取得。
環境と開発のバランス、景観の住民参加型の意思決定をテーマとして研究。
帰国後、国際日本文化研究センター、東京大学、中央大学研究開発機構の共同研究員、ポスト・ドクターと、2006〜08年の国連環境計画生物多様性条約事務局の勤務を経て、現在、名古屋市立大学大学院経済学研究科の准教授。

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