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No. アメリカ横断ボランティア紀行(第16話) レッドウッドの見どころ
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Issued: 2008.04.24
レッドウッドの見どころ[1]
写真1
 アルカタ空港に双発のプロペラ機が到着した。機体がターミナルビルの目の前に止まり、簡単なタラップから乗客が次々と降りてくる。石原都知事も姿を現した。さっそく自己紹介する。
 「環境省から来ているの? ご苦労さん!」
 思ったより背が高い。姿勢がいいこともあってか、迫力が違う。都知事一行は借り上げ車に吸い込まれる。いよいよ忙しい3日間の幕明けだ。

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 目次
石原都知事到着!
レッドウッド国立州立公園ご視察
プレーリークリーク・レッドウッズ州立公園
石原都知事到着!
写真2:レッドウッドで造られたカーソン・マンション。歴史的な街並みの中でもひときわ目を引く建築物だ

 都知事一行は、グランドキャニオン国立公園視察のあと、レッドウッドの視察に訪れることになっていた。
 グランドキャニオンでの忙しい日程にもかかわらず、知事はそれほど疲れている様子はない。到着は日曜日の夕方だったので、ホテルで少し休憩したあと、食事のため近傍の都市、ユーレカに出かけることになった。

 ユーレカには、レッドウッドの材木で作られた、ビクトリア調の建物の立ち並ぶ一角がある。国の歴史的街区にも指定されている町並みは、レッドウッドの伐採とともに出現した。1850年頃から始まったゴールドラッシュの余波で、ここにも金を求める人々がやってきた。金はそれほど出なかったが、レッドウッドという“黄金”の伐採が開始された。ユーレカは木材の積出港として栄え、町には、製材所、伐採労働者用の宿舎、食堂などが立ち並んだ。旧市街地は、木材伐採で財を成した人々の「高級住宅街」だったわけだが、レッドウッドの原生林が100年ほどで切り尽くされてしまうと、この町の時間もほぼそこで止まってしまった。
 食事中に、知事が環境庁長官だった頃の話を伺った。
 「当時は水俣病の仕事に専念していて、自然公園にはなかなか手が回らなかった」
 今から30年近く前のことで、当然ながら私はまだ役所に入っていなかった。
 「ところで、こんな話を聞いたことがあるかい?」
 知事が意外な話を始めた。
 「世界各地で様々な有識者と話していると、『人類があと70年生存する確率は50%くらいじゃないか』といったような話をよく聞くよ」
 天文学者や経済学者など、それぞれの専門が違っても、結論は似たようなものだそうだ。
 私にとって、この一言は寝耳に水だった。「あと70年で人類が『絶滅』する」──そんなことがあるだろうか。
 確かに、レッドウッドに来てから、「人間はここ数百年の間に相当ひどいことをしてきたものだ」とか「この化石燃料頼みの暮らしはさすがに長続きしないだろう」ということを考えるようになった。現代アメリカ人のライフスタイル──安く買って、大量に捨てる暮らし──を、世界中の人が享受することは到底できない。そもそもアメリカ人ですら、この生活をあと何十年も続けられる訳ではないだろう。ただ「70年」という時間は、レッドウッドの大木の平均的な寿命である1,000年に比べて、いかにも短い。
 「人間の絶滅を回避できるかどうかは、私たちを含めたこれからの世代にかかっている」
 大げさに言えばそういうことかもしれない。石原都知事の何気ない一言は、その後私の中で長く余韻を残すことになった。
私たちの働いていた南部管理センターのあるオリックという集落の風景
写真3:私たちの働いていた南部管理センターのあるオリックという集落の風景。丸太を積んだトラックが行きかう道路沿いに、小さな家が並んでいる
観光客目当てのみやげものや
写真4:観光客目当てのみやげもの屋。チェーンソーでレッドウッドを刻んで作る彫像は豪快だが、あまり売れそうにない

 ところで、レッドウッドを切り尽くした現在、この地域はお世辞にも豊かとはいい難い。伐採により得られた膨大な富は、結局はアメリカの東海岸やサンフランシスコなどの資本家に集まり、庶民には何も残らなかった。国立公園のように、自然を守り次の世代に引き継いでいくことが、結果的に自分たちの生活を守ることにつながるということに、ようやく地域の人々は気がつき始めている。ところが、皮肉にもレッドウッド国立州立公園の管理方針は生態系の保全再生に重点が置かれている。年間利用者数は約40万人。同じ州内のヨセミテ国立公園(訪問者約440万人)とは比べようもない。

レッドウッド国立州立公園ご視察
写真5:道路の海側に広がるラグーン(写真手前)。右手に細く砂嘴(さし)がのびているのが見える

 「鈴木さんは知事車に乗ってくださーい」
 東京都のMさんの声に、慌てて知事の車に乗り込む。一行到着の翌日、いよいよ国立州立公園ご視察の日だ。ホテルから公園のビジターセンターまでは車で約50分。道路の左手に太平洋やラグーンが見える。道路の右手は丘陵地だ。時折レッドウッドの大木が道路沿いに残っているものの、山側の森林はほぼ切りつくされている。運がよければエルクやペリカンなどを目にすることができる。

 最初の訪問先はレッドウッドインフォメーションセンターだ。この施設は公園の南の玄関口にあるビジターセンターで、国立公園局が管理している。国立公園、州立公園の2人の所長がそろって出迎えてくれた。
 「ようこそ、レッドウッド国立州立公園へ」
 さっそくインタープリターによる公園の説明が行われる。
 地元紙の記者も来ていた。私たちも挨拶をする。

 インフォメーションセンターから、南北に細長い国立州立公園を北上し、私たちのボランティアハウスのあるウルフクリークへ向かう。ここには環境教育施設である野外学校(outdoor school)がある。国立公園局は、次の世代を担う子供たちの教育に力を入れている。それも、国立公園が立地している地域の子供たちの教育に特に力を注いでいる。
 国立州立公園には2箇所の野外学校があり、ウルフクリークは、主に公園の南側にある小中学校を対象にしている。もちろん、スケジュールが空いていれば、それ以外の学校の児童も受け入れるが、あくまで地元の学校が優先される。
ウルフクリークにあるアウトドアスクール
写真6:ウルフクリークにあるアウトドアスクール
子供たちが寝泊りするバンガロー
写真7:子供たちが寝泊りするバンガロー

 ここでは、バンガローに泊まりながら、レッドウッドの原生林の中で体験学習が行われる。プロのインタープリターが、体と頭、そして五感をフルに使ったプログラムを用意してくれる。これはとても贅沢なことだ。
 「大人を変えることは難しいですが、子供たちは違います。自分たちが見たもの、感じたことを通じて考え、理解するからです」
 公園の環境教育に関する説明にも力が入る。“国立公園や自然を大切にする気持ちは、子供のころから培われなければならない”という信念が、素直に伝わってくる。
 「国立公園の周辺に住む子供たちは、公園を訪れたり、公園で学んだりする機会が意外と少ないのです」
 地域の子供たちは、将来地域社会を担っていく。一方で、国立公園設立の経緯などから、地元とうまくいっていない公園は多い。事実、このレッドウッドにも、公園設立時の地元との軋轢は根強く残っている。子どもたちに国立公園の大切さを知ってもらうと同時に、自然体験を通じて子どもたち自身が自分なりの“自然観”を育んでいく。そして地域の中核を担う大人になった時に、これまでのしがらみにとらわれない目で公園を見てくれる。国立公園は、子供たちを“未来の公園サポーター”と考えているわけだ。これはとても気の長い話であるが、おそらく効果は絶大だろう。
 
併設さているアンフィシアター(野外劇場)では、夕食後にネイチャーゲームなどが行われる
写真7−2:併設さているアンフィシアター(野外劇場)では、夕食後にネイチャーゲームなどが行われる
野外学校の庭には、巨大な切り株が残されている。
写真7−3:野外学校の庭には、巨大な切り株が残されている。もちろん、国立公園に指定される前に伐採されたものだ
 説明が終わると、野外学校を会場として、両局長主催の昼食会が催された。食事は職員の持ち寄りだ【1】
 
 そして、ネイティブアメリカンであり、国立公園局の職員でもあるデールさんが、伝統的な方法でキングサーモンを料理してくれた。サケも伝統的な方法で獲ったものだ。薪はマドローナとよばれる広葉樹(英語名Pacific Madrone、学名Arbutus menziesii)の薪でじっくりと焼き上げられる。とても温かい雰囲気の昼食会となった。
 
ネイティブアメリカンの血を引くデールさんが、伝統的な方法でキングサーモンを調理してくれた

写真8:ネイティブアメリカンの血を引くデールさんが、伝統的な方法でキングサーモンを調理してくれた。デールさんの子供がそれを見守る

薪には、マドローナという木が使われる
写真9:薪には、マドローナという木が使われる

 デールさんはネイティブアメリカンの伝統と技術の継承者でもある。昼食会にも貴重な工芸作品やコレクションをたくさん持ってきてくれた。
 「私たちは伝統的な技術を絶やさないよう努力しています」
 石原都知事に、それぞれの意味や使われ方を説明する。
 妻も午前中の準備が終わり、合流した。都知事とともに説明を伺う。
 
 その後、新聞記者による石原都知事取材の時間が設けられた。いろいろな話題が出ているらしく、盛り上がっている。
 「あなたたちのお話も聞かせてもらっていいですか?」
 地元紙の記者から、私たちも取材を受けた。国立公園で働く日本人ボランティアが珍しかったようだ。
 自分が日本の公務員であること、アメリカに来て最初にケンタッキー州のマンモスケイブ国立公園でボランティアとして働いたこと、マンモスケイブから南のルートを通ってカリフォルニア州に来たこと、ここから次のワシントンDCに向かうことなどを話した。
 「そうすると、あなたたちはガバナー・イシハラの元部下のようなものだと言えるわけですね」
 正確に言うと妻はそうではないが、ここは日本人らしく(?)「Yes」と答えておいた。とても気さくな記者さんで、レッドウッドに来てからの私たちの体験談を興味深そうに聞いてくれた。
 
デールさんが用意してくれた見事なの工芸品の数々

写真10:デールさんが用意してくれた見事なの工芸品の数々

昼食会後の懇談風景
写真11:昼食会後の懇談風景

 
【1】  
こういった持ち寄りのパーティーは、ポットラック(pot luck)と呼ばれる。
アメリカ横断ボランティア紀行(第7話)「さよならマンモスケイブ」
プレーリークリーク・レッドウッズ州立公園
写真12:クラマス川の河口

 ウルフクリークを過ぎると、今度は州立公園の区域に入る。プレーリークリーク・レッドウッズ州立公園だ。この州立公園の区域を、パークウェイ(Newton B. Drury Scenic Parkway)が貫いている。「パークウェイ」といっても、片側一車線の細い道路で、道の両側には原生林が広がっている。ドライブしながら、すばらしい原生林の風景を堪能することができる。内陸部寄りにバイパス道路が建設されたこともあって、通行車両は少ない。ゆったりと原生林の雰囲気を満喫することができる。
 パークウェイを抜け、そのバイパス道路に乗る。しばらく走ると大きな河川を渡る。クラマス川だ。クラマス川は水量が豊かで、昼食にも出されたキングサーモンが群れを成して遡上してくる。だが、上流のオレゴン州で行われた大規模な農地灌漑事業により、河川の流量が大幅に減少してしまった。また、近年頻繁にサケマス類の大量死(ダイオフ)が発生していた。農地開発事業との関係は調査中ということだが、NGOなどは潅漑のための大量取水が、その直接的な原因と断定している。
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