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No.201

アメリカ横断ボランティア紀行(第32話)
魚類野生生物局でのボランティア開始

Issued: 2011.12.13

魚類野生生物局でのボランティア開始[1]


アパートからの眺め

 私たちが、ワシントンDCに近いバージニア州ボールストンという街に落ち着いたのは11月の半ばだった。ボールストンには、最後の研修先となる内務省魚類野生生物局がある。住居はボランティア向けアパートで、事務所のすぐ近くの高層アパートにある。部屋の窓からはポトマック川とその向こうに広がるワシントンDC郊外の森を見渡すことができる。
 ここでは、国立公園と国立野生生物保護区の違い、野生生物に関する国際協力プログラムなどについて研修する予定だ。

引越し荷物

 ボールストンに到着すると、とある一騒動が私たちを待っていた。レッドウッドのオリック郵便局から送った私たちの荷物は、アーリントンの郵便局長宛に連絡してもらい、私たちが引っ越しを完了するまで留めて置いてもらうはずだった。アーリントン郵便局からは、依頼の内容を確認したFAXもいただいていた。ところが、荷物は郵便局に留め置かれることなく、直接アパートに配達されてしまったのだ。確かに、これまでも「ノープロブレム」と言われて問題が起きなかったことはなかったが、今回もその例にもれなかった。

 私たちの引っ越しの際に毎回問題になったのが荷物の輸送だった。調べた限りでは、アメリカには日本のような引っ越し業者はなかった。だいたい大きなトレーラーを借りて荷物を積み込み、自分で運転して引っ越してしまう。私たちも検討したが、スピードの出ないトレーラーでカリフォルニアからワシントンDCまでを走り切る自信はなかった。
 荷物を送るなら、郵便局でも宅配運送業のD社でもよいが、いずれも配達指定や荷物の保管を扱っていなかった。マンモスケイブからレッドウッドへの移動のときはD社を使ったが、荷物の痛みが激しかったため、今回は郵便局を使うことにした。レッドウッドでいつもお世話になっていた郵便局長が、ワシントンDCの郵便局に直接かけあってくれたのだ。

引越しでへこんだ鍋
引越しでへこんだ鍋。それでも今回はまだ被害は少なかった

引越し荷物が入っていた段ボール箱
引越し荷物が入っていた段ボール箱

 しかし、荷物は郵便局に留め置かれることなく、引っ越し先のアパートに直接配達されていた。当時、まだロシアの国際ボランティアが住んでいたので、荷物が入らない。そこで、ロシア極東プログラム長のスティーブさんが、自宅で保管してくれていた。レッドウッドから送った箱はいずれも、郵便料金の関係から1つあたり40キロ弱にきっちりそろえてある。それを自宅で一時保管し、私たちの入居に合わせて運び入れてくれた。感謝のしようもない。これが、日本人よりも几帳面で親切なスティーブさんとの出会いだった。
 ボランティア用のアパートのあるボールストンは、DC中心部からポトマック川を渡ったところにある。高層アパートの16階で、部屋は1LDKだ。これまでの一戸建てのボランティアハウスに比べるとかなり小さいが、日本のアパートとは比べものにならない。何といっても今回はルームメイトがいなかったから、洗濯やふろ、炊事の時間などを気にしなくてもよかった。リビングも私たちだけで使えた。これは実に便利だった。

ボランティア用のアパート内部
ボランティア用のアパート内部。国立公園にある一戸建てのボランティアハウスに比べれば狭いが、2ヶ月程度の滞在には必要十分な大きさだ

高層アパートの16階にボランティア用のアパートがある
高層アパートの16階にボランティア用のアパートがある

ボランティア開始

勤務先のオフィスにて
勤務先のオフィスにて

 FWSの事務所まではボランティアアパートから徒歩で10分ほど。ボールストンは地下鉄の駅を中心に発達した市街地で、オフィスビル、高級アパート、ショッピングアーケードなどが立ち並ぶ。これまでの国立公園暮らしとは状況は全く異なる。通勤客にまじって、徒歩で事務所を目指す。
 FWSの事務所も大きなビルに入っている。入口で身分証明書を提示して建物に入る。エレベーターに乗っていくところなどは、もう東京勤務と変わらない。少しさびしい感じがする。
 「Welcome on board!」、はじめての出勤をピーターさんが迎えてくれる。日本語だと、「今日から同じ保全仲間ですね」というところだろうか。同じことを国立保全研修センターでも言われた。FWSの合言葉のようなものなのだろうか。国立公園局ではボランティアになると「家族(Family)」という内輪のメンバーになった感じがしたが、FWSはどちらかというと「(保全のために戦う)同士」といった感がある。民間・個人などを問わず、できるだけ多くの仲間を得ようとする姿勢が伝わってくるようだ。
 早速、これから研修を行う席に案内される。所属は「ロシア極東プログラム」。簡単にいえば、ロシア、中国、日本、韓国などとの国際プログラムを担当する部署だ。渡り鳥の関係などで特にロシアとの関係が深いという。もちろん、日本とも協力プロジェクトが行われている。私の席も一応個室だ。これまでの国立公園でのボランティアとは異なり、基本的に室内での事務仕事になる。

 上司のスティーブさんとピーターさんはいずれもロシア語がぺらぺら。スティーブさんは中国語もできる。二人ともとてもマメで親切、外国のことにもいろいろ関心がある。これまで出会ってきたアメリカ人の中でも異色だ。特にスティーブさんは日本人以上に几帳面。いつも忙しそうに働いている。ピーターさんは汗っかきの太ったやさしいお兄さん、スティーブさんは親切で陽気なおじさんという感じだ。
 仕事はピーターさんとスティーブさんのいわば秘書役。ロシアや、米国内の様々な関係機関から電話がかかってくる。応答し、名前を聞き、保留、転送する。
 「少々お待ちください。今、お回しします」の一言がなかなか言えない。
 考えてみれば、これまでのボランティアではまともな英語は必要なかった。山の中に入れば妻と日本語で調査ができた。
 「スズキさん、保留にするときは『保留にします』と言うべきです」
 ピーターさんから鋭く指摘が入る。もちろん、日本でも電話の応対は、イロハの「イ」だ。一年半アメリカにいるのに、未だに電話の対応もろくにできないという現実に愕然とする。しかも、ここでは妻がいないので、一日中英語だ。電話が鳴る度に緊張が走る。
 特に、ロシアからの電話が聞き取れない。「ピーター」が「ピョートル」になる。巻き舌で何を言っているかわからない。

 研修期間を通じて3つの課題が示された。まず、研修終了後、レポートを提出すること。これは国立公園での研修も含めた内容とすることが望ましい。2つ目は日米協力に関する説明ペーパー(ファクトシート)を作成すること。3つ目は、ファクトシートの内容をポスターにして国際課の掲示板に展示することだった。これらの課題は、スティーブさんとピーターさんの業務補助の合間に少しずつ進めるようにした。
 国立公園でのボランティアは、とにかく時間をこなせばよかった。「質」よりも「量」だ。一方、ここではあくまでも質と成果が問われる。業務の補助というよりも、参加者の能力と知識の向上を狙いにしている。ボランティアというよりは、インターンに近い立場だ。

研修のねらい

 研修の合間に、ピーターさんにロシア東アジアプログラムの研修のねらいについてはお話を伺った。やはりねらいは担当する地域の人材育成だそうだ。ボランティア研修プログラムに参加する研修生の多くはロシア人で、私が初めての日本人研修生とのこと。
 「この研修制度は、国立野生生物保護区などで行われているボランティアプログラムを本部組織の研修生に準用したものです」
 無給の研修生として3ヶ月程度の本部勤務を通して、魚類野生生物局の業務について学んでもらう。本部組織でこのようなボランティア制度を運用しているのはこのロシア東アジアプログラムのみだそうだ。
 「研修の目的には語学能力の向上も含まれています」
 語学能力はコミュニケーションの基礎。2国間の業務をより円滑に進めるための長期的な視点での人材育成ということか。英語に対する要求レベルは高い。
 「研修生は基本的には無給ですが、ロシアなど米国と比べ経済的な格差が大きい国からの研修生の場合には、食費及び往復の航空運賃を支給しています。また、すべての研修生に無償の宿舎を提供しています」
 招聘の際はBビザが適用される(当時)。このビザは滞在中所得を得ることはできないが、食費の受給は可能で、かつJビザより発給手続きが容易という利点があるという。
 「ボランティアプログラムは1992年に開始しました。ロシアとのやりとりが多かったので、ロシア側の職員がこちらにいるメリットが大きかったのです。また、私たちもロシア語を勉強することができます。研修生も、英語に慣れるだけでなく、米国側の事情を理解することができるので、結果的に大幅な業務の円滑化が実現しました」
 国際課では定員に対し実員が少ないという課題もあるという。3カ月ごととはいえ、常に1名の研修員が勤務していれば、一人当たりの業務負担は軽減される。経費は、アパート代及び電気代などが22,000ドル、食費が10,000ドル、航空券が8,000ドルと、年間で40,000ドル程度である。
 「経費の面からすると、臨時職員よりも安あがりです。手間は確かにかかりますが、基本的には宿舎となるアパート一室とパソコンと机があればそれでいいのです」
 ビザや書類関係の手続きも簡単だそうだ。そのように制度が構成されている。
 「私たちが一番大切にしていることは、いい人材を選ぶことです。必ず本人とは面識があり、将来にわたって野生生物保護の分野で継続的に活躍してくれる人材を選んでいます。政府職員に限らず、NGO職員や個人の場合もあります。また、同じ人物を招聘することもあります。野生生物の専門家だけではなく、優秀なコーディネーターなども対象になります。中国からの研修生受け入れも検討しているところです」
 米国に3ヶ月間も滞在できる人は、実務的なポストの若手が多い。ただ、長く同じ分野に携わることが多いため、若いうちに招聘し、育成することによる効果はかなりのものだそうだ。
 「この制度をより大きくしたり、広く一般から公募したりするようなことはしない予定です。小規模ながら効果があり、かつ運用の容易な現在の形態を維持していきたいと考えています」
 これも、国立公園のボランティア制度とは異なる点といえるだろう。
 なお、ボランティアのほとんどはロシア人だが、私が研修した期間はクリスマスと重なるため、ロシアからの研修生はこの時期を避ける傾向にある。その「はざかい期」にちょうど私の研修期間がはまりこんだことになる。日本政府からの研修生を定期的に派遣することができるようになれば、この時期を「日本枠」にしてもらうことも可能かもしれない。

参考:ウォード氏作成、国際ボランティアプログラム実施の際の留意事項(抄訳)

【1.国際ボランティア招聘の際の留意点】
 応募者がどのような人か十分に把握できているか。単に申請書類だけで招聘者を決定するのは避けるべきである。他の目的で入国するためにボランティア制度を利用しようとしている恐れもあるので慎重に対応する必要がある。万が一にもふさわしくない応募者を招聘してしまわないよう万全を期すために、応募者に関する推薦状やインタビューの実施を検討するべきである。
 どの程度の英語能力がボランティアポストに必要であるか明らかにする。基本的な能力でいいのか、かなり高度な能力が求められるのか、専門的な知識が必要なのか。もし語学能力が重要な要件であれば、前もって電話インタビューにより適性を判断する必要がある。これは重要なことであり、躊躇する必要はない。
 米国に到着後、どのようにしてボランティアが事務所もしくは宿舎まで到達するか。空港まで迎えに行くことができるか。食料品などを本人が自力で購入できるか。車を持っていなければ、歩いていける距離にスーパーはあるか。週に一度誰かがボランティアをスーパーに連れて行くことができるか。もしくは、ボランティアが使うことができる自転車があるか。
【2.招聘手続き】
 レターヘッドに印刷した署名入りの招聘状を送付する。招聘状には、被招聘者の氏名、肩書き、招聘者の住所、米国内で被招聘者が行う内容、米国での滞在の条件、本人が自らの健康保険に責任を負っているか、交通費(国内交通、国際線)や滞在費を誰が負担するのか、日当の有無、日当がある場合にはその金額(Bビザの場合、給与は受給できない)など、招聘の条件をできる限り詳細に記載する。この作業により、双方がそれぞれの責任について明確に理解することができる。
【3.覚書】
 覚書は、ボランティアと受け入れ側の両者が、ボランティアや研修期間中に何を行うかに合意し、文書化して署名する「契約書」である。
 覚書には、宿舎の電気代、水道代、ガス代、電話料金などを誰が支払うのかなども記載する。不愉快な誤解を避けるためにも、前もってこのような事項についてもボランティアとの間で役割分担を明確にする。出身国によっては、1ヶ月の収入が100ドル程度しかない場合もあるので、負担がごく小さなものであっても、国際的な被招聘者にとっては負担が大きい。昼食や夕食に出かけるときも同じである。
 損害保険や健康保険に関する疑問は、双方ともに前もって解消しておくことが非常に重要である。1ヶ月110ドル程度の旅行者用医療保険をいずれが負担するか、もしくはボランティアが米国内でも有効な医療保険を持っている必要がある。保険は、本人の遺体を本国に送還することが可能な内容でなければならない。
 決して憶測でものを判断してはならない。疑いがある場合には、ボランティアとのフレンドリーで辛抱強い会話を通して、疑念を解消する必要がある。ボランティアの英語能力の問題でうまく理解できない場合には、表現を変えたり、もう一度聞きなおしてみたりしながら、お互いに理解できるまで会話を続ける必要がある。

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