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目次
国際部長インタビュー
米国の自然保護制度
保全への理解を促すために
テイコさんからの招待
ドンさん宅訪問
ドンさんの経歴
【1】生物学者
biologist。生物学をバックグラウンドとする技術系の行政官。魚類野生生物局職員の多くはこのような技術系職員が占める。
【2】ため池
impoundment。カモ類の渡りのシーズンだけ水を貯める貯水池。ダムとは異なり、比較的浅く広く水を貯める。ほとんどの堤防は土でつくられているため人工的には見えないが、水位調整のためのポンプ施設なども備え、相当広範囲な面積を水没させる。

No.203

アメリカ横断ボランティア紀行(第33話)
ドンさんとの出会い

Issued: 2012.01.26

ドンさんとの出会い[1]

ワシントンDC キャピトルヒル
ワシントンDC キャピトルヒル

 魚類野生生物局本局での勤務は刺激的だ。ワシントンDCという米国政治の中心地に近いからだろうか。それとも魚類野生生物局の持つ雰囲気だろうか。自分たちの組織が抱えている課題やそしてそれを解決するための道筋などを、政策立案の中心的な関係者がインターンの私たちにも率直に語りかけてくれる。組織としての懐の深さを感じさせられる。
 ただ、こうした話を自分なりに消化できるようになったのは、これまでの1年半にわたる現場でのボランティア経験があったからこそといえる。

国際部長インタビュー

 魚類野生生物局で所属することになった国際部のトップ、ラファエルさんから話を伺う時間がようやくとれた。鳥の専門家で、ラテンアメリカ地域の鳥類に関する著書もある。
 先日、科学部門の話をうかがったということをお伝えすると、いきなり辛口のコメントが返ってきた。
 「魚類野生生物局には多くの『生物学者【1】』が科学部門に所属しているけど、しっかりとした仕事をしている職員はあまりいないんだ」
 ラファエルさんの言うには、生物学者はそれぞれが対象としている生物しか見ておらず、魚類野生生物局としてどのような政策を打ち出していかなければならないかという視点に立っていないという。
 「例えば、シカの急増によって植物が食い荒らされる問題の場合、シカの数を数えているだけでは解決にはつながらない。今日ではシカなどの草食動物を補食する肉食動物が全米からほとんど姿を消してしまっているわけだから、草食動物が増えるのも当然じゃないか」

 日本でも同じような構図がある。シカが増えすぎて対策が必要になると、決まって「今、シカは何頭いるか?」という質問が寄せられる。現状を把握するのは重要だが、過去の個体数がわからない中では、その数自体にそれほど大きな意味はない。
 「そもそも、保全の問題は科学で解決できるものではないんだ。問題なのは人であり、人のもつ倫理の問題。野生動物の生存を脅かしているのは人だし、世の中の仕組みを決めるのも人だ」
 科学者が科学の分野でいくら努力しても、社会に引き起こす変化は小さいと言いたいのだろうか。
 「あれほど人口の多いインドでも、トラがまだ500頭も生息している。毎年多くの人間がトラに襲われて死んでいるのに、駆逐しようとはならない。背景には、宗教的な思想として動物を尊敬する強い気持ちがあって、人間が生き物を殺すべきではないという考えが定着しているためだ」
 つまり、ラファエルさんの指摘では、社会的な合意があるかどうかが鍵ということだろう。
 「米国では、ハイイログマやオオカミが駆逐されたけど、そもそもは人が襲われるという理由からだった。でも現在では、家畜が被害を受けるとか、狩猟対象のシカが減るといった程度のことでも駆除されることがある。一部の州ではバッファローが駆除されているけど、家畜のウシに病気を媒介するという“うわさ”のためというはなしもある」
 都市であれば少しは野生動物保全に対して理解のある人間もいるが、田舎に行けば動物は撃ち殺す対象でしかない。こうした野生動物に対する考え方の違いは大きいという。
 「われわれ魚類野生生物局が、どのようにして人々に働きかけることができるか、それが課題なんだ。正直なところ、国立公園も野生生物保護区もすべての国民を巻き込むことはできていない。それどころか、予算不足から入園料を徴収するようになり、さらにそれを値上げしようとしている。これでは、一部の裕福な人々しか利用できなくなってしまう。一般の人や貧しい人たちのことをすっかりないがしろにしてしまっている」

保護区内にある渡り鳥のためのため池(impoundment)。ところどころに人工物があるが、コンクリート構造物はなく、言われなければ人工のため池とはわからない。
保護区内にある渡り鳥のためのため池(impoundment)。ところどころに人工物があるが、コンクリート構造物はなく、言われなければ人工のため池とはわからない。

 魚類野生生物局では、特別会計として歳入される予算に入場料の他、狩猟関係の特別会計がある。
 「魚類野生生物局はハンターからの大変に強い“支持”があるんだ。ハンターたちは、狩猟の対象となるカモ類が増えることに対しては喜んでお金を支払う。逆にいうと、局に対する政治力の源泉にもなっている。狩猟税や、猟銃や釣具の購入金額の一部などが特別会計に組み入れられている」
 こうして、かなりの金額が一部の利益団体から野生動物「保全」の分野に支払われている。これは、読み始めた予算書の内容をみていて気がついたことでもあった。
 「保全といっても、ハンターは狩猟対象のカモ類が増えればいいだけなので、予算執行の対策事業もそれに影響される。例えば、東海岸にある野生生物保護区のほとんどに堤防がめぐらされているんだけど、これはカモ類の繁殖を促すことを目的とした『ため池【2】』をつくるため、堤防を作って水位を調整するのに使われるものなんだ。しかもその水位調節が、各野生生物保護区の主な業務になってしまっている」
 つまり、野生生物保護区というよりも、特定の種を繁殖させる養殖場のようなものだ。
 「南米のある国では、米国の支援を受けてマングローブが皆伐され、同じような貯水池が造られている。これは、米国から渡るカモのためのもので、そのためだけに素晴らしいマングローブ林が破壊されたんだ。これは私が着任する以前の話だけど、こんな身勝手な話があるだろうか」
 ハンター業界にとっては、魚類野生生物局を支援するのが目的でお金を支払うのではなく、目的はカモ類なのだ。保全施策がより大きな力を得るためには、より広い人々の理解と支援、つまり議会によって承認される一般会計予算が必要なのだろう。

米国の自然保護制度

 「米国の国立公園や野生生物保護区は、海外からは素晴らしい思想の上に指定されたという印象を持たれているようだが、ワタルはどう思う?」
 率直な問いかけだ。もちろん、これまでの研修で、そうばかりも言えないということは理解できていた。ラファエルさんの言葉はさらに率直だった。
 「私は、実際のところは、ただ単にアメリカンインディアン以外は住んでいなかった土地がたくさんあったというだけではないかと思うんだ」
 「ここは、日本や中国のように、古くから土地を所有する人たちが住んできた場所ではなかった。イエローストーンは有名だけど、あの公園の境界線はただ図面上で四角く区切られただけで、何ら生態学的な根拠はないんだ。一時は、バッファローの餌付けもしていたし、大統領が代わればスノーモービルも自由に走り回ることができる」
 冬になると、バッファローの多くはエサを求めて公園から標高の低いところへと移動していく。
 「モンタナ州に下っていったバッファローはほぼ確実に殺されてしまう。ワイオミング州ならまだ生存の可能性があるかもしれない。公園内で細々と暮らしているバッファローは、スノーモービルで追いまわされて衰弱する」
 少ないエサで厳しい冬を生き延びるためには、極力運動量を低く抑えなければならない。だから、スノーモービルが入り込むと、生存率は確実に低下していく。
 「これが、野生動物を保全するための施策といえるのだろうか」
 国立公園は確かに保全のために保護されているが、同時に、公衆の利用のために開放されている。
 「スノーモービル愛好者は雪山を自由に走りたいが、民有地に入り込むと銃で追われることになる。だから、国立公園に殺到してくる」
 このような悪影響を緩和するためには、保護地域の周辺に緩衝地帯を設ける必要があるという。
 「ところが現状では、個別の管理機関がそれぞれの管理区域の外側にまで保護の網をかぶせることはできない。野生動物は、保護区から一歩でも外に出れば撃ち殺されてしまうんだ」
 これがアメリカの保護制度の最も端的な特徴といえる。区域内は土地を国が所有し、その保護のレベルは著しく高い。ところが、区域を1cmでも出てしまえば、そこでは全く手が出せない。保護区の境界ぎりぎりには狩猟小屋が建っていて、ハンターがそこから出てくる野生動物を待ち構えている。
 「それから、カモ類のために作った池でも、上流から農薬や肥料が流入してくれば、わざわざ集めて殺しているようなものだよね。これでは、保護区の存在意義自体が問われることにもなりかねない」
 原因はわかっていても、農家には農家の権利があり、その中には当然農薬や肥料を使用することが含まれる。
 「アメリカでは人々の権利があまりにも強すぎるんだ。そのような権利に少しでも制限を加える政策を導入しようとするのはとても難しい。そのため、公園や保護区はその区域を越えて発生する問題に対して、ほとんど無力と言わざるを得ない」
 日本では、国が土地を所有していなくても行為規制をかけることができる。これは、もともと人が住んでいた地域を対象としなければならなかった日本の自然保護行政の苦肉の策といえる。一方で、そうした規制には住民の負担も伴うが、それが受け入れられているという点では、日本の方がアメリカよりも国民の理解が進んでいるといえるのかもしれない。

保全への理解を促すために

 「昨年、国際保全課で会議を開催したんだけど、招待する専門家を減らしてみたんだ」
 どういうことだろうか。
 「専門家は会議でお互いの研究成果を評価しあって満足しているけど、それでは世の中に何ら貢献ができるわけではない。専門家をいくら集めても内輪の盛り上がりで終わってしまって、その殻をやぶることができないんだ」
 ラファエルさんは、議論には保全に関心がない、もしくは対立しているような人たちにも参加してもらって、「共通項」を見出す努力を重ねていくことが大切だと力説する。
 「国立公園や野生生物保護区を利用する人たちは、もともと保全に理解がある人たちだと思う。もっと気軽に、例えば人々が野球をしに行くような感覚で訪れる、都市型の保護区(Urban Refuge)が必要だと思わないか?」
 忙しい都会の人たちでも気軽に、そして野生動物の保護が重要であることに気付いてもらえるような場を作っていくべきだという。

テイコさんからの招待

【図1】アメリカ内務省組織図
【図1】アメリカ内務省組織図 ※拡大図はこちら

 ラファエルさんとのインタビューが終わると、長官補のテイコさんに声をかけられた。
 「ミスタースズキ、ドンが会いたいって言ってるのよ」
 ドンさんはテイコさんのご主人で、元内務省の次官補(Assistant Secretary)というものすごい要職にいた方だ。

 現在は、ワシントンDCにある大きなNGOの幹部だ。政権交代に伴い、政治任用職員(political appointee)であったドンさんは野に下っている。どうも、テイコさんから私たちの研修の話を聞いて、興味をもってくれたようだ。
 「スティーブも一緒よ」
 極東ロシア部門トップのスティーブさんだ。テイコさんとスティーブさんは仲がいい。よく2人で話し込んでいる姿をみかける。日本の役所は大部屋だが、アメリカのオフィスの多くは個室かキュービクル(間仕切りで区切られたスペース)が多く、課内の人間がそれぞれ何をしているかわかりにくい。スティーブさんのところにも時々人がやってきて話し込んでいるが、顔をあわせて話をするというのはかなり重要なことなのだろう。普通はスタッフミーティングのようなものはなく、情報の共有はメールが基本だ。
 あまり残業はないが、かといって抱えている仕事が少ないわけではない。一般的に職員数は日本よりもアメリカの方がずっと多いが、FWSの国際課はみな仕事熱心で、それぞれ集中して仕事をしている。
 対照的に、日本では日中は様々な「会議」で時間がつぶれる。あまり関係のない打合せにまで「情報共有」ということで同席させられ、余計な仕事を背負わされることも少なくはない。その結果、事務仕事は夜になる。その上、上司が酒好きだとそのまま飲みに連れ出される。もちろん、それだけ「情報共有」をしていると裏事情を含めてかなりの共通理解が得られるのは間違いない。
 アメリカの職場では驚くほど情報共有が少ない。それだけに、ミーティングが開催されると意味が大きいし、また手応えもある。国際会議などはその典型なのかもしれない。いつも情報の共有に心がけている日本人がギャップを感じるのはこうした理由もあるのかも知れない。仕事の進め方の違いを見るだけでもいろいろと参考になる。

ドンさん宅訪問

ドンさん宅にて。奥からドンさん、テイコさん、そして上司のスティーブさん。心のこもった暖かいもてなしと刺激的な会話に感激した
ドンさん宅にて。奥からドンさん、テイコさん、そして上司のスティーブさん。心のこもった暖かいもてなしと刺激的な会話に感激した

 ドンさんのお宅は静かな住宅街の中にあった。建物自体は平屋でそれほど大きくない。
 「どうぞ、どうぞ!」
 招き入れてくれたのがドンさんご本人だった。ドンさんは50代前半くらいの痩身の男性だ。アメリカでやせいている人は珍しい。
 まずはリビングに案内される。落ち着いたインテリアだ。壁には世界各地の布や絵がかけられ、床には主にアフリカの国々から買ってきたという手工芸品が並ぶ。
 「ランプシェードは気に入った布で作ってもらったものです」
 照明はすべて間接照明で、ゆったりできる雰囲気だ。
 テイコさんとドンさんの手作りというオードブルをいただく。リビングを見回すと、テレビがなかった。アメリカにもテレビのないリビングがあるのか、と感心した。とても落ち着いた雰囲気に心地よさを覚えた。収入といい、社会的な地位といい、典型的な中流階級のお二人だ。
 「私たちは料理を作るのが好きなんです」
 テイコさんと、今日の料理について楽しく紹介してくれる。

 「それで、アメリカの国立公園についてどう思いますか?」
 ドンさんから、いきなりストレートに質問された。別に試しているふうでもなく、本当に興味があって聞いてくれているのはわかったが、これまでのインタビューが相手の話を一方的に聞くだけだったので、少し面食らう。
 「国立公園はとても魅力があります。ただ、相当お金がかかっているのではないでしょうか」
 自分のボランティアとしての経験から当たり障りのないことを答えた。ドンさんは、それでも真剣に話しを聞いてくれる。
 もともとFWSの職員だったドンさんは、同局で首席法務官を務めた。その後FWSを退職し、連邦議会議員の政策スタッフとして活躍していたところを、クリントン政権に見いだされ、内務次官補(Assistant Secretary)に就任する。内務省は、NPSとFWSを含む内務省外局を所管しており、ドンさんはFWSの職員から、いきなり同局を監督する責任者になってしまったことになる。現在は、大手NGOのウィルダネス協会の副会長の職にある。
 「私が内務次官補に就任した当時は、イエローストーン国立公園のスノーモービル規制や捕鯨問題に関する日本との折衝など、多くの難問を抱えていたときでした」

ドンさんの経歴

【図2】アメリカの主な国有地の割合
【図2】アメリカの主な国有地の割合

 「政府職員出身者が、その組織を監督する次官補に就任したことはそれまでありませんでした。通常は、元州知事、元上院議員などで、かつ多額の寄付を行ったような人物が就任するポストでした」
 ドンさんは、それまでの次官補とは異なり、政府職員を守るような立場で仕事をすることにしたという。
 「国立公園の現場で起きる問題の9割は、実は地元の業者がからんでおきる問題なんです」
 業者が国立公園局の許認可を得ることができない場合、政治家に陳情する。政治家は、中央政府機関に圧力をかける。
 「これまでの次官補は、そういった圧力に抵抗することをしませんでした。だから、そのまま各国立公園の所長に圧力がかかります。国立公園局の本局も多忙なうえ、予算を握られている連邦政府議員に対して弱い立場にあります。また正直なところ、魚類野生生物局には闘う気概がありましたが、国立公園局はそうでもないようでした」
 そこで、国立公園局に圧力がかかる前に、ドンさんが介入することにしたという。
 「当初は政治家も面食らったようですが、そのうち、あまり無理なことはクリントン政権では通らないということが理解されてきました」
 また、ドンさんは野生生物局職員としてワシントン条約に長年かかわってきており、米国の代表も2度ほど務めたという。日本とも、象牙や捕鯨の関係でいろいろなやりとりがあったことだろう。
 「象牙の取引をやめない限り、密漁はなくならないというのが私の持論です。結局、日本とは平行線をたどることになりましたが、日本の代表団とは議論を重ねました。もちろん合意は得られませんでしたが、大変面白い議論ができました」
 ワシントン条約といえば、なんといっても捕鯨問題だ。
 「鯨の問題については、日米市民の考え方の違いが根底にあると思います。米国の公衆は鯨を愛してしまっています」
 言い換えれば、アメリカでは「鯨を守りたい」という社会的な合意が形成されているということであり、この認識を覆すことは非常に難しい。
 「同じことは国立公園についてもいえます。『国立公園内では木材を伐採しない、鉱物を採掘しない、石油を掘削しない』ということは、今や不文律として受け止められています」
 このような社会的合意が得られるまでには相当な時間がかかった。国立公園内には今でも多くの地下資源が存在することが知られているが、もはや国立公園内で鉱山開発が行われることはないだろう。
 「ところが、残念ながら国立野生生物保護区はまだその段階には至っていません。それが、北極圏野生生物保護区での石油掘削問題などに象徴されています」  ブッシュ政権になり、アラスカの野生生物保護区における石油開発に関する調査が再開されようとしている。
 「アメリカの社会全体としての自然資源政策に関する社会的合意は、『自然資源のごく一部を次世代のために残しておく』("We have decided to set aside a small portion of resources.")ということです。その証拠に、国立公園にしても国立野生生物保護区にしても、国土面積に対する割合は小さいものでしかありません」
 国立公園も国立野生生物保護区も、全米国土面積の3%を少し超える程度だ。公有地管理局が管理する国有地(10.7%)や国有林(7.9%)など、開発行為が容認されている国有地に比べると、その割合は顕著に低い。それは、日本の国立公園の割合(約5.5%)よりも小さいほどだ。
 このドンさんの一言で、これまでの研修でもやもやしていたことの一つがクリアになった気がした。

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