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目次
ボランティア終了
【1】関係者データベースの作成
 第33話「妻のボランティア参加」参照: http://www.eic.or.jp/library/pickup/pu120126-2.html#B11

No.229

アメリカ横断ボランティア紀行(第37話)
さよならワシントンDC

Issued: 2014.02.13

さよならワシントンDC[1]

ボランティアアパートから見えるワシントンDC方面から昇る朝日
ボランティアアパートから見えるワシントンDC方面から昇る朝日

 いよいよ2年間の研修も残すところ3か月。最後の研修地ワシントンDCを去る日が刻々と近づいてくる。魚類野生生物局での研修を終了し、最終報告書を作成する。その合間にニューヨークやボストンを訪問する。帰国間際に環境省から出張者が来ることになり、思いがけずシェナンドア国立公園などを訪問することになった。

ボランティア終了

 魚類野生生物局(FWS)本局国際課での3か月間の研修はあっという間に終了した。研修期間中に制作した、日米の渡り鳥保護協力に関する展示パネルや、関係者のデータベースを提出【1】した。
 データベースは、これまで未整理のまま膨大なテキストファイルの形で残されていたものを手作業でエクセルファイルに変換する作業。微妙にスペルが違うロシア名、同じ名前だが所属や連絡先の違うもの、中にはロシア語や中国語のままのものも混在し、それらを整理しながら新旧や重複を特定していった。ピーターさんが担当するロシア、中国、日本、そしてそのカウンターパートとなる米国のアラスカやその他の関係者など、膨大なネットワークをデータ化することで仕事の効率化を図っていくのが目的だ。作業をしていると、いかに広範な連携のもと仕事をしているかがわかる【1】
 残された課題は、2年間の研修に関する英文レポートだけになった。こちらは帰国までに執筆して提出すればよいことになった。

作成した日米の渡り鳥保護協力に関するパネルは、国際課の掲示板に掲載された。
作成した日米の渡り鳥保護協力に関するパネルは、国際課の掲示板に掲載された。

国際部長のラファエルさんから、研修の修了証をいただく。
国際部長のラファエルさんから、研修の修了証をいただく。

上司のピーターさんとの研修終了の記念写真。
上司のピーターさんとの研修終了の記念写真。


 ボランティア期間が終了すると、アパートを次のボランティアに引き渡さなければならない。移転先をいろいろ探してはみたが、結局同じアパートの家具付きの部屋を借りることにした。部屋は掃除付きで一か月2,300ドル(約25万円)もしたが、引っ越しが楽なことが決め手となった。書類などを箱詰めもせずカートで運搬した。ようやく生活のリズムもつかめてきた頃だったから、報告書の執筆と帰国準備に専念したかった。すでに米国内でも2回の引っ越しを経験している妻にとっても、無用な引っ越しは避けたいのが本音だっただろう。
 家具や電化製品はボランティアアパートとは比べ物にならないほど立派だった。ライティングデスクも大きい。リビングもダイニングとほぼ独立していて広々としている。そこに遠慮なく資料を広げる。まず、研修の最大の収穫であるインタビューの記録を整理する。国立公園局の政策の変遷が複雑なので、順を追ってまとめておく必要もあった。この作業によって、マンモスケイブやレッドウッドといった研修地が、アメリカの国立公園の発展の過程で重要な位置づけにあることが体系的に理解できた。

ボランティアアパートのリビング。テレビや家具は職員の持ち寄りでそろえられている。
ボランティアアパートのリビング。テレビや家具は職員の持ち寄りでそろえられている。

ボランティアアパートのリビング。テレビや家具は職員の持ち寄りでそろえられている。

引っ越し先のアパートのリビング。部屋も広く家具もきれいだ。この床いっぱいに資料を並べた。

引っ越し先のアパートのリビング。部屋も広く家具もきれいだ。この床いっぱいに資料を並べた。

ベッドルームにもテレビがある。

引っ越し先のアパートのリビング。部屋も広く家具もきれいだ。この床いっぱいに資料を並べた。

ベッドルームにもテレビがある。


 マンモスケイブ国立公園は1941年の設立。国立公園区域は、もともとは人々が入植し暮らしていた場所だ。こうした住民を追い出す形で設立された公園には、その後も地域の人々との間にしこりが残った。同時期に設立されたグレートスモーキーマウンテンズ国立公園でも同様の立ち退きが行われたが、伐採跡地が多かったためが、それとも一大観光拠点であるためか、地域との関係はそれほど悪くない。いずれにしても、日本の国立公園のように、そこに住む人、そこにある慣行を受け入れた形で設立された公園とは大きく異なる。1900年代初頭に起こった米国東部における国立公園運動の典型がそこにある。

国立公園設立前のマンモスケイブ。観光地として人気を博した。民間事業者の過剰な競争により「鍾乳洞戦争」が勃発したことが契機となって、国立公園設立運動が開始された(写真:(C)1997 Finley-Holiday Film Corp.)。

現在のケイブツアーの様子(写真:(C)1997 Finley-Holiday Film Corp.)。

現在のケイブツアーの様子(写真:(C)1997 Finley-Holiday Film Corp.)。

国立公園設立前のマンモスケイブ。観光地として人気を博した。民間事業者の過剰な競争により「鍾乳洞戦争」が勃発したことが契機となって、国立公園設立運動が開始された(写真:(C)1997 Finley-Holiday Film Corp.)。

現在のケイブツアーの様子(写真:(C)1997 Finley-Holiday Film Corp.)。

公園内にあるメイプルスプリング教会。現在は使われていない。公園内にあった教会が現在も保存されている。
公園内にあるメイプルスプリング教会。現在は使われていない。公園内にあった教会が現在も保存されている。

メイプルスプリング教会の墓地。
メイプルスプリング教会の墓地。

公園の森の中には今も民家の暖炉などが残されている。
公園の森の中には今も民家の暖炉などが残されている。

 これに対して、レッドウッド国立公園は1960年代以降に大きな盛り上がりを見せた環境保全運動の流れを汲む国立公園だ。1968年の当初指定区域はかろうじて原生林が含まれていたが、1978年の拡張区域は広大な伐採跡地ばかりだった。また、周辺の伐採跡地から流入する土砂により、もともとの国立公園区域の生態系は壊滅的な打撃を受ける。こうした大きな損失と引き換えに国立公園局が手に入れたものは、国立公園におけるモニタリング機能や科学部門の大幅増強だった。私が所属していた科学・資源管理部門は、そのような強化策の賜物だったのだ。保護区の管理に欠かせないこうしたモニタリング機能は、ただ座して待つだけで手に入ったものではなかった。そんな実感を持つことができたのも、現場での経験があったからだろう。

レッドウッドの切り株と切り株から成長するレッドウッド。レッドウッドは針葉樹には珍しく萌芽により更新でき、かつ成長が早い。
レッドウッドの切り株と切り株から成長するレッドウッド。レッドウッドは針葉樹には珍しく萌芽により更新でき、かつ成長が早い。

二次林調査の様子。伐採後、業者がヘリコプターで散布したダグラスモミが成長し、林内は昼でも薄暗い。樹木を間伐し、元の原生林の状態に近づけることがこの調査の狙いだ。
二次林調査の様子。伐採後、業者がヘリコプターで散布したダグラスモミが成長し、林内は昼でも薄暗い。樹木を間伐し、元の原生林の状態に近づけることがこの調査の狙いだ。

レッドウッド林から流れ出る小河川でのサケマス類繁殖調査の様子。上流での伐採の影響で大量の土砂や丸太が流れだし、河床が大幅に上昇した。また、細かい土砂が堆積してしまい、サケマスの産卵条件が悪化している。
レッドウッド林から流れ出る小河川でのサケマス類繁殖調査の様子。上流での伐採の影響で大量の土砂や丸太が流れだし、河床が大幅に上昇した。また、細かい土砂が堆積してしまい、サケマスの産卵条件が悪化している。

キングサーモンの死骸。この地域の河川は漁業資源も豊かであったが、森林伐採や水質悪化、水量の減少などにより年々漁獲高が減少している。
キングサーモンの死骸。この地域の河川は漁業資源も豊かであったが、森林伐採や水質悪化、水量の減少などにより年々漁獲高が減少している。

小河川の河口付近。大量の土砂と流木が堆積し、河口の形状が大きく変わってしまったという。汽水域がほとんどないため、サケマス類の稚魚の生存率が低下しているといわれている。
小河川の河口付近。大量の土砂と流木が堆積し、河口の形状が大きく変わってしまったという。汽水域がほとんどないため、サケマス類の稚魚の生存率が低下しているといわれている。

 環境省や東京都、その他からも実に様々な問い合わせをいただいた。見直してみると、報告書の項目立てを考える上で大変参考になった。
 最後に、資料の中から参考になりそうなものを選び、和訳した。原典となった資料も直接参照できるよう、資料集は対訳の形にすることにした。用語など正式な和訳がわからないものや、予算書など毎年更新されるものは、もともとの資料がないとどの予算項目を指しているのがわからなくなるのではないかと考えたためだ。また、できるだけ表形式にまとめることにより、報告書を抜粋するだけで説明資料などとして使えるようにした。これは、帰国後さまざまな問い合わせがあった際には重宝した。
 なお、魚類野生生物局については、保護区での現場経験がなかったことから、主に本局で扱っている予算書の概要をまとめることにした。国立公園局と異なり非常にわかりやすい構成になっていたため、概要をまとめただけでも十分報告書の素材になった。

 こうして取りまとめた研修報告の結論は意外と単純な内容となった。
 1つ目は、アメリカの国立公園と国立野生生物保護区、日本の国立公園の三者比較の結果、日本の国立公園はむしろ国立野生生物保護区に近いことがわかった点。また、アメリカの国立公園システムにもいろいろな公園地があり、マイナーな公園や小規模な公園にも実用的なヒントがあることもわかった。
 2点目としては、それぞれの国立公園にモニタリングを担当とする部署があり、公園内の自然環境や文化財の状況を把握し、科学的な情報を収集し分析していることだ。このような機能があることで、公園内で行われる工事などの事業評価が実効あるものとなり、インタープリテーション部門にも正確な情報がもたらされている。また、利用者の少ない平日は、他の部門であぶれるボランティアを吸収することにより、ボランティア制度の運営を充実したものとしている。
 3点目としては、保護区管理におけるボランティアプログラムの重要性だ。単なる働き手としてだけではなく、保護区の理解者、応援団のすそ野を広げたり、若手人材を発掘したりする機能も果たしていた。参加者としても、あこがれの国立公園に安く長期にわたって滞在できる、実際に公園の管理に携わってみる、もしくは職業とは別の自己実現の機会としてとらえているケースなどさまざまな動機があった。大学生にとっては、将来の職業選択のための非常に貴重な機会になっているようだった。
 そして最後に、当たり前のことかもしれないが、保護と利用の両立を目的とする国立公園の維持と拡充には、国民の支持と理解が大前堤である、という点だ。アメリカの国立公園は、利用者へのアピールと満足度などのフィードバック調査を欠かさない。利用規制も実はそれほど行われていない。料金徴収や利用施設の配置の工夫、誘導などをうまく組み合わせることにより、できるだけ満足度が下がらないよう配慮していた。それでも、アメリカでも国立公園離れに歯止めがかからない状況があった。一方、魚類野生生物局では対話による問題解決に前向きだ。まだまだ国民的な支持は弱いものの、内向きになりがちな保護区管理者の視線が常に外を向いていることは印象的だった。
 こうしてようやくとりまとまった報告書だが、果たしてどのくらい役に立っているのかは不明だ。ご参考までそのスキャンファイルを掲載したい。

研修報告書本編(PDF:1.34MB)
資料集1(PDF:7.7MB)
資料集2(PDF:5.47MB)
資料集3(PDF:6.06MB)
インタビュー集目次(PDF:187KB)
インタビュー集(PDF:1.36MB)
コスタリカ域外研修報告書(PDF:2.49MB)

(なお、この報告書の概要版(PDF:1.28MB)は、(財)国立公園協会(現在は解散)により報告書としてとりまとめられている。)

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