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H教授の環境行政時評

環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを、環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

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【1】口蹄疫防疫対策本部の設置
口蹄疫の疑似患畜の確認及び口蹄疫防疫対策本部の設置について(農水省報道発表)
【2】口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針
特定家畜伝染病防疫指針について(平成16年12月1日公表)(PDF:292KB)
口蹄疫に関する特定家畜伝染病防疫指針
【3】口蹄疫対策特別措置法の成立
提出時法案(衆議院)
【4】口蹄疫の脅威増加を警告
FAO が口蹄疫の脅威増加を警告する(FAO日本事務所)
【5】
ある掲示板での議論
【6】
政府では、当初控訴断念の方向で調整してきたが、最終的に高裁控訴を決定した。
【7】石綿新法の施行例改正について
「石綿による健康被害の救済に関する法律施行令の一部を改正する政令」について(お知らせ)

No.089

第89講「EICネット最終講宣言―未知の世界へ」

Issued: 2010.06.10

H教授の環境行政時評(第89講)

口蹄疫対策への疑念

Aさん―センセイ、昔センセイのおられた宮崎が大変なことになっていますね。

H教授―(暗い顔で)口蹄疫のことだろう。
3月末から疑われる事例があったが、4月に入って急速に拡大。20日には農水大臣を本部長とする口蹄疫防疫対策本部が設置された【1】。だが封じ込めに失敗し、県内で爆発的に感染が広がり、5月22日には当初否定していたワクチン接種をついにはじめた。20万頭以上にワクチンを接種するとのことだ。
5月28日現在で232の農場で感染が疑われている牛や豚が見つかっている。それが見つかると、その農場内の全頭を殺して埋めなきゃいけない。殺さなければいけない牛は2万頭、豚が13万頭を越していて、大半は殺したけど、埋葬処分等が終わっていないのも多い。

Aさん―えー、全部で15万頭以上も殺しちゃうんですか。

H教授―いや、ワクチンはウイルスの爆発的な伝播を抑えるために接種しただけで、抗体と感染とを区別することは不可能だから、接種した20万頭も最終的には殺さねばいけないんだ。

Aさん―そ、そんなあ。なんでそんなことが。

H教授―家畜伝染病予防法でそう定められているんだ【2】。口蹄疫の感染が疑われたら、ただちにその農場の全頭を殺処分し、農場の責任で速やかに埋葬しなければならない。
そしてその農場周辺10キロメートル以内では生きた家畜や殺処分した家畜の移動を禁止し、10〜20キロメートル以内では生きた家畜の移動を禁止している。
それだけではなく、5月22日には口蹄疫対策特別措置法を全会一致で成立させた【3】。殺処分に強制力を持たすこと、消毒、埋葬場所などを国の責任で手当てすること、受けた損害は国が補償することなどが決められた。1000億円はかかるそうだ。
FAOも「世界的にみて過去十年間で最大規模の発生」だとして他国に感染させないよう全国規模で感染を封じ込めるように要求している【4】

Aさん―そうか、口蹄疫ってそんな恐ろしい病気なんですね。人間で言えばペストみたいなものですね。

H教授―う〜ん…牛や豚がどんどん死んでいくという悲惨な伝染病だったらよくわかるんだ。どんな可哀想でもやらねばならない。でもそうじゃないらしいから、不思議なんだ。

Aさん―どういうことですか。

H教授―口蹄疫は主として偶蹄目といって牛や豚、羊など蹄が二つに割れている動物がかかるウイルス性の急性伝染病だ。
ウイルスの型によって幾つかのタイプのものがあるそうだけど、発熱、下痢そして口のなかや蹄の付け根などの皮膚の柔らかいところに水泡ができて、ものが食べにくくなり、肉質が落ちたり乳の出が悪くなるんだ。

Aさん―そして衰弱してどんどん死んでいくんじゃないんですか。

H教授―いや、確かに伝染性はきわめて強いようだけど、死亡率はおとなの牛や豚でせいぜい数%だ。仔どもの場合は死亡率が50%近くに達することもあるそうだけど、そう高いとはいえない。

Aさん―でも、いったん罹っちゃうと、死ななくたって深刻な後遺症があるんじゃないですか。

H教授―発症したら水泡のあとにやがて瘡蓋ができて、それがぽろっと落ちたら治癒、元通りになるらしい。発病から治癒まで一週間程度と新聞に書いてあった。

Aさん―えっ? たったの一週間?
あ、ひょっとして人間に伝染しないようにかな。狂犬病は犬だけでなく犬から人間にも伝染し、人間が死ぬこともあるんでしょう?

H教授―人間に伝染することはきわめて稀で、死亡例も知られていない。法律で禁じられてはいるけど、感染した牛や豚の肉を食べても感染しないそうだ。

Aさん―だったら、なんで、殺処分だなんてそんな残酷なことをしなければいけないんですか。

H教授―だからそれがわからないって言っているんだ。全国に広がるからといったって、一週間程度で回復するものなら、なんで殺さなきゃあいけないんだ。
ボクらは牛や豚を食って生きている罪深い存在だ。でも食べるんだったら仕方がないけど、それ以外の理由で大量殺戮するというのはどうにも納得がいかない。誰か教えてくれないかな。ある掲示板でも、そういう議論がなされていた【5】

Aさん―この問題は環境省は関係ないですよね。

H教授―畜産業から排出される家畜の死体は産業廃棄物になっている。今回のことで何か対応をとったかどうかは知らない。

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石綿訴訟で国の敗訴

Aさん―うーん…。 ところでアスベスト工場の元労働者の集団訴訟、国が敗訴しましたね。

H教授―うん、大阪泉南地区は中小の石綿紡織工場の密集地帯だった。そこの労働者や周辺住民とその遺族29人が肺がんやアスベスト肺などに罹ったのは国が規制を怠ったからだと訴えたんだ。
泉南地区は100年ほど前、日本ではじめて石綿紡織工場ができた土地で、それ以来の重要な地場産業だった。

Aさん―29人中、26人に国の不作為責任を認め、4億円強の支払いを命じたんですね。
どういう不作為だというんですか。

H教授―アスベストは1959年にはアスベスト肺の、1972年には肺がんと中皮腫の原因物質であるという知見は概ね集積されていたのに、労働省はその時点で必要な規制を行わなかった。これが不作為だとされた。
なお、一般環境中においてもアスベストによる健康被害が生じうるという知見が1989年以前に集積されていたと認める証拠はないとしている。
いずれにせよ長年の筆舌に尽くしがたい原告の方々の苦しみが、少しでもこの判決で癒されればいいと思う。

Aさん―国の不作為についてセンセイはどう思われます。

H教授―国に不作為があったとされ、直接的には労働省が責められている。
今も言ったようにいい判決だとは思うが、もし仮に労働省の担当官が、あるいは担当部局がその時点で必要な規制を行おうとしても、到底できなかっただろうということだけは言っておきたい。

Aさん―どうしてですか。

H教授―昔から新たな規制の導入は役人の勲章だし、その省やシマの利権にも関係してくる。だから可能なら規制しようとしたはずだ。
それができなかったのは、たとえそうしようとしても産業界や他省庁、政治家やマスコミ──つまり社会の総体──がそれを許さなかったに違いないからさ。そういう時代だったんだ。その意味では犠牲者の方々は時代の犠牲者として手厚く報わねばならないし、二度と同じ過ちを繰り返してはいけない。
ところで、キミ、来年度から化石燃料の使用を半分にするような規制が可能だと思うか。

Aさん―えー、なんですか、いきなり。そんなことできるわけないじゃないですか。

H教授―どうして?

Aさん―どうしてって言われたって…。

H教授―50年後の裁判官はそうしなかったことは国の不作為だと断罪するかも知れない。そのことを充分に知っておいた方がいい。
アスベストは確かに健康被害が知られてはいたけど、その当時は「静かな時限爆弾」だなんて誰にも思われていなかったんだ。
判決では触れられていなかったけど、70年代初頭に大阪府ではこの泉南地区を事実上のターゲットとして一般環境中へのアスベストの排出について条例で規制を導入した。もちろん、現時点でみると、きわめて緩い規制だけど、まったくの四面楚歌のなか、大げさに言えば命がけで導入したことは環境行政の誇りといっていいと思うよ。

Aさん―政府は控訴するんですか。

H教授―まだ決まっていないが、控訴しないことを祈るな【6】。 そしてこの判決の翌日──まあ、偶然の一致だろうが──、それまで肺がんと中皮腫に限定されていた石綿健康被害救済法、通称石綿新法の対象疾病に重症石綿肺とびまん性胸膜肥厚を追加する施行令の改正を閣議決定した【7】

Aさん―アスベストについては、第31講「アスベストのすべて」を参照してくださいね!

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