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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(市毛良枝、関礼子、小飼一至、石井好彦)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.001

Issued: 2012.01.10

美しい景色、豊かな自然は、知らぬ間に人の心を育てている

市毛 良枝さん

市毛 良枝さん
俳優。
静岡県出身。
特定非営利活動法人日本トレッキング協会理事。
環境カウンセラー。
趣味の登山をきっかけに環境関係の執筆、講演など活動の場を広げる。

 環境とは、私たちが概念として持つ‘環境’という言葉で表しきれない程、人の営みのすべてにかかるテーマではないでしょうか。
 ずいぶん前になりますが、エネルギーサロンというラジオ番組のパーソナリティーを10年程つとめていました。エネルギーを広義に捉えて、さまざまなゲストの話を聞く番組であり、今につながるきっかけともなった番組です。ここでの出会いから、環境カウンセラー登録のきっかけをいただいたり、自然に親しむ人たちとの友人関係が広がっていきました。
 私は、日本の里の原風景のような伊豆半島に生まれ、小学生までを過ごしました。その後長く都会に住み、ずっと都会が好きだと思っていましたが、趣味となる登山に出合ってのめり込みました。美しい自然を知っていたから、誰もが自然を侵してはならないと思うようになったと今は思っています。

 古くからの観光地であった伊豆半島には、文学作品となった地や、映画の舞台となった風光明媚な場所はあまたありますが、私の目に焼き付いた景色は私の心にだけ残る宝物です。その景色は、時をとめて今も色あせてはいません。
 川端康成の‘伊豆の踊子’で、踊子一行が歩いた天城峠などは、うっそうと茂る森を渓谷が切り裂く神秘的な雰囲気がまだ残っていました。こどものころ、バスが転げ落ちるのではないかとおびえるほど細い街道から、恐怖とたたかいながら眺めた幻想の世界です。小粋な音色が聞こえる渓谷の温泉街や、鼻をくすぐる温泉の匂い。そして、油のようにとろりと溶けこむ西伊豆の海に沈む夕日や、井上靖の‘しろばんば’に描かれたような、なんの変哲もない木造の民家が点在し、段々畑が山へと連なる中伊豆の里の景色。遊びに伺った小学校の先生のご実家がまさにそんな農家でした。これらがいかに大切なものだったか、なくしたものへの恋慕の思いを募らせています。


 いつの間にか経済至上主義になってしまった日本では、お金を生み出さないものは排除される傾向にあります。そして便利であることが第一義とされるようです。大勢の人間が寄り添いあって生きていくためには、経済がとても大切なことは理解しています。それでも私は、「人はパンのみにて生くるにあらず」と考えます。
 美しい自然や積み重ねてきた文化をなくしてしまったら、人の心はきっと荒れ果ててしまうでしょう。人は、どんなに便利な生活を享受しても、木や花や海や川や原っぱなどの自然がなかったら絶対に暮らせません。美しい景色、豊かな自然は、知らぬ間に人の心を育てているはずです。見聞きしたことや、匂いや、ぬくもりなど、肌で感じたものは、緩やかですけど確実に人の心を豊かにしてくれると私は信じています。近年、自然豊かな地方にすらやたら増えている整備された公園も、本当の自然の代わりを果たすものではないと思います。朽ちないもの、人工的すぎるものは、決して美しくはなく、人の心を癒すだけの力を持ちえません。
 日本が再生を誓う今、ふるさとの景色や、ふるさとの文化をもう一度見つめ直して欲しいと心から願っています。



記事・写真:市毛良枝