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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(青木勝、板垣真理子、山本茜、柳澤寿男)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.035

Issued: 2015.03.10

箔の声を聴く

山本茜(やまもとあかね)さん

山本茜(やまもとあかね)さん
截金ガラス作家
伝統工芸の截金(きりかね)とガラスを融合させた新しい截金ガラスを創成。仏像などの加飾荘厳技法であった截金をガラス空間に浮遊させることで多様な表現を可能とし、文学などから浮かんだイメージや自然の息吹を取り入れた新しい工芸作品を生み出している。主な作品に源氏物語シリーズなどがある。日本工芸会正会員。
2014年、第61回日本伝統工芸展(2014)NHK会長賞受賞。
HP http://akane-glass.com/

 截金(きりかね)ガラス作家の山本茜です。今年寄稿させて頂く事になりました。京都の山間地に工房を構え制作しています。身の回りの自然と制作について書かせて頂こうと思います。
 どうぞ宜しくお願い申し上げます。


源氏物語シリーズ 第十九帖「薄雲」(雪明り)』(中谷宇吉郎雪の科学館所蔵)

 この冬は雪がよく降りました。
 雪の結晶の形は気象の状態によって決まるので、雪の研究者、中谷宇吉郎博士は「雪は天から送られた手紙である」というロマンチックな言葉を残しています。
 博士の生誕地である石川県加賀市に中谷宇吉郎雪の科学館がありますが、私の作品が収蔵されています。『源氏物語シリーズ第十九帖「薄雲」(雪明り)』という作品で、雪をテーマに作りました。ガラスの中に入っている文様が截金です。截金とは金箔を使った伝統的装飾技法で、奈良時代に日本へ伝わり平安時代に最も隆盛しました。主に仏画や仏像を荘厳する為に使われます。細く糸状に切った金箔や三角、四角、また抜き型で抜いた箔などを貼って文様を描いて行く技法です。私はこれをガラスの中に封入し、源氏物語などの古典文学や自然を題材にした作品を作っています。

 私の住む京都山間部もこの冬は何度も積雪しました。一面の銀世界です。私はあるものを探します。動物の足跡です。自然が豊かなので、夜になると年中敷地に動物が遊びに来ます。鹿、イノシシ、イタチ、狸、狐。毎晩のことなので、愛着もわきます。ここは京都とはいえ、とても寒い地域。これらの動物達が無事に冬を生き延びているか、とても気になります。雪に残った足跡を見れば、侵入経路や足跡の形から動物の種類や群れの判別ができます。食べ物の少ない厳しい冬を懸命に生きる動物達。人間は年間通して食料があり、風雨をしのげる家があるだけでも、幸せだと思います。



 私はそんな寒い雪の日に毎年一回、決まってする仕事があります。
「箔焼き」と呼ばれる作業です。
 なぜ雪の日かというと、雪の日はなぜか外が静かですね。雪があらゆる音を吸収するからでしょうか。実は箔焼きは微かな箔の声を聴きながら作業をするので、静かな雪の日は好都合なのです。
 使用する金箔は金沢産の手打ち純金箔。1枚1万分の1ミリという薄さです。ちょっと手についただけでちぎれてしまうような繊細なものです。それでは到底扱えませんので、截金をする時は、箔を焼き合わせて厚みを増して使います。焼き合わせた箔を「合わせ箔」と言います。備長炭を使い、ちょうど海苔を炙るようにして箔を焼き合わせます。


 箔焼きにはウバメガシという木の備長炭を使います。肌がなめらかで目が詰まっていて、バーベキュー用の炭などよりもはるかに高温になり、また長時間保つので金箔を焼くのに調度良いのです。但し、使えるのはまっすぐで傷が無く、箔の幅よりも長い炭だけ。この条件の炭を探すのは大変です。最近は良い炭が入手し辛くなってきました。良質の木も少なく、炭を焼く職人さんも減っているそうです。入手困難なため、近頃はアイロンでプレスして合わせ箔を作る人もいるようですが、プレスすると箔が固くなり、細く切っても滑らかな曲線が描き辛く、輝きも金そのものという感じで、作品がギラギラした印象になってしまいます。


 炭で箔を焼くと表面に縮緬のような細かい皺が寄ります。この皺が重要です。箔にしなやかさをもたせ、優美な曲線も自由に貼れます。またこの皺が光を柔らかに反射するため、作品も奥ゆかしい上品な輝きを生み出します。


 この写真は金箔の上半分だけを焼いた状態です。細かい皺が金箔のギラギラした光沢を抑えてくれるのです。截金特有の雅な光と、美しい曲線文様を描くためには炭で箔を焼く作業が大変重要なのです。


 焼き方はまず箔を2枚重ねて炭で炙ってくっつけ、それを両側から新しい箔でサンドイッチして炙って4枚に、さらにサンドイッチして炙って6枚へ。炭の熱が生む上昇気流で箔が煽られるので、箔にそっと息を吹き付け炭に密着させながらの作業です。厚みを増すにつれ、箔から微かな音が聞こえてきます。6枚になると、振ればサラサラという音が聞こえます。截金歴18年の乏しい経験則ですが、これがシャカシャカと言うようでは焼きすぎのように思います。焼きすぎると固くなり、その後の切って貼る作業がし辛くなります。色も白くなります。本当に白くなるわけではなく毎日箔を見ている人にしか分からない程度のちょっとした違いです。でもその僅かな違いが截金の仕上がりの印象に大きな影響を与えるので、この焼き合わせの作業は基礎的な作業ですが截金の根幹をなす部分で大変神経を使います。箔の声がよく聴こえる静かな雪の日は箔焼きには打ってつけなのです。
 炭が貴重なので、一度おこしたら燃え尽きるまで寸暇を惜しんで延々焼き続けます。この1日で数本の炭を使い、1年分の箔を焼き合わせます。
 箔はちょっとした空気の動きでも影響を受けるので、エアコン禁止。石油ストーブも気流を生むので使えません。空気清浄機の微細な空気の流れもダメ。暖房も付けずに寒くないですか、との質問を受けますが炭の威力は凄いもの。外が氷点下の寒い日でも、このたった一本の炭が部屋全体を暖めてくれるので寒いと思った事はありません。囲炉裏や火鉢で暖をとっていた昔の日本人の暮らしに思いを馳せる、箔焼きの日はそんな贅沢な1日でもあります。
 雪のおかげで今年も良い箔が焼けました。1年分の合わせ箔を手にすると、今年はあれも作ろう、これも作ろうとイメージが膨らみます。私にとってはこの箔焼きの日こそが新年の幕開けなのです。

『源氏物語シリーズ 第二十四帖「胡蝶」』
『源氏物語シリーズ 第二十四帖「胡蝶」』




(記事・写真:山本茜)