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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(青木勝、板垣真理子、山本茜、柳澤寿男)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

【1】玉鬘(たまかずら)
 『源氏物語』に描かれた架空の人物。頭中将と夕顔の娘。
【2】兵部卿宮(ひょうぶきょうのみや)
 『源氏物語』に登場する、本名のわからない架空の皇子の呼称。源氏物語には何人か兵部卿宮と呼ばれる人物が登場するが、ここで引用する兵部卿宮は、玉鬘十帖の第4帖『蛍』(第25帖)に登場することから「蛍兵部卿宮」とも言われる。
【3】御簾(みす)
 竹やよしなどを編んで吊り下げる簾(すだれ)のうち、特に布などによる縁取りをしてあり、大名や公家などが部屋の仕切りに使っていたものを「御簾(みす)」と呼ぶ。「ぎょれん」とも読む。
【4】几帳(きちょう)
 平安時代以降に公家の邸宅に使われた、間仕切りの一種。木製の台にT字型の柱を立て、そこから布を垂らしたもの。簾の内側に立てて二重の仕切りにしたり、可動式の間仕切り・目隠しとしても使われたりした。
【5】紗幕(しゃまく)
 紗(薄く透き通るような絹織物)などの布地で作られた幕。照明の位置によって、幕の内側を見せたり見えないようにしたりと、舞台演出に用いられる。

No.043

Issued: 2015.07.14

蛍に想う

山本茜(やまもとあかね)さん

山本茜(やまもとあかね)さん
截金ガラス作家
伝統工芸の截金(きりかね)とガラスを融合させた新しい截金ガラスを創成。仏像などの加飾荘厳技法であった截金をガラス空間に浮遊させることで多様な表現を可能とし、文学などから浮かんだイメージや自然の息吹を取り入れた新しい工芸作品を生み出している。主な作品に源氏物語シリーズなどがある。日本工芸会正会員。
2014年、第61回日本伝統工芸展(2014)NHK会長賞受賞。
HP http://akane-glass.com/


【写真01】

 写真01は源氏物語第二十五帖「蛍」をイメージして作った作品です。

 かねてより玉鬘の姫君【1】に求婚していた兵部卿宮【2】が初めて御簾【3】の内を許され、姫君と几帳【4】ひとつを隔てて対面するシーンです。几帳の向こうは暗く、玉鬘の姿は見えませんが、当代きっての貴公子である兵部卿宮は落ち着いて胸の内をしみじみと風流に語って伝えます。
 その様子を玉鬘のそばで観察していた養父の光源氏が兵部卿宮の恋心をさらに掻き立てるたくらみをします。
 突然、玉鬘めがけて蛍を放ったのです。
 蛍の光に照らされ、几帳越しに一瞬、ほのかに見えた玉鬘の美しさに、兵部卿宮の恋心は一層募ります。

兵部卿宮「鳴く声も聞えぬ虫の思ひだに
人の消つには消ゆるものかは」

玉鬘「声はせで身をのみ焦がす蛍こそ
言ふよりまさる思ひなるらめ」

 蛍の歌にことよせて切ない恋心を伝えます。

 源氏物語中、最も劇的な演出。紫式部の筆腕が冴える場面です。
 ちなみに、この作品を黒バックで撮影するとこうなります。中の截金がくっきりと浮かび上がります。闇の中で蛍がパッと光った場面に相応しく見えるでしょうか(写真02)。
 物語の中では几帳越しの対面なのですが、截金の細い線では御簾のほうが美しく表現できると思ったので、作品は几帳を御簾に変更しました(写真03)。



【写真02】


【写真03】

 

 截金は細く切った金箔を貼っていく技法です。金箔は薄く、手では扱えないので、両手で持った筆で扱います(写真04)。
 常に金箔の下に接着剤を含ませた筆先を添わせ、誘導するようにして貼っていきます(写真05)。
 ガラスの上には下書きは一切できません。電気炉でガラスを溶着するときに、熱によって下書きの線が発砲してしまうからです。金箔は繊細でなよやかなので、フリーハンドで直線を引くのには神経を使います。直線を貼る難しさを痛感した作品でした(写真06)。


【写真04】


【写真05】



【写真06】


 現在でも演劇などで舞台前面に紗幕【5】を垂らし、舞台上にあらかじめ配しておいた登場人物に突然照明を当てて、紗幕の向こう側に浮かび上がらせるという演出がありますが、それと同じことを平安時代に、しかも蛍を使って考えた人がいたとは驚きです。
 蛍は驚くと強く光る習性があります。光源氏の袖から放たれた蛍は、びっくりしてフラッシュのようにバッと強く輝き、兵部卿宮から玉鬘の姿が一瞬、几帳越しにほのかに見えたことでしょう。恋心を募らせた兵部卿宮から見ると、理性を失わせるほどの衝撃だったに違いありません。

 でも、「はて、蛍の光って、そんなに明るいのかしら?」ちょっと疑問に思って、実験してみました。蛍単体だと写真に撮りにくいので、和紙で作った箱に蛍を4匹入れてみました。大きなゲンジボタルのぼんぼりです。
 箱に入れた後、箱をつついて蛍を驚かしてみます。すると一斉に明るく輝き、驚きました。たくさん集めたらかなり明るいのではないでしょうか。これなら玉鬘の姿も見えたことでしょう。


 平安朝の貴族達は、音もなく闇に光る蛍に、口にも出さず、静かに身を焦がす自分の恋心を重ね、蛍を題材にした恋の歌をたくさん残しました。
 そして、蛍は実際に恋のコミュニケーションをとるために発光していると言われています。成虫になった蛍は水しか口にできず、一週間ほどの短い寿命です。蛍の恋路を邪魔してはかわいそうです。撮影を早々に切り上げて、再び外へ逃がしました。

 我が家の横に小川が流れていますので、制作中、部屋の窓から蛍が飛び交う様子が見えます。まるで天の川のようです。蛍は美しい自然のバロメーター。毎年ドキドキしながらこの季節を迎えます。去年は大洪水にみまわれ、今年の春は雨が少なくて心配しましたが、去年と変わらず、たくさん元気に飛び回る蛍を見てホッと胸をなでおろしました。

 蛍を見て、儚い命をあわれに思い、生かされている喜びを噛みしめる。
 懸命に淡い黄緑色の光を放って求愛する様子に、しみじみと古今の恋の歌が思い出される。
 心を揺さぶられるような感動、それが私の制作の原動力となります。
 蛍が住める環境を大切に守っていきたいと、毎年心に強く思います。

記事:山本茜、写真:1〜6は© T.MINAMOTO、その他は筆者撮影