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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイコーナーです。
4人のエッセイスト(夏原和美、八巻和彦、岡内完治、堤江実)が1年間、毎月交替して登場します。

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環境さんぽ道

様々な分野でご活躍されている方々の環境にまつわるエッセイをご紹介するコーナーです。

No.082

Issued: 2018.10.10

「日本」という国の現在

八巻和彦(やまきかずひこ)さん

八巻和彦(やまきかずひこ)さん
 早稲田大学名誉教授・桐朋学園大学特任教授。西洋哲学と文明論を専攻。主たる研究対象は15世紀の思想家ニコラウス・クザーヌス(Nicolaus Cusanus)。昨年刊行した著書、編著書として、『クザーヌス 生きている中世』(ぷねうま舎刊)、『「ポスト真実」にどう向き合うか』(成文堂刊)、“Anregung und Übung”(Aschendorff Verlag刊)がある。

 この猛暑の夏、「2年後の2020年には東京オリンピック・パラリンピック!」というマスコミのかけ声、「アジア45億人の頂点に立つ!」というアジア大会の中継の叫び声で、われわれは浮き足立たされていた。そうでなくとも、ここ十年ほど「日本はスゴーイ!」と白人外国人に言ってもらう自己満足番組に毒されているわれわれだ。しかし、足元を冷静に見ると、マイナスの意味でかなり「日本はスゴーイ!」ことになっているのである。
 周りを海に囲まれた日本に住むわれわれにとって、夏は海水浴のシーズンである。その海辺がプラスチックをはじめとする様々なごみで汚されているのを見て、心を痛めた人も多いだろう。昨今の世界で問題にされているプラスチックごみの海洋汚染とは、目に見えるレベルのごみによる汚染だけでなく、目に見えないほどに微小なマイクロ・プラスチックによる汚染である。それは生態系を破壊し、魚介類を汚染し、そしてそれを食べる人間にも悪影響を与えるということが、近年の研究から明らかになっている。
 こういう認識が地球規模で共有されつつある中、この夏の始めの6月8・9日に、カナダで開催された「G7サミット」で「海洋プラスチック憲章」というものが採択された。しかし日本は、トランプ大統領のアメリカと足並みをそろえて、この憲章に署名をしなかった。この事実は、環境問題で先頭を走ってきた過去の日本を知る外国を驚かせた。実際、筆者も1980年代にドイツに住んでいた時、日本のリサイクルシステムが高く評価されていたこと、太陽光発電システムでも日本の企業が最先端を行っていると賞賛されていたことを覚えている。2004年のノーベル平和賞受賞者のマータイさんに「モッタイナイ」の文化を高く評価してもらい、これが国際語になりかかったことは、今、どこにいってしまったのだろうか。
 政府は、カナダでのサミットの後に、「国内調整が間に合わなかっただけで、6月中旬には国会で海岸漂着物処理推進法改正が成立させているので日本は後ろ向きではない」と釈明しているが、先進国のトップが集まったG7での行動は、国際的に大きな負のインパクトを与えた。これを消去するのには大変な努力が必要だろう。
 さらに、最近見たTV番組によると、インドではプラスチック使用禁止令が実施された州があり、そこではプラスチックに替わる素材の開発が、ベンチャー企業同士の競争として盛んだという。日本にもそういう動きがあると、その番組では報じていたが、政府が音頭をとってその方向に進んでいるという話は聞こえてこない。インドには失礼だが、「エーッ、あのインドで?」というのが、これを知ったときの筆者の感想だった。つまり、われわれ日本人は、最近、とても内向きになっているということなのだろう。
 「でも、国の根幹は経済力だから」と言う人もいるかも知れない。では、GDP(国内総生産)の現状を記してみよう。GDPが中国に追い抜かれて世界第3位になったこと知っている人は多いが、それを国民一人当たりに換算した場合の順位がどうなっているのかを知っている人は、あまり多くないだろう。最近の日本のメディアは、日本にとって都合の悪いことは、政権に忖度して、控えめにしか報じないか、まったく報じないからである。購買力平価ベースでの一人当たりの順位は、1991年の世界7位を最高に、下り続けた後、2000年以降は23位から25位の間に定着していたが、2017年には30位にまで下がっているのである。
 その中で、国家予算を組む際の国債依存度は、2018年度で34.5%であり、先進国のなかではダントツのトップだ。依存度が高いとされるフランスでも23.5%、アメリカが10.8%、ドイツはわずか2%である。つまり日本は、借金で国を回していて、金利が上昇すると首が回らなくなる可能性が大きいということである。現政権は、財政の健全化にはほとんど関心がなく、国内外での人気取り財政をやっているだけのようだ。
 また、政府が標榜している「科学技術立国」の<今>についても記してみよう。「先日、本庶佑氏がノーベル医学生理学賞を受賞したのに何か不満でも?」という人がいるかも知れない。実は、あと数十年たつと日本の研究者でノーベル賞をもらう人はほとんど出なくなると言われているのだ。科学技術論文の数の国際比較では、(かつて2位だったこともあるが)2016年度には6位に後退した。4位のドイツと総人口で比較すると、ドイツは日本の1.7倍の論文生産率である。さらに、過去10年の比較で論文の絶対数が減少したのは、上位13か国中で日本だけである。日本の凋落ぶりが鮮明だ。
 これと関わっていそうな数字がある。それは日本の国家予算のなかの「文教および科学振興費」(以下、文教費)の停滞である。過去10年以上、5兆円超でほぼ横ばいの中を、この2年は逓減しているのである。実験などの大型化、精密化によって必要経費は増える一方のなかで、予算が横ばいということは、実質的には減少である。これは、子供たちの教育についてもあてはまる。教育への公的支出総額を各国の対GDP比で比較すると、日本はOECD加盟国中の最下位であり、これは研究と関係が深い高等教育でも同じだ。
 他方で着実に増加しているのが防衛費だ。世界での順位は8位だが、7年前から毎年ほぼ1000億円ずつ増加して、2018年度には5兆2千億円弱となり、ついに文教費とほぼ肩を並べた。現政権の姿勢から、近いうちに文教費を追い抜くだろう。周辺諸国との流動的関係が存在する限り、一国の防衛費(軍事費)の適切な規模を客観的に検証することは不可能だから、政権の判断に依存する要素が大きい。現に米国は過去10年で軍事費を14%削減したが、日本は4.4%増やしている。
 少子化が加速するなかで、日本の未来がかかる教育・研究分野をおろそかにしていて、国の本当の防衛が成立するのだろうか。
 心配なことは、予算だけではない。国や社会の機能の劣化と道義心の喪失も目立つ。日本が誇っているはずの生産現場で、大手メーカーの偽装が相次いで明るみに出続けている。さらには、政治家や官僚たちの明々白々な嘘やごまかしも目立つ。最近、150名ほどの与党政治家が一堂に会する場に居合わせて驚かされたことがある。それは、彼らの品性の無さである。顔つきも話し方も、とても国家を率いる「選良」にふさわしいものとは見えなかった。
 今年は明治維新から150年目の年だからと言って、「明治のものはすべてよかった、昔に戻すべきだ」という意見も目立つ。しかし、われわれは落ち着いて考えねばならない。明治のシステムは、維新から73年経った年の昭和16年に亡国につながる戦争を始めて、そのあげくの敗戦で明治以来の国を滅ぼした。しかしその後、われわれの父母たちが焼野原の中から新生日本を造り、この73年間の平和な日々をわれわれに恵んでくれたのだ。
 今、われわれは、敗戦後に日本を再建した先人たちのような真摯な気持ちでこの劣化しつつある社会を改善しようとするのか、それとも口先だけの美辞麗句に頼って見せかけのプライドで生きようとするのか、どちらを選ぶのかと問われていると思う。答えは明らかだろう。