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No.103

Issued: 2006.08.10

カナダ・モントリオール市の環境学習施設 その(1)バイオ・ドーム

目次
国際生物多様性デーとモントリオール市の取り組み
モントリオール市のミュージアムズ・デー
バイオドームとは?
南北アメリカ大陸を縦断する!

【写真00】バイオドーム外観:後ろにそびえ立つのがオリンピックスタジアムの塔。

 生物多様性条約事務局のあるモントリオール市内には、環境学習施設がいくつもあります。教育活動や普及啓発活動を通じて一般の人々や子どもにも親しんでもらうことの重要性が強調されています。
 今回は、市内の環境学習センター「バイオドーム(Biodome)」を訪ねました。

国際生物多様性デーとモントリオール市の取り組み

 日本での知名度はまだまだ今一つですが、5月22日は、国連環境計画(UNEP)の定める「国際生物多様性デー」でした。日本を含め、現在188カ国が締結している生物多様性条約の事務局は、カナダのモントリオール市にあります。国際生物多様性デーには、モントリオール市の市長、市内の四大学【1】の研究者、オタワからの政府関係者、オゾン層をテーマとするモントリオール議定書の関係者などが事務局に集いました。生物多様性の保全を進めるには、専門家の議論をより広く一般の人々や子どもたちに親しんでもらうための教育や普及啓発活動が重要であると強調されています。


モントリオール市のミュージアムズ・デー

【写真01】特設のバス停に飾られた風船:パンフレットで5色に分けられたバスルートと停留所の風船の色が対応しています。目的のルートの色の風船に向かっていくと、バスに乗るときから期待が膨らみます。

 国際生物多様性デーがある週の週末は、モントリオール・ミュージアムズ・デーとしても制定されています。今年は特に、20年の節目の年。市内35ヶ所の美術館・博物館・科学館など(以下ミュージアム)を無料バスが回り、入館料も無料になるという、市民にとっては嬉しい一日です。各ミュージアム間にはモントリオール市の公共交通機関を担うSTM社の協力のもと、無料循環バスが5ルートに分かれて頻繁に市内を巡ります【写真01】。ミュージアムの一覧とバスのルートマップが掲載されているパンフレットを片手に、大勢の市民や観光客が一日中ミュージアム巡りを楽しむことができます。数多く回ることを目標とする人もいれば、テーマを決めて回る人もいます。
 元になったのは、UNESCOのインターナショナル・ミュージアムズ・デー。毎年、テーマを掲げて博物館等の普及を図っていますが、奇しくも2006年のテーマは、"Museums and young people"でした。国際生物多様性デーでの議論とも符合します。


バイオドームとは?

 バイオドームは、1976年のモントリオールオリンピックの際に建てられたスタジアムなどの一帯にあり、現在「オリンピック公園」の名前で市民の憩いの場となっています。広大な公園の中に「バイオドーム」「植物園」「昆虫館」が散在しており、「バイオドーム」はオリンピックスタジアムに隣接しています【写真00】。

 実際に訪れたバイオドームは、体験型のミュージアムということもあり、子どもの姿が非常に多く見られました。またバスの中や入場待ちの列など、あらゆるところで3〜4人の子ども連れの家族を見かけます。
 日々の生活の中でも、子どもを連れて家族で出かけることが、日本に較べて多いように感じます。モントリオールでは、2005年の14歳以下の人口比率が約17%という統計があります【2】東京都では2006年に14歳以下の年少人口が占める割合は11.86%と報告されています。子どもの比率が高いモントリオール市で、「子どもが行きたくなるような、楽しめる環境ミュージアム」を無料で利用できるこのようなイベントが毎年行なわれることは、親にとっても嬉しいもの。子どもが希望するこれらの施設に連れ立って行くこと自体が、持続可能な環境教育に一役買っているようです。


南北アメリカ大陸を縦断する!

 バイオドームの特色は、体験型であること、そして地域性と多様性を両立させている点にあります。「世界」の生態系や生物多様性を展示するのではなく、対象はあくまで、カナダを含めたアメリカ大陸です。南北アメリカ大陸の中でもっとも美しいといわれている生態系から5ヶ所を再現しています。
 入口から順番に、「熱帯雨林(Tropical Forest)」→「ローレンシャンの森(Laurentian Forest)」→「セントローレンス河口の生態系(St.Lawrence Marine Ecosystem)」→「北極(Arctic)」→「南極(Antarctic)」となっています【図01】。訪れた家族は、各生態系のドームの小道を歩き回り、道の随所に設置されたパネルを読んだり触ったりしながら、理解を深めていきます。

【図01】順路は、「熱帯雨林(Tropical Forest)」→「ローレンシャンの森(Laurentian Forest)」→「セントローレンス河口付近(St.Lawrence Marine Ecosystem)」→「北極(Arctic)」→「南極(Antarctic)」。出典:バイオドームホームページより(MONTRÉAL BIODÔME WEBSITE)


 バイオドームには、「オーディオガイド」として、「生態系を通じての環境ツアー」など3種類のツアーから選択できる音声案内機材(ヘッドホン)のレンタルもあります。また、入場口で放映されるガイダンスビデオでは、聴覚障害者への配慮として字幕と手話が同時に放映されています。

 さて、最初の生態系「熱帯雨林」では、二重の自動ドアを抜けると、うっそうとしたジャングルの中を色鮮やかなオウムが舞っています。そこには南アメリカの熱帯雨林の気候が再現されています。訪問者は、パネルを参考にしながら生き物を探していきます。別のパネルには、各生態系の中に存在する生物の重さ「バイオマス量」の比較が図示されていて、1m2当たりのバイオマス量が熱帯雨林では65kg、ローレンシャンの森林で20kg、ツンドラ気候地帯では0.6kgなどと、“生物の多様性”という実感しづらい概念を、重さという身近な単位に置き換えて、理解しやすくする工夫が凝らされています【写真03】。
 「熱帯雨林」ドームには洞窟も再現されています。洞窟に棲むコウモリが超音波を発しながらどのように獲物の存在を知覚しているのか、実物を前にしながらパネルで説明が展示されています【写真04】。

【写真03】さまざまな生態系の中に存在するバイオマス量の比較。

【写真04】コウモリの超音波の説明。

【写真04】コウモリの超音波の説明。


 「熱帯雨林」を出ると、「ローレンシャンの森」が現れます【写真05】。ローレンシャン地方はモントリオール北部のケベック州に位置する高原地帯で、カナダの中でもっとも美しいといわれている地方の一つ。リゾートホテルなども立ち並び、秋になると日本人観光客も多数訪れるほどの紅葉の名所としても知られています。四季がある温暖な気候で、日本同様に針葉樹と広葉樹が混在しています。
 「より自然な生態系の再現を」と、現実の四季や昼夜に合わせて気温、湿度、明るさなどを調整することで、秋には葉の色が変わって落葉し、春には植物が芽を出します。季節が変わるたびに訪れると、気温や植物の変化を感じることもできます。倒木や枯木も撤去せずに、そのまま残します。木は立っている間だけではなく、倒れたり、枯れたりした後も生態系の中で役割を担っていることをパネルでわかりやすく説明しています【写真06】。自然に生える実生を成木へと育てていく天然更新などと並んで、倒木や枯木を林地に残すことも生物多様性の確保に貢献する一つの方法といわれています。ただ、倒木や枯れ木は害虫を発生させることから林業に及ぼす影響が懸念されたり、景観上の問題を指摘する学派もあって、実施上の賛否が分かれるところです。
 森林管理の議論では、なるべく自然に近い形で管理していく方針が注目を集めています。バイオドームでは倒木と枯木も「森林の一生」の一部として、広くは生態系の一部として展示しているのです。

【写真05】ローレンシャンの森(Laurentian Forest)の様子。

【写真06】森林の一生を表示:倒木・枯木も展示会場に残されたまま。


 他にも、先住民がどのように樹木や動植物を利用してきたのか、船や舵など具体的な木材製品を展示しています。自生のアメリカ人参は何十年にもわたってアジアへ輸出され続けたため、70%以上が消えてしまったと解説するパネルも設置されていました。遺伝資源を守ることの重要性を訴えています【写真07】。先住民の文化と、それによる生物多様性の保護は、生物多様性条約でも重視されています。それを具体的で身近な題材を使って説明をしています。
 動物は夜行性の生物が多いこともあって、なかなかその姿を見ることはできません。パネル展示では、動物の毛の仕組みを実際に毛皮に触りながら体感できます。子どもたちが次々に触って、説明を覗き込んでいました【写真08】。

【写真07】漢方薬の原料としてアジアへ大量に輸出され続けたため自生のアメリカ人参が消えつつあることを説明するパネル。

【写真08】男の子の手元にある銀色の枠内には動物の毛があり、実際に触ることができる。


 3番目の生態系は「セントローレンス河口の生態系」。五大湖の一つとして有名なオンタリオ湖から北上し、大西洋へと注ぎ込むセントローレンス河。モントリオール市は、その中洲に位置しています【写真09】。
 鯨たちの餌にもなるプランクトンが豊富で、タラ、ストライプトバス(モロネ)、カレイ、サケなど20種類以上の魚類が生息しています。600もの魚が回遊している姿はまさに「水族館」ですが、「海上」に棲息する鳥や植物も、ここでは同時にみることができます。また、「海に棲む微生物や魚たちがどのような生活をしているか」をイラストでわかりやすく紹介するパネルも展示されています【写真10】。
 子どもたちの興味を惹く工夫を凝らし、その横で親が説明を読んで聞かせる光景も見られました。

【写真09】セントローレンス河周辺地図。地図中の黄色の部分が該当箇所。(出典:msn Encarta World Atlas)

【写真10】プランクトンの昼と夜の生活をイラストで説明。


 順路の最後は、「北極」と「南極」。「Monde Polaire (Polar World=極地の世界)」と書かれた看板の向こうには、白銀の世界が広がっています。「北極」ではウミスズメやニシツノメドリ、「南極」では4種類50羽近くのペンギンが迎えてくれます。この2ヶ所は他の生態系と異なり、ガラス越しの見学です。さすがに極地の気候の中では見られないですよね。

【写真11】出口に置かれている“Recycling box”。内部が見える透明な素材を使用することで、視覚に訴える。

 「南極」から帰ってきた出口には“Recycling box”と書かれた巨大な透明の箱が置いてあります。パンフレット類が不要な人はこの箱へ入れて帰るようになっています【写真11】。けっして、「ゴミ箱」ではありません。日本でもコンサートに行くと、パンフレット類を捨てるためのダンボール箱が置いてあることがありますが、ちょっと形を変えるだけで箱を見た人やパンフレットを入れていく人への「呼びかけ」になるわけです。

 全体として、バイオドームでは熱帯雨林というエキゾチックな生態系で訪問者の興味を惹き、それを持続させながら身近な温帯の森林についても理解を深められるような順路が工夫されているようでした。実際に生物を放し飼いにして観察するようにしてあること、バイオマスなどの重さの単位で生物多様性を実感できるように図示してあること、立っている樹木だけではなく倒木・枯木も含めた形で生態系を理解することなどが印象的でした。
 次回は、「バイオスフィア(Biosphere)」レポートをお送りします。


【1】市内4大学
マギル大学、コンコルディア大学、モントリオール大学、ケベック大学モントリオール校
【2】14歳以下人口比率について
モントリオール市(2005年)の出典は、"Statistique Canada, Division de la demographie, Estimations de la population"
一方、東京都の年少人口比率は、「住民基本台帳による東京都の世帯と人口」による。
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(記事・写真:来野とま子、香坂玲)

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