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No.158

Issued: 2009.02.20

最近の2つの国際的な化学物質の取組と市民参加

目次
化学物質問題を考えるヒント
地球上から最優先で廃絶させなければならない化学物質:残留性有機汚染物質(POPs)
地球をまるごとデトックスする処方箋
おわりに

第1回ストックホルム条約締約国会議の主会議場における全体会議(2005年5月2〜6日 ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

 1992年の地球サミットを契機に、化学物質問題をめぐる諸状況が大きく変化しつつあります。中でも注目すべき点は、被害が発生してから対策をとる従来型の化学物質管理から、予防原則を基盤に据えた新しい化学物質管理への動きや、有害性情報等の表示・公開や意思決定への市民参加などがあります。2006年には、化学物質による人の健康や生態系への悪影響を2020年までになくすという画期的かつ野心的な国際的取り組みがスタートしました。
 そのような動きの中で、2009年には、残留性有機汚染物質を規制する第4回ストックホルム条約締約国会議と、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」(SAICM)の進捗等を検討する第2回国際化学物質管理会議という2つの大きなイベントが予定されています。いずれの会議も私たちの安全な暮らしや生物多様性に、直接的・間接的に影響を及ぼす重要な会議です。
 今回はそれら2つの取り組みについて、特にこれまで化学物質問題にあまりなじみのなかった皆さんに向け、わかりやすく解説いたします。


化学物質問題を考えるヒント

化学の知識がなくても化学物質問題は理解できる

 多くの市民は化学物質汚染等の問題に対し不安を感じていても、「なんだか難しそう」「化学はわからない」と自ら関わることを敬遠しがちではないでしょうか。それは大変な誤解です。今、化学物質管理において世界で議論されているのは、例えば、以下のような中学生でも理解できる当たり前のことを、どう実現させるかということなのです。

  • 安全性が確かめられていない化学物質は使用させないこと。
  • 疑わしい場合は因果関係が証明されるまで待たずに、すぐ対策をとること。
  • 特に影響を受けやすい妊婦(胎児)やこどもに対する安全対策を優先すること。
  • 身の回りの製品や環境に含まれる化学物質の情報は公開すること。
  • 市民の健康に関わる化学物質問題の意思決定においては、市民の参加を保障すること。

なぜ市民参加が必要なのか

 もしあなたが「家」を建てるとしたら、建築の専門的なことはわからなくても、どのような住まいにしたいか設計事務所や建築家と意見交換をすることでしょう。社会における化学物質管理についても全く同様のことが言えます。
 今まさに従来型の化学物質管理体系を根本から見直し、新しいより安全な管理体系の構築が国際的にも叫ばれています。日本でも“改修”程度ではこれから先持ち堪えることは難しく、新たな考え方に基づいて“建て直す”べきという動きが出てきています。それには、どのような社会にしたいかということを、社会の構成員である市民の意見を反映させながら決めていくことが必要です。一部の関係者だけで作られては困ります。

有害化学物質に対する2つのアプローチ、「禁止」と「管理」

第1回ストックホルム条約締約国会議の主会議場における全体会議(2005年5月2〜6日 ウルグアイ、プンタ・デル・エステ)

 世の中から有害化学物質による人や生態系への悪影響をなくそうとした場合、みなさんはどんなアプローチを考えるでしょうか。
 すぐに思いつくのは、有害性が明らかな物質を製造禁止にすることでしょう。この代表例が、残留性有機汚染物質を規制するストックホルム条約(通称、POPs条約)です。

 しかし、世の中で使われている十万種あまりもの化学物質の中で有害性(または安全性)が十分にわかっている物質は、実はごく一部でしかないのです。なによりどんな化学物質でも、取り込む量やタイミングによって有益にも有害にもなるわけですから、単純に白と黒に分けることは困難です。
 そうなると、別なアプローチも必要になります。情報が不完全な現状においてどうしたら安全に化学物質を使うことができるかというのが「化学物質管理」の中心的テーマです。化学物質の製造から廃棄に至るまでのすべてのライフサイクルを視野に入れた幅広い取り組みが求められています。
 そのような観点からの最新の取り組みとして、「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」(SAICM)があります。

地球上から最優先で廃絶させなければならない化学物質:残留性有機汚染物質(POPs)

残留性有機汚染物質とは?

 人体や生態系に有害な化学物質であっても、注意してうまく使いこなせることが可能であれば、必ずしも全面的に禁止する必要がないかもしれません。例えば、医薬で使われる劇毒薬や産業用の劇毒物などがその代表例と言えるでしょう。
 しかし、人間が十分に管理することが難しい有害化学物質の場合は、廃絶という選択肢をとることになります。その代表が残留性有機汚染物質(POPs、ポップスと読みます)で、次の4つの性質を同時に持っています。
 (1)難分解性(環境中や生物体内で長期間にわたって分解されない)
 (2)生物蓄積性(生物に取り込まれ、体内蓄積されやすい)
 (3)長距離移動性(使用場所から遠く離れた地域に風や海流などにより運ばれやすい)
 (4)毒性(人の健康や野生生物に有害な作用をもつ)

 こうした性質の有害化学物質を規制するための国際的な枠組として、ストックホルム条約が採択されています。ストックホルム条約とは、POPsの性質をもつ化学物質を特定し、その製造、使用、廃棄等を規制する国際条約で、現在【表1】のように12種類が指定されています。
 日本ではすでに製造が禁止されている物質ばかりですが、過去の負の遺産ともいえる未処理のPCBやPOPs農薬が全国各地に眠っていて、不適切な保管によって環境を汚染することが危惧されています。


【表1】ストックホルム条約 規制対象12化学物質リスト
掲載付属書 物質名 主な用途
附属書A (廃絶 アルドリン 農薬
ディルドリン 農薬
エンドリン 農薬
ヘキサクロロベンゼン 農薬
クロルデン 農薬
へプタクロル 農薬
トキサフェン 農薬
マイレックス 農薬、防火剤
PCB 絶縁油、熱媒体等
附属書B (制限) DDT 農薬
附属書C (非意図的生成物) ダイオキシン
ジベンゾフラン
PCB (重複)
ヘキサクロロベンゼン(重複)

POPsの追加指定に向け 〜第4回ストックホルム条約締約国会議

 世の中にあるPOPsは12種類だけではありません。世界自然保護基金(WWF)は、2005年の第1回締約国会議において、追加すべき20種の新規POPsリストを発表しています。
 新規POPsの追加は専門家会合(POPRC)での検討を経て、最終的に締約国会議の場で決定されます。2009年5月に開催される第4回締約国会議では、条約として初めて9物質について新規POPs追加の可否が採択されます。(WWFの候補物質リストでは【表2】の7物質が検討の対象です。条約ではHCH類を3種に区別しているので、合計9物質となります)す。これら候補物質には、私たちの身近で広く使われてきた臭素系難燃剤や有機フッ素化合物が含まれています。


【表2】WWFの新規POPs候補物質リスト20と採択までの道程のり(08年11月現在)

【表2】WWFの新規POPs候補物質リスト20と採択までの道程のり(08年11月現在)

【表2】WWFの新規POPs候補物質リスト20と採択までの道程のり(08年11月現在)
[拡大図]


第1回ストックホルム条約締約国会議の全体会議で発言するWWFインターナショナル、化学物質プログラムディレクター クリフ・カーチス氏(中央後ろ向き青シャツの男性)

 私たち市民としては会議の結果も気になりますが、なによりそれら候補物質がどこで、どのくらい、どのように使われているのかといった情報をすぐにでも公開してほしいところです。


 ストックホルム条約において新規にPOPsとして指定されるまでには、以下の3つのステップを経ることになります。

新規POPs追加にいたるプロセス
[拡大図]

 ステップ1 新規POPsとして提案される(締約国政府だけが提案することができます)
 ステップ2 各国の専門家を集めた「POPs検討委員会」において、提案された物質がPOPsに相当するかどうか(1)〜(3)の観点について順に検討されます。
 (1)物質が残留性、生物蓄積性、長距離移動性、有害性の4つの性質が基準を満たすか[D]
 (2)追加に値するだけの健康や環境への影響があるか[E]
 (3)リスクを管理できるか、代替物質の有無、社会経済上の影響などを検討[F]
 (4)上記の1〜3の要件を満たす場合、締約国会議に対し勧告をする
 ステップ3 締約国会議の場において、最終決定される。


WWFのPOPs普及啓発小冊子(24ページ)の表紙

WWFのPOPs普及啓発小冊子(24ページ)の表紙(WWFジャパンホームページから請求/ダウンロード可能)

注)POPsに関してより詳しくは、WWFジャパンの小冊子「私たちと地球の未来を脅かす残留性有機汚染物質POPs」をご覧下さい。


地球をまるごとデトックスする処方箋

「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」(SAICM)

SAICMの構成

 誰もが望むような素晴らしい目標を達成するためのとてつもない壮大な計画があったとしても、それだけでは人は相手にしないでしょう。しかし、責任ある立場の人が目標達成への決意を公言し、どのように取り組むのか十分に練られた方針や戦略が詰められ、一つ一つの課題に対し、誰が、いつまでに、どうやって取り組むかといった具体的な行動計画が策定され、さらにその進捗を点検する仕組みやスケジュールもきちんと組まれている、としたら少しは聞く耳をもつでしょうか。今まさにその通りの取り組みが化学物質管理の分野で始まっているのです。

 2002年の国連ヨハネスブルグサミット(WSSD)で定められた実施計画において、「2020年までに化学物質の製造と使用による人の健康と環境への悪影響の最小化を目指す」という野心的な目標が定められました。その実現のための方策等を国連機関や世界各国が参加し、4年をかけ2006年にまとめられたのが「国際的な化学物質管理のための戦略的アプローチ」(SAICM、通常サイカムと読む)です。
 今後一世代の間(2020年まで)に、有害化学物質の問題を地球レベルで解決しようという壮大な目標のために作られた文書で、以下のような構成になっています。
(1)「国際的な化学物質管理に関するドバイ宣言」(ハイレベル宣言)
 各国閣僚、政府代表、市民社会、民間部門の代表による30項目の宣言
(2)「包括的方針戦略」
 対象範囲、必要性、目的、財政的事項、原則とアプローチ、実施と進捗評価など
(3)「世界行動計画」
 目標達成のため各関係者に期待される行動を273項目にわたりまとめたもの


 SAICMの進捗の点検や各国間の意見交換等のために、2020年までの間に3回の国際化学物質管理会議(ICCM)が開催されます。また、それらの間の年には地域ごとのSAICM地域会議が開かれます。日本に関わるものではすでに2007年にアジア太平洋地域会議がバンコクで開催されています。

2006年2月4〜6日にUAEのドバイで開催された第1回国際化学物質管理会議(ICCM1)。この会議でSAICMが採択された。

SAICMアジア太平洋地域会議(2007年5月21〜23日 タイ、バンコク)


何かが欠けている? 〜SAICMに関する日本の取り組み

WWFジャパンのSAICMに関する市民向け普及啓発小冊子(28ページ)の表紙(WWFジャパンホームページから請求/ダウンロード可能)

 以上のように、SAICMには、世界中の各国政府、国連機関、NGO、民間団体等が参加して策定し、きちんとフォローアップもされることになっています。それなら、「もうこれでひと安心」と言えるのでしょうか。何か大事な要素が欠けていると思いませんか?
 「地球規模で考え、地域で行動する」、“Think globally, act locally”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。SAICMにおいても、その国際的な大目標に向けて各国がそれぞれSAICM国内行動計画を、市民を含む関係者(ステークホルダー)の参加の下で策定することが求められています。そのような国内行動計画が策定され、それぞれの関係者が真摯に取り組むようになってはじめて目標実現に向けた体勢が整ったといえるでしょう。
 さて、日本の状況はどうでしょうか。国はすでに2006年に「SAICM関係省庁連絡会議」を作りましたが、これまでのところ関係者の参画なしに国内行動計画案を策定する考えを変えていません。なにより、このような画期的な世界的取り組みに対する国民への普及啓発がなおざりにされています。

 SAICMが合意されたのは2006年の第1回国際化学物質管理会議(ICCM1)でした。その第2回目の会合(ICCM2)が2009年5月にスイスで開催されます。これまでの3年間の各国、各機関等の取り組みの進捗が報告され、新たな課題の有無、世界行動計画の改訂等が議論されることになります。
 本会議において日本政府もこれまでの取り組みを報告することになります。年一回のセミナー開催といった程度ではなく、他国にも手本となるような国内行動計画策定の成果を示すべきところですが、いまだその動きさえ見えません。


注)SAICMについてより詳しくは、WWFジャパンの小冊子「化学物質汚染のない未来のための市民ガイドブック」をご覧下さい。

おわりに

 前半で述べた市民参加の必要性において、化学物質管理体系を「家」にたとえましたが、SAICMはまさに有害化学物質のない地球村と村を構成する安全で暮らしやすい家々を新たに建て直す取り組みと考えることができます。私たち市民も、「化学は苦手」といつまでも敬遠していたり、無関心でいたりするわけにはゆきません。今建て直される「家」は、私たちの子どもをはじめ未来世代へと引き継がれるかけがえのない住まい(=化学物質管理体系)なのです。


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記事・写真:WWF-J 村田幸雄

〜著者プロフィール〜

財団法人世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン) 自然保護室 化学物質プログラム シニア・プログラムオフィサー

※掲載記事の内容や意見等はすべて執筆者個人に属し、EICネットまたは一般財団法人環境イノベーション情報機構の公式見解を示すものではありません。