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目次
研修報告書とアメリカ横断ボランティア紀行の連載
研修地紹介
国立公園における「ボランティア」の重要性
研修で見えてきた日米の違い
今、アメリカから学ぶべきこと
「渡航前研修」としてのボランティア応募
アメリカの国立公園で働いて
土地の管理人としての国立公園局
アメリカの国立公園の抱える課題
アメリカの保護区に日本に合うモデルはあるか
地元対策としての教育プログラム
【3】マンモスケイブ国立公園(国立公園紹介欄)
 第2話「受入れ先決定〜マンモスケイブ到着」
【4】担当者の移動に伴う研修地の変更
 第7話「さよならマンモスケイブ」
【5】レッドウッド州立国立公園の歴史概観
 第11話「レッドウッド国立州立公園到着」
【6】魚類野生生物局国際部
 第32話「魚類野生生物局でのボランティア開始」
【7】ボランティアハウス
 第3話「ボランティア開始」
【8】学生ボランティア
 第1話「アメリカでの研修!?」
【9】「集団施設地区」と、アメリカ国立公園の「ビレッジ」
 第10話「大陸横断編・その3」
【10】アメリカの保護区政策は、国土のごく小さな割合を保護のために残すこと
 「アメリカの社会全体としての自然資源政策に関する社会的合意は、『自然資源のごく一部を次世代のために残しておく』("We have decided to set aside a small portion of resources.")ということ」(第33話「ドンさんの経歴」より)

No.231

アメリカ横断ボランティア紀行(総集編)

Issued: 2014.05.09

アメリカ横断ボランティア紀行(総集編)[1]

 世界の国立公園の理想をリードしてきたアメリカ、その現場で何が起きているのか。国立公園2か所と、国立野生生物保護区を管轄する魚類野生生物局でボランティアという立場で勤務した様子を紀行文的にご紹介してきた。
 大学のコースに所属していたわけでもなく、指導教官ももちろんいない。とにかく「百聞は一見にしかず」、直接会って話をする、実際に現場で働いてみる、そんなことの繰り返しだった。私が経験できたことはアメリカの保護区政策全体のほんの一部、それも現場での経験ばかりだ。
 しかし、そこで目にしたものは、保護と利用の両立が抱える課題、利用者離れ、外来種問題、そして予算不足に悩む国立公園の姿など、今の日本の国立公園にも共通する課題だった。
 前回、ワシントンDCを発って帰国の途についた第37話で、足掛け9年間の連載が終了した。そこで、最後にもう一度ボランティア紀行を振り返りながら、日米の保護区の比較やボランティアの役割などについて考えてみたい。

研修報告書とアメリカ横断ボランティア紀行の連載

 このボランティア紀行は、2003年から2005年にかけて、国際協力機構の海外研修制度によりアメリカの保護地域に派遣された様子をとりまとめたものである。研修報告書自体は、アメリカの保護区における自然資源管理政策をとりまとめ、途上国への技術支援に活用するという視点でとりまとめている【1】
 それに対してこの連載は、アメリカの国立公園で働いた経験を紹介することに重点を置いた。そのため、タイトル通り紀行文的な内容が主となっているが、その中にアメリカの保護区の管理政策をトピック的に取り上げてみた。このような構成にしたのには理由がある。研修報告書は事実の羅列となっており読み物としては魅力がない。紀行文ならいつ、どういう場面でそれを学んだかがわかるし、具体的な風景や施設があった方がイメージがわきやすい。その点、EICのウェブサイトは、写真を多数掲載でき、関連するサイトへのリンクなども容易だ。連載開始の際にはイラストを、後半には多くの地図を作成いただき、記 事に彩りや親しみやすさも加わった。

連載当初に制作したイラストの例
連載当初に制作したイラストの例

連載当初に制作したイラストの例(第3話より)。

 研修先は、マンモスケイブとレッドウッドという、日本ではほぼ無名の2か所の国立公園だった。ボランティアという立場で働きながら、国立公園の現場でその実際を学ぶという実務研修だ。現在は、かつて行われていた日米の公園管理者どうしの交流はほとんど途絶えてしまっているが、今回の経験を通じて、両者にはまだまだお互いの情報を共有しあうことで学べることも多いのではないかと感じた。
 さらに、アメリカにおいてはボランティアの役割が広く認められており、国立公園でも様々な分野で活躍していることは新鮮な驚きだった。この連載は、そんなボランティアの目線からアメリカの保護区の現場を描くのがねらいとなった【2】

【1】国際協力機構・海外研修制度の研修報告書
第37話「さよならワシントンDC」の文末に掲載。
【2】連載記事ダイジェスト
もともと3回で終了する予定だった本連載は、結果として予告編を含めて39回の長期連載となった。筆者本人もどこに何を書いたのか忘れてしまうほど。そこで、各回でご紹介した内容を別添のとおりまとめてみた。連載のインデックスとともにご活用いただければ幸いだ。
アメリカ横断ボランティア紀行ダイジェスト(PDF:439KB)

研修地紹介

 アメリカでの研修地は、マンモスケイブ国立公園(ケンタッキー州)、レッドウッド国立州立公園(カリフォルニア州)、魚類野生生物局本局(ワシントンDC)の3ヶ所だった。このため、結果的にアメリカ大陸を一往復することになり、その間、さまざまな保護区や施設を訪問することができた。
 最初の研修地マンモスケイブ国立公園は日本ではほとんど知られていないが、世界で最も長い鍾乳洞のある国立公園だ【3】。地上は緩やかな石灰岩地形だが、突然崖があらわれたり、石灰岩の穴が隠れていたりする。気候は湿潤で比較的日本に似ている。しっかりした登山靴と雨具さえあれば、日々の屋外調査はそれほど難しくはなかった。ただ、林床にはノバラが多く、登山用のスパッツが実に役立った。2年間使い込んだ登山靴は最後にはもうぼろぼろになっていたが何とか持ちこたえてくれた。南部の人々のホスピタリティーにも本当に助けられた。今でも南部なまりを耳にするたび、こころが温かくなる。
 次の研修地は、カリフォルニア州のゴールデンゲート国立レクリエーション地域の予定だった。ところが、担当者が異動してしまうというハプニングから、急遽同じ州内のレッドウッド国立州立公園に変更になった【4】。日本ではありえないことだが、いかにも個人主義のアメリカらしいエピソードといえる。レッドウッドは本格的な原生林があり地形も急峻だった【5】
 最後の研修地はワシントンDC近郊の魚類野生生物局の本局の国際部だった【6】。これまでの現場での経験を補完できること、そして何より、国立公園と国立野生生物保護区を比較できるのが利点になった。これらの保護区を三点比較するのが、私の研修報告のひとつの柱となっている。

アメリカ横断図
アメリカ横断図

国立公園における「ボランティア」の重要性

 この研修は、国立公園のボランティアプログラムを活用したものだった。私のケースに限らず、国立公園に海外からの研修生を受け入れる場合は、ほぼすべてにおいてこの制度が適用されるようだ。ただ国際ボランティア受け入れには特定のビザが必要であるため、国立公園局国際課の承認が大前提となる。
 当初私は、この「ボランティア」という名称にかなり引け目を感じていた。わざわざ役所の研修プログラムでアメリカに派遣してもらったのに、国立公園での仕事が「ボランティア」では格好がつかない。
 ところが、実際にアメリカで研修を開始してみると、徐々にそのイメージが変わっていった。まず、国立公園の現場でボランティアは「給与が支払われていない公園職員」。週に一定時間の勤務義務があり、その代りユニフォームやボランティアハウスを貸与され、共有だがPCや机も用意される。施設へのアクセスもほぼ職員同様であり、保険も用意されている。中長期のボランティアになると業務の内容は職員とほとんど変わらない。さまざまな研修を受講し車両も運転できる。公園とボランティアは、義務も権利も発生する契約関係にある。

ボランティアに貸与されるユニフォームとキャップ。汎用品のシャツにワッペンを貼りつけることでコストを抑えている。
ボランティアに貸与されるユニフォームとキャップ。汎用品のシャツにワッペンを貼りつけることでコストを抑えている。
公園内でバターナッツ(クルミの一種)を探すプロジェクトに参加した際の様子。担当区域を任され、2人一組で調査を行う。
公園内でバターナッツ(クルミの一種)を探すプロジェクトに参加した際の様子。担当区域を任され、2人一組で調査を行う。

 このボランティアプログラムを支えているのは、無償のボランティアハウスだ【7】。電気代から水道代、トイレットペーパーまで支給される。飲食以外はほとんど無償といっていい。もちろん、建物自体は古いもので、職員宿舎を使ったり昔の軍施設を引き取って使っていたりする。マンモスケイブ国立公園のボランティアハウスは木造の平屋で古いが、国立公園のど真ん中にある。セントラルヒーティングで1年中24時間冷暖房されている。二重ガラスでもなく、冬は零下10度近く、夏は暑く雨も多い。さぞかし冷暖房効率は悪いだろう。当時アメリカのエネルギーは安かった。電気代はよくわからないが、ガソリンは1ガロン(約3.8リッター)で1ドル20セント程度(約150円)。施設は古いが、充実したメンテナンスに加え、セントラルヒーティングと常時換気によって木造建築物の密閉性の悪さを補っていたといえる。
 ベッドルームは3つあり、3人のボランティアが入居できる。私たちのように夫婦でボランティアに参加する場合もあるが、アメリカ人カップルの場合はだいたいキャンピングカーでやってくるので、ボランティアハウスには入らない。キッチンには大きな冷蔵庫や電気グリル・オーブン、電子レンジ、食器一式が備え付けられている。私たち日本人向けには特別にライスクッカー(炊飯器)まで調達してくれた。大型の洗濯機および乾燥機もある。鞄一つで来て、その日からボランティアが開始できるのだ。

マンモスケイブ国立公園のボランティアハウス。木造平屋建てだがセントラルヒーティングで快適。
マンモスケイブ国立公園のボランティアハウス。木造平屋建てだがセントラルヒーティングで快適。
割り当てられたベッドルーム(個室)にて。
割り当てられたベッドルーム(個室)にて。
ボランティアに参加していたリタイア後のアメリカ人ご夫婦のキャンピングカーと日常の移動のための自家用車。キャンプサイトが無償で提供される。
ボランティアに参加していたリタイア後のアメリカ人ご夫婦のキャンピングカーと日常の移動のための自家用車。キャンプサイトが無償で提供される。
キッチンの様子。冷蔵庫もオーブンも大型でゆとりがある。
キッチンの様子。冷蔵庫もオーブンも大型でゆとりがある。
広々としたリビング。金曜日の夜になるとここでパーティーが開かれたりする。
広々としたリビング。金曜日の夜になるとここでパーティーが開かれたりする。

 アメリカの大学生は、夏休みの間の宿舎費を別に支払わなければならない。だから、無償の宿舎付きの国立公園ボランティアポストは人気だ。国立公園側も、若くて元気のある学生を確保するための奨学金制度も提供している。私たちのような英語もろくに離せない外国人ボランティアに勝ち目はない。学生のいないシーズンオフに、長期間の前提で、かつ一部屋で2人確保できるという条件で何とか滑り込んだ。宿舎付きのボランティアポストはそれほど競争率が高い。だからなのか、公園にボランティアに訪れる学生の多くはまともだ。もちろん自然の保護に対する関心も高い。こうしたルームメイトとの生活もボランティアの大きな魅力だろう【8】

研修で見えてきた日米の違い

クレーターレイク国立公園のビジターセンター
クレーターレイク国立公園のビジターセンター(第24話より
ロッキー山脈国立公園のビジターセンター
ロッキー山脈国立公園のビジターセンター(第25話より
チンカティーグ国立野生生物保護区のビジターセンター
チンカティーグ国立野生生物保護区のビジターセンター(第34話より
グランドキャニオンのビジターセンター
グランドキャニオンのビジターセンター(第10話より

 日米の国立公園制度は大きく異なる。それでも、これまで日本はアメリカから様々なことを学んできた。特に、施設やその計画はかなりよく似ている面がある。
 例えば、日本の国立公園の特徴的な制度のひとつに「集団施設地区」というものがある。上高地の河童橋周辺の旅館街はその代表といえるだろう。環境省(旧厚生省)が所有する土地を有償で民間施設に貸与し、総合的に整備する地区として指定する制度だ。それにより比較的原生的な自然環境の中に、利用のための拠点施設が出現する。これにそっくりなのが、グランドキャニオン国立公園のビレッジ(village)だ【9】。ここにはホテル群はもちろん、スーパーマーケットや自動車の修理工場まである。このような、アメリカの国立公園のフロントカントリーの利用拠点をうまく日本の制度に組み込んだものが集団施設地区といえる。ただ、そうした背景が形骸化してくると、単に国有地に立地する公園区域内の民間施設群になってしまう。地代と収益のギャップが拡大して廃墟と化す宿泊施設が各地で問題化している。アメリカでは、施設の国設、国有、民間貸与が原則だ。土地のみを国が所有する日本との違いが今になって顕在化している。

グランドキャニオン国立公園のビレッジにある大きなスーパーマーケット。キャンプ用品から生鮮食料品まで何でもそろう。
グランドキャニオン国立公園のビレッジにある大きなスーパーマーケット。キャンプ用品から生鮮食料品まで何でもそろう。
マウントレーニエ国立公園の巨大な木製ゲート。
マウントレーニエ国立公園の巨大な木製ゲート。
典型的な国立公園の入り口標識。石材とともに木材が多用されている。
典型的な国立公園の入り口標識。石材とともに木材が多用されている。
トレイルヘッドの掲示板。製作から設置まですべてメンテナンス職員が行う。
トレイルヘッドの掲示板。製作から設置まですべてメンテナンス職員が行う。

 標識類にもアメリカの国立公園のデザインを踏襲したものが少なくない。中でも木製の標識類はその代表例だろう。ところが、木製標識はこまめな保守点検が不可欠だ。各公園に手厚いメンテナンス部隊がいるアメリカの国立公園と異なり、現業部門を持たない日本の公園管理者には荷が重い。加えて、2002年に小泉内閣が閣議決定した「骨太の方針」で提示された三位一体の改革以降、地元自治体の協力が得にくくなったことで、施設の老朽化に拍車がかかった。国立公園局も人員削減の圧力から、メンテナンス部門が年々縮小されている。そのような変化に対応するため、標識に耐久性の高い材質を導入し、規格の統一を進めている。これも日本にとって大変参考になる事例ではないだろうか。
 日本でも、国立公園施設が公共事業化されて以来、ビジターセンターなどの大規模建築物の整備が進んだ。そのような施設の中には、アメリカの有名公園に存在する既存施設に似ているケースがある。デザインを踏襲するのはよいが、規模や機能は施設の利用状況や維持管理能力などを勘案して十分に検討されるべきだろう。現在の入札システムでは、施設のデザイン、設計は民間コンサルタントに発注して行われる。コンサルタントはアメリカの国立公園、それも有名どころの公園の施設を参考にするわけだから、このような施設が多くなる。
 職員数や予算の規模を比較すると、日本の国立公園はむしろアメリカの国立野生生物保護区に近い。また、アメリカの国立公園の中には、訪問客数の少ない小規模な国立公園もある。視野を少し広げるだけで、より日本に適したモデルが見つけられるように思える。野生生物保護区や無名で比較的小さな国立公園にこそ日本の公園に有益なモデルがあるように思える。
 日米には様々な違いがあって、単純なまねはできないことも多い。たとえば、ビジターセンターなどを訪れる日本人観光客にとって、水道もない便槽式のトイレはかなりの抵抗感があるだろう。アメリカの公園には意外とこのタイプが多く、それもほとんどおなじ規模・デザインだ。水道も電気もなく、化学薬品で臭気をおさえるだけだが、太陽光の熱で自然換気できる大きなパイプがついていて意外とにおわない。「ないよりまし。ここは国立公園なんだから」という割り切りがある。こうした利用者の感覚の違いや日米の気候風土の違いが、施設の設置や維持の考え方にも影響している。

ニスクアリー国立野生生物保護区の入り口標識。国立公園の標識に比べるとずっと簡素な作りだ。
ニスクアリー国立野生生物保護区の入り口標識。国立公園の標識に比べるとずっと簡素な作りだ。
セントキャサリンクリーク国立野生生物保護区の公園管理事務所。天井が低く簡素な作りで展示施設も併設されている。管理費や人件費を節約できる工夫がある。
セントキャサリンクリーク国立野生生物保護区の公園管理事務所。天井が低く簡素な作りで展示施設も併設されている。管理費や人件費を節約できる工夫がある。
アラスカのチナ川州立レクリエーションエリアに設置されたトイレ(左は外観、右は内部の便槽)
アラスカのチナ川州立レクリエーションエリアに設置されたトイレ(左は外観、右は内部の便槽)

アラスカのチナ川州立レクリエーションエリアに設置されたトイレ
(左は外観、右は内部の便槽)(第22話より

今、アメリカから学ぶべきこと

 現場の経験などから、アメリカの公園には実にさまざまな問題があることがわかった。アメリカの社会は今も急速に変わりつつある。ところが、国立公園はこれまで積み上げてきたものを変えられずにいる。時代が変わっても変えてはならないものが国立公園には多いが、それを守るためには利用者(=国民)の理解が大前提だ。ところが、公園管理者の視線は内向きになっている。社会のニーズとかい離していく国立公は、国内利用者離れが進んでいる。何を守らなければならないか、何を変えていかなければならないか、それを理解するために日米の制度と失敗の歴史は様々なヒントをくれるはずだ。
 「もうアメリカに学ぶことは少ない」という声もある。少なくとも真似る段階は卒業しているのだろう。そこから一歩進んで、社会経済の変化に合わせ、国立公園の管理がどう変わっていくべきか、ともに模索していく段階にきているのかもしれない。
 その意味で、日本の国立公園の有料化の議論はテーマの一つとなるだろう。富士山の協力金制度が社会的に注目されている今こそ、アメリカの国立公園が直面している入場料金制度変革の課題に学ぶべきではないだろうか。

「渡航前研修」としてのボランティア応募

 アメリカの研修は、受け入れ先となる国立公園を自分で見つけることが条件だった。ほとんどすべてのボランティアポストはインターネット上で公募されている。これに自分で応募するのだ。長期にわたるボランティアには無償の宿舎が提供される。この宿舎付きのポストに片っ端から応募した。アラスカの国立公園などは「宿舎には流水が付いている」と誇らしげに書かれていたり、五大湖に浮かぶアインローヤル国立公園では「着任と離任の際には無料の送迎が提供される」という案内があったりしたが、まるで島流しのようだ。
 仕事選びにもコツがあった。言葉の不自由な外国人にはパークレンジャーを補佐して自然解説プログラムを担当することは難しい。ビジターセンターでも環境教育部署でも同じだ。メンテナンス部門でのボランティアなら、言葉ができなくても何とかできそうだが、工事や清掃などが中心になると研修にはあまり適さない。その点、「資源管理(resource management)」という仕事は理想的だった。このような仕事は日本にはなく、はじめは何をやるのかよくわからなかった。詳細を見ると、公園内の外来生物の除去や、生物・水質・大気汚染のモニタリングなどを担当する。日本では大学や研究機関が細々と研究ベースで実施しているモニタリングを、アメリカの国立公園は公園の当然の業務として実施している。その業務を補佐するのがボランティアの役割だ。こうした業務には多くの人手が必要であり、ボランティア制度にはうってつけの業務といえる。
 ポストへの応募や、コーディネーターとの調整はもちろん英語だ。できるだけアピール性の高いレジュメを書き、反応があった公園のコーディネーターとメールでやりとりする。初めはメール1本に1時間も2時間もかかったが、徐々にペースがつかめてきた。研修を開始してからよりもはるかに多くのメールを書いたし、読んだ気がする。なりふり構わない応募のプロセスの中で、大分英語にもなじんでいった。

 正直なところ、2年間の研修で英語がそれほどうまくなることはなかった。英語のレポートを書くわけではなく、それほど業務上会話が必要なわけでもない。英語への抵抗感が少なくなったことは確かだが、英語の勉強には渡航前のこのメールと電話でのやりとりがとても役に立った。あとは、リスニング教材を使った聞き取りのトレーニングが思いのほか役に立った。今はやりの教材ではなかったが、老舗の比較的安価なコースを2年間弱受講した。英語が話せなくても、アメリカ人の前置きの長いジョークが少しでも聞き取れたのは本当に助かった。

アメリカの国立公園で働いて

大陸横断の旅を共にした、愛車ポンティアック
大陸横断の旅を共にした、愛車ポンティアック
導入編より)

 研修先としてようやく受け入れが決まった国立公園はいずれも日本ではほぼ無名の公園だった。出国前に同僚などに説明するのも大変だったし、正直なところかなり失望もした。ところが、実際に働いてみると、いくつかの点でメリットがあることがわかった。
 一つ目は、無名な公園の方が公園自体に様々な面で余裕があること。有名公園のように道路が渋滞するほど利用者が押し掛けてくるわけではない。だからトップシーズンでも、職員にもボランティア宿舎などの受け入れ施設にも余裕があった。アメリカの国立公園には驚くほどマニュアルが充実していて、どの公園でもほぼ同じ質の管理が行われている。つまり、どの公園にいてもほぼ同程度の情報が手に入るのだ。ベースキャンプとなる公園でじっくりと基礎を学んでおけば、大きな公園での聞き取りなどは短期間の訪問で十分だった。
 日本では無名といっても、マンモスケイブもレッドウッドも、アメリカの国立公園システムでは中核的な公園だった。いずれの公園もほぼすべての機能を有していたし、受け入れ先となった科学・資源管理部門も充実していた。また、公園がそれほど大きくないので組織全体にまとまりがあり、家族的な雰囲気があった。右も左もわからないはじめての研修生という立場としてはとてもありがたかった。
 私の二年間の研修は、現場での出会いとインタビュー、さまざまな資料に基づく教科書のない勉強のようなものだった。大学での講義や文献研究とは全くと言っていいほど無縁だった。国立公園局のイントラネットにアクセスできることはもちろん大きなメリットだった。しかし、それよりも組織の一員だからこそ聞ける話、出会うことのできる場面、得られる情報、公園管理の難しいところ、やりがいのあるところなどに触れることができたことが本当に貴重だった。
 また、米国社会のボランティアに対する社会的な賞賛が、いろいろな場面で私たちを助けてくれた。国立公園でボランティアしていると話すと、心なしか態度が違ってくるようだった。国家の独立当時から、教会も学校もほとんどすべての施設はコミュニティーが協力してつくり、運営したという独立独歩の精神が、アメリカにはまだ残されているように思えた。日本でいう奉仕精神とはまた違った「ボランティア」の精神がアメリカ社会の根底に流れているような気がした。
 ところで、ルート66の時代ならともかく、この忙しい飛行機の時代に、自動車で大陸を1往復するという物好きなアメリカ人はそうそういない。そんなことをしている日本人への興味と関心もあっただろう。お金に余裕がなく、おんぼろのポンティアック(典型的なアメ車)のワンボックスカーに乗っていたのも面白がられた。
 「日本人なのになんでトヨタとかホンダに乗らないんだ?」
 と、たびたび聞かれた。もちろん懐事情によるものではあったが、やはりアメリカを旅するにはアメリカの車が合っているようにも思えた。そんな車に荷物を一杯に積み込んで、ケンタッキーからカリフォルニア州の北のはずれへと走り、そして首都ワシントンDCまでの大移動。それはまるで西部開拓時代の幌馬車のような有様だった。
 余談だが、車の修理のために各地で修理工場に通ったことも、今となってはいい思い出だ。工場は実にピンキリ。安くて良心的だがなかなか癖があるところから、何でも新品と交換してしまうとても高くつくディーラー系の工場までさまざま。アメリカには「カートーク」という、自動車に関するリスナーからの相談を紹介するラジオ番組があった。ジョークや笑いが飛び交うにぎやかな番組だったが、実に役に立つものでもあった。アメリカで生き抜くとは、ある程度自分が専門家になるか、さもなくば、ただ知らないまま搾取されるかのいずれかなのではないか、とも感じた。

土地の管理人としての国立公園局

アラスカのデナリ国立公園は、まさにアメリカのフロンティアを連想させるような雄大な景観が広がる。
アラスカのデナリ国立公園は、まさにアメリカのフロンティアを連想させるような雄大な景観が広がる。

グレートスモーキーマウンテンズ国立公園で行われているクマのモニタリング調査。地道な努力が行われている。
グレートスモーキーマウンテンズ国立公園で行われているクマのモニタリング調査。地道な努力が行われている。

ナチェストレース国立パークウェイで保存されているアメリカ先住民族の作った巨大なマウンド(古墳)。国立公園ユニットではこうした文化遺産も自然環境と同様保全されている。
ナチェストレース国立パークウェイで保存されているアメリカ先住民族の作った巨大なマウンド(古墳)。国立公園ユニットではこうした文化遺産も自然環境と同様保全されている。

 アメリカの国立公園の歴史をみてみるとおもしろいことがわかる。たとえば、世界初の国立公園は1872年にイエローストーン国立公園として開設したのに、その国立公園を管理する組織である国立公園局が設立されたのは1916年。その間、国立公園は軍隊によって管理されていた。だから、今でも国立公園で働く職員は「パークレンジャー」と呼ばれ、制服のデザインも当時の軍隊風のデザインと色調を踏襲している。
 アメリカの国立公園の管理の特徴は、国立公園局が土地を所有していること。組織の目的は土地管理であり、そのため政府機関としては内務省の管轄だ。民主主義国家であるアメリカでは、政府は国民共有の財産である土地の価値を損なうことのないよう国有地を管理しなければならない。単純なことではあるが、こうした目で見ると、国立公園管理の不思議な面もすっと腑に落ちる。
 また、アメリカには国立公園に関する一つの法律があるわけではなく、各公園の設立のたびに、その公園を設立するための法律をつくる。これも、自然公園法という単一の法律をすべての自然公園に当てはめる日本とは違うところだ。その他にも、国立公園管理制度を定めたり改革したりするたびに法律ができたり廃止されたりする。さまざまな規定がこうした個別の法律の中に埋め込まれている。
 国立公園の目的は、公園内の自然や文化資源の保全とレクリエーション機会の提供である。英語では、よく「Experience」という表現を用いる。日本でいう「自然とのふれあい」に近いかもしれないが、国立公園に限って言えば「白人が入植する前のフロンティアにはじめて足を踏み入れた」ような鮮烈な経験を指す。そうした「一生に一度の経験(感動)を提供する場所である」ことを目指しているわけだ。
 土地管理者としては、管理を任されている国有地の資質を損なわず、その便益を最大にすることが求められる。ここでいう「便益」とはレクリエーション機会の提供であり、国立公園局はそれを「訪問客数」×「ビジターの満足度」で評価している。満足度調査は各公園が実施する非常に重要な調査で、ほぼ95%を超える非常に高い評価を得ている。ただ、忘れてはならないのは、公園を訪れる機会のない国民の評価は、この結果に反映されていないということだ。アメリカ人にも国立公園に足を踏み入れたことのない人が少なくない。特にアフリカ系やヒスパニック系アメリカ人は公園で見かけることがほとんどない。
 「資源を損なわず、その価値を最大化すること」を目指す国立公園局は、しばしば自然を相手にするのではなく、人間の方を向いている組織と指摘される。ビジターが納得するような公園の計画を作り出し、管理を行う。その際、大前提として自然の質は損なわれてはいけない。それをチェックし、是正することが科学的なモニタリングの役割だ。
 つまり、公園の資質のインベントリー作成とモニタリングは、土地の管理者としての責任を果たしているかどうかを証明する手段だ。そのため、公園におけるモニタリングや科学部門は充実している。モニタリングがおまけのようなものになっている日本と、公園管理者の本来業務となっているアメリカとの根本的な違いはここにある。
 また、守るべき「公園の資質」に文化財が含まれていることは注目に値する。アメリカの国立公園の多くは傑出した自然景観が指定理由になっているが、公園内の文化的な遺産も自然景観同様に管理され保全される。これは、文化財行政が切り離されている日本の国立公園とは大きく異なる。さらに、自然景観ばかりでなく、野生生物や他の自然的な要素を包括的に資源(resource)と総称している。さらに、国立公園局が管理する公園地には、レクリエーション公園や歴史公園、墓地なども含まれる。こうした公園地全体は国立公園システムと総称される。日本の役所でいうと、むしろ国土交通省の都市公園部局に近い組織といえる。

アメリカの国立公園の抱える課題

国立野生生物保護区内ではまだ石油採掘がおこなわれている(セントキャサリンクリーク国立野生生物保護区)。
国立野生生物保護区内ではまだ石油採掘がおこなわれている(セントキャサリンクリーク国立野生生物保護区)。

ワシントンDCのモールにあるリンカーン記念堂。
ワシントンDCのモールにあるリンカーン記念堂。

 国立公園とディズニーランドとの共通点は多い。高い質のサービスをめざし、実際満足度も高い。ミッキーなどのキャラクターこそいないものの、ユニフォームを着たレンジャーがビジターを迎える。イメージ戦略に相当の努力を払っているのは、単に入場者を喜ばせるだけが理由ではない。国立公園の管理には多額の予算と大きな組織が必要だ。連邦予算の獲得には議会の支持、つまりは有権者たる国民の支持が必要となるわけだ。
 国立公園が政治的な力を必要とする理由には、予算獲得以外の理由もある。それは、国立公園管理の原則、つまり「公園区域内における資源の収奪的利用の禁止」を維持することだ。もともと国立公園は、森林のなかでも資源としての質があまり高くなかったり、遠隔地にあったりする限定的な区域が指定されてきた。たとえばイエローストーン国立公園の森林はお世辞にも立派なものではない。経済的な価値の高いレッドウッドは、ほぼ切りつくされる段階に至るまで国立公園には指定されなかった。
 わかりやすいのが国立魚類野生生物保護区だろう。この保護区の設立目的は野生生物の生息環境の保護だ。ハンターからは根強い支持があるが、一般国民の認知度は低く、政治とのかかわりあいも弱い。そのため、保護区内でも一定のエネルギー開発や野生生物の狩猟が許容されている。アラスカの野生生物保護区における大規模な石油・天然ガス開発が現在もくすぶり続けている原因でもある。当然ながら予算も人員も少ない。
 国立公園局は、こうした消費的な利用を排除するために政治的な影響力を拡大、保持してきた。各国立公園の所長は地元選出の政治家との関係に気を遣い、大統領や政権の意向にも敏感だ。地域の観光資源でもある国立公園で、施設の過剰整備が問題になるのも政治家を通じて地元の意向が反映されるためだ。
 それにも増して、国立公園はアメリカ国民の誇りと統一のシンボルとしての地位を保つための努力を惜しまない。宗教も人種も多様な国家であるアメリカであるからこそ、すべての国民からの支持が国立公園とそれを管理する組織の最大の支持基盤となる。国立公園局は、ワシントンDCのホワイトハウスなどがある「モール」一帯の様々なモニュメントを管理しているが、これも合衆国の統一の象徴だ。軍ほどの影響力はなく、ライフル協会のような強力な政治力もないが、日本の国立公園管理者とは一線を画す特異な位置にある。
 ところが、地元政治家との蜜月状態とは対照的に、公園と地元コミュニティーとのつながりは驚くほど弱い。地域とのコミュニケーションはほとんどなく、中には険悪なことさえある。国立公園の成り立ちが、土地を囲い込むことで成立したからそれもやむを得ないかもしれないが、地域の中で国立公園は独立しているとともに孤立している。
 その点では日本の国立公園の方がはるかに優れている。土地をほとんど所有せず、強い権限を持たない日本の国立公園管理者は、警察権、消防、野生生物の管理、施設の整備、許認可の一部に至るまで、地域の自治体やその他関係する行政機関に依存しなければならない。それにより、管理組織そのものは非常に小さくても、合計すると日本の国土面積全体の5%を上回る面積の国立公園の「管理」ができてきた。情報の共有や利害調整などの苦労も多いが、それだけに国立公園と地域の結びつきはアメリカの国立公園とは比べものにならない。
 年々財政状況が厳しくなるアメリカの国立公園にとっては、日本のような地域との連携がひとつの解決策になるのではないだろうか。

アメリカの保護区に日本に合うモデルはあるか

国立公園、国立野生生物保護区面積比較
国立公園、国立野生生物保護区面積比較
※国立公園と国立野生生物保護区の面積を比較すると、前者の方が若干小さい。なお、日本の国土面積と比較すると、それぞれの保護区システムの規模の大きさがわかる。

アメリカの主な国有地の割合
アメリカの主な国有地の割合

職員一人あたり保護区面積
職員一人あたり保護区面積

 アメリカの国立公園面積は大きい。合計34万平方キロメートルは、日本の国土面積(約37.8万平方キロメートル)にほぼ匹敵する。国立野生生物保護区(約38.4平方キロメートル)はさらに大きい。ところがそれでも、アメリカ全体の国土面積比では、国立公園で3.4%、野生生物保護区でも3.9%に過ぎない。アラスカ、ハワイを除く本土だけについていえば、国立公園面積は国土の1%に過ぎない。そもそも国土面積が小さい日本とじゃ単純には比較できないが、人口が多い日本の国立公園が国土の5.5%を占めることを考えると、その割合はけっして大きくはない。クリントン政権で内務次官補をつとめたドンさんのインタビューでも、「アメリカの保護区政策は、国土のごく小さな割合を保護のために残すことなのだ」という話を伺った【10】
 もっとも、日本の国立公園は面積比こそ頑張っているものの、その管理体制はアメリカとは比べようもない。たとえば、単位面積もしくは利用者一人当たりの職員数を日米で比較すると、その差は歴然だ。アメリカの国立公園局の職員は約2万人。面積比でいうと、職員1人当たりの担当面積はざっと17平方キロメートル。単純に比較はできないが、日本の国立公園の担当面積は職員1人当たり82平方キロメートルにもなる。
 日本の国立公園の管理は、地方自治体の全面的なバックアップがあればこそ、そして林野庁などの土地所有者の権限と予算があればこそ、成り立っている面もある。これには様々な課題もあるが、アメリカの国立公園ではなし得ない、日本独特の効率的な管理手法といえる。しかし、そんな貴重な自治体との連携も三位一体の改革によって失われようとしている。国立公園の管理は国が担うという方針が示され、国立公園内の補助金が一律廃止されてしまったのだ。国立公園はすべて国が管理するという考え方も、地方分権という観点からは逆行している。「国が指定したものなのだから国が管理すべきだ」という論は一見わかりやすいが、日米の管理体制や歴史の違いをみればこれが実情に合っていないのは一目瞭然だ。国のものか地方のものかにかかわらず、日本の財産だ。国立公園の根本をないがしろにすることは、せっかくの財産価値を毀損することになる。
 土地所有に基づく明確な管理権限区分は、同時にアメリカの国立公園のアキレス腱にもなっている。アメリカの国立公園は優れた自然の景観地をぐるりと柵で囲いこみ、区域内での狩猟や開発行為を厳しくすることで成立している。公園区域の中は比較的自然が残されているが、境界を一歩出てしまえばそれを保護する権限はない。区域内の保護だけを考えているうちに、いつのまにか孤立してしまった形だ。また、アメリカの国立公園が今直面している課題は、酸性雨、霞、外来種、水質汚染など、公園の境界を越えて到来してくるものばかり。囲い込むだけで問題は解決できない。
 その点、日本の自然公園法による規制は、区域を囲い込むのではなく、外側から核心地域に向かい、段階的に規制を強化する方法(ゾーニングシステム)をとっている。規制の力は弱くても、自然の質に応じて比較的スムーズに規制ができるのが利点だ。また、日本の環境省には大気環境や水質を保全する機能や環境影響評価制度などもある。
 また、日本の自然公園法による規制では、公園区域内の大規模な開発が抑制される。その結果として小規模事業者の保護につながり、地元の旅館業者が公園の管理を支えるという協力もでてくる。アメリカの国立公園のコンセッション業者は、全米規模の企業の寡占状態が続いている。それに比べると、日本の方が地元の民間活力をいかした公園管理ができている。
 整備費に限って言えば、実は日本の国立公園もアメリカには引けをとらない。ハコモノなどの施設整備費、つまり公共事業費が大きいためだ。ただ、見方を変えれば、施設の過剰整備とそれに伴う維持管理費の肥大化と表裏一体でもある。その点では、なるべく予算をかけずに効率的に保護区を管理する姿勢と工夫をしているアメリカの国立野生生物保護区の管理運営は参考になる。これは、あまり名の知られていない国立公園や小さな歴史公園などにも当てはまることだ。日本でも、上高地のような利用者数の多い国立公園はアメリカの有名な公園の管理手法が参考になるだろうが、利用者数の少ない公園や利用拠点では、むしろこうした小規模公園や野生生物保護区の例が参考になるだろう。
 国土面積に対する割合の日米の違いも見逃せない。国立公園を国の直轄管理にする場合、職員を増やすことができないのであれば、管理を合理化するか、面積を縮小するか、施設を減らすといった対策を講ずる必要がある。こうした考えに至ったのは、国立野生生物保護区の管理を目の当たりにしてからだ。魚類野生生物局の管理するこの保護区は、国立公園に比べると職員数も予算額もはるかに小さい。一人当たりの管理面積も比較的日本の国立公園に近い。国立野生生物保護区の管理はこれを前提にして割り切っている。施設は簡素なものばかりで中には手作りの施設もある。ボランティアが主役になってビジターセンターを切り盛りし、ハンターに野生生物の個体数管理を依存する。国立野生生物保護区の管理費は特別会計に依存している割合が高く、その多くは狩猟関係の課税収入だ。地元の行政機関との関係も密接だ。今後、日本の国立公園が目指すひとつの解決策が野生生物保護区にあるように思える。なお、魚類野生生物局は、全米規模の希少野生生物や渡り鳥に関する政策も所管している。保護区の設立と管理はそうした保全施策の一部である。日本の環境省も似たような法律を所管している。こうした面でも共通点が見いだせる。関連する政策オプションと組み合わせた管理体制を取ることで、より大きな効果が期待されるだろう。

地元対策としての教育プログラム

 では、アメリカの国立公園は地元との連携をどのように模索しているのだろうか。
 国立公園局の地域戦略の大きな柱は教育プログラムだ。マンモスケイブでもレッドウッドでも、国立公園内には自然解説(インタープリテーション)部門とは独立した教育プログラムが存在する。この2つの部局は似たような業務を担当しているのに、なぜ独立しているのか当初は理解できなかった。実際には、目的も対象も全く異なることが次第にわかるようになっていった。
 教育プログラムの対象は、原則として地元の小中学校に限られる。学校のカリキュラムに対応したプログラムを作成し、学校で授業を行ったり、生徒を公園に受け入れて野外授業を行ったりする。児童・生徒が移動する往復のバスは学校負担だが、それ以外の費用はかからない。教師向けのテキストの作成費用などには、ビジターセンターで物品販売をした収益などが充てられている。勤務する臨時職員も大学の教育学部の学生が多い。自然解説部門のように「トーク」が得意な人材ではなく、プログラムを作成したり、そのための教材を用意したり、場合によっては実際に地元の学校に出向いて授業を行うことのできる人材を配置している。

マンモスケイブ国立公園での環境教育プログラムの様子。国立公園をフィールドとして様々なカリキュラムに対応した授業が行われる。
マンモスケイブ国立公園での環境教育プログラムの様子。国立公園をフィールドとして様々なカリキュラムに対応した授業が行われる。
教師向けの環境教育マニュアル。ビジターセンターでの物販収益を用いて制作される。
教師向けの環境教育マニュアル。ビジターセンターでの物販収益を用いて制作される。

 シーズンオフには学校とスケジュールやカリキュラムの調整を行う。シーズン中はひっきりなしにスクールバスがやってきて、国立公園で野外授業が行われる。駐車場はもちろん、講義室、芝生広場、ピクニック広場、トイレなども充実しているので、学校のクラスをまとめて受け入れるのに最適な条件がそろっている。もちろん授業の場となる自然環境は一級品だ。レッドウッドには自然学校まであり、教育棟には大規模な厨房が備え付けられている。保護者が食事をつくり、子どもたちの世話をする。夜は子どもたちだけでバンガローに宿泊する。まるで林間学校のようだ。
 教育プログラムは教室だけではなく、レッドウッドの原生林の中でも行われる。ふかふかの林床に寝転んで100メートルもの高さの巨木を眺めながらいろいろなゲームが行われる。また、レッドウッドの特徴は、差別や貧困のため、教育機会が十分に確保されていないアメリカ原住民の子どもたち向けの教育プログラムもあるのだ。いかにも西海岸らしい取り組みといえる。
 華やかなインタープリテーションに比べ、教育プログラムは地味だ。ところが、開始から20年以上経過し、国立公園に対する地元理解の醸成という点ではかなりの効果がでているという。国立公園の大切さや自然保護などの意義を、実際に今、地域で意思決定を担っている世代に理解してもらうことは困難だ。目の前の経済的な問題の方がずっと重要な課題だ。そもそも、そのような価値観を共有していないから、理解する素地すらない。
 ところが感受性の高い子供たちは違う。実際に自然を体験しながら、その大切さを学ぶことで、素直に国立公園の重要性が理解できる。また、子どもたちから話を聞くことで、親の世代もその重要性に気が付いたりする。だからこそ、将来地域を担っていくことになる子どもたちに訴えかけるのだ。講義を受けた子どもたちが地域社会を担う年齢層に達し、地域社会の価値観が少しずつ変化している。根気の必要な息の長いプログラムではあるが、国立公園局の戦略は着実に実を結んでいるといえる。

レッドウッド国立公園内にある自然学校。
レッドウッド国立公園内にある自然学校。
自然学校の内部。
自然学校の内部。
自然学校の敷地内にあるバンガロー。子どもたちは泊りがけのプログラムに参加することも可能だ。
自然学校の敷地内にあるバンガロー。子どもたちは泊りがけのプログラムに参加することも可能だ。

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