一般財団法人環境イノベーション情報機構

H教授の環境行政時評環境庁(当時)の職員から大学教授へと華麗な転身を果たしたH教授が、環境にかかわる内外のタイムリーなできごとを環境行政マンとして過ごしてきた経験に即して解説します。

No.049

Issued: 2007.02.08

第49講 IPCC第四次報告書と生物多様性保全

目次
世相概観―「あるある」事件、柳沢失言、不二家不祥事、宮崎知事選、鳥インフル、残業代ゼロ法案流産
PM2.5の環境基準制定へ動き出す?
IPCC第四次報告書の波紋
気候変動の生態系影響とツボカビ
生物多様性保全を巡って
レンジャーアンケート

Aさんセンセイ、2007年も多難の年ですね。

H教授なんだ、いきなり。

Aさんだって、新年からいろんなできごとがいっぱいですよ。

H教授ふうん、どんなことだ。ざあっと言ってごらん。


世相概観―「あるある」事件、柳沢失言、不二家不祥事、宮崎知事選、鳥インフル、残業代ゼロ法案流産

Aさんまずはテレビの『発掘!あるある大事典』捏造事件。ワタシャ、あの放映から納豆を毎食食べてたっていうのに。

H教授キミ、今「捏造」をネツゾウと言ったろう、ま、今じゃネツゾウのほうが通りがいいけど、正しくはデツゾウだ。

Aさんどうでもいいじゃないですか、そんなこと! それより、やることがえげつなさすぎると思いません?

H教授そんなもの、信じる方が悪い。テレビ番組なんて“演出と称して、やらせや誇張、歪曲は当たり前、視聴率さえ取れればいいと考えている”と思っていた方がいい。
特に健康とかオカルト絡みの情報バラエティ番組なんて、ハナっからでっち上げ、インチキを疑ってかかった方がいい。「そんなアホなー」とか、「また、デタラメをー」と突っ込みを入れて笑い飛ばしながら観るのが通ってもんだ。あの手の番組で比較的信頼できるのは『ためしてガッテン』くらいじゃないかな。

Aさんそうか、センセイは一見マジメそうなNHKのアスベスト番組でもひどい目にあってますものねえ【1】

H教授うるさい、他には?

Aさん柳沢厚生労働大臣の「女性は子どもを産む機械だ」というひどい発言をめぐる騒動だとか、不二家のトンデモな事件だとか、そのまんま東サンが宮崎県知事になっただとか、鳥インフルエンザがまた流行り出したとか、いっぱいありますよ。

H教授こらこら、これは環境行政時評だぜ。そんな話題で時間をつぶしているヒマはないぞ。


Aさんセンセイ、それはワタシのセリフです。十八番を盗らないでください。じゃ、コメントは一切なしですか。

H教授うーん、じゃそれぞれ一言づつコメントしておこう。
まずは柳沢サンの発言。産むのは女性だけど、女性だけじゃ産めないということを忘れちゃいけない。少子化をなんとかしたいというところから派生したトンデモ発言だけど、少子化はどうしたってとまらないよ、それに少子化は必ずしも悪いことばかりじゃない。少子化の結果としての人口減少は持続可能社会だとか、循環型社会の形成ということを考えれば、むしろ必要なことなんだ。
ま、少子化を緩和させるには、婚外子を優遇するしかないんじゃないかな。フランスがかつては人口減少に悩んでいたけど、今はほぼ止まった。そして今じゃ、子どもの半分は婚外子だって話だ。

Aさんそうですよねえ。アタシだって今は子どもが欲しいとは思わないもの。

H教授彼氏は欲しくてもね。

Aさんほっといてください。で、不二家事件は?

H教授不二家はISO14001の認証取得をしていて、廃棄物を毎年減らすことを至上命題にしていたそうだ。賞味期限切れのものを廃棄物にしたくなかったからだという話を聞いたことあるよ。


Aさん! ホントですか。

H教授はは、ウラは取ってないからガセかもしれない。でも、循環、循環と騒ぐわりには、こういう場合の有効活用の仕方を考えてないみたいだな。

Aさんセンセイだったら? 飼料ですか、堆肥化ですか。

H教授賞味期限切れでも健康に影響が出るようなものじゃないとは思っていたんだろう。だったら期限切れというのを明らかにしたうえで、社長以下社員が消費する。そして社員も食べてますからといって、希望者に無償配布するってのはどうだ。

Aさんばっかばかしい。じゃあ、そのまんま東さんの知事当選は?

H教授多くの県民は官僚出身者だとかの従来型の候補者に飽き飽きしてるんだろう。まったく無名の市民じゃダメだけど、ある程度の知名度があって、それなりに勉強してマジメそうだと判断すれば、従来型の候補者より県民の選択はそちらに流れるということじゃないかな。
問題は、そういうタレントや作家で知事になりたいなんて奇特な奴が滅多にいないということ、仮になったからといって、目新しい政策を実行できるかどうか未知数だということだろう。ま、東国原サンも就任直後に鳥インフル騒動に遭遇し、気の毒だねえ。

Aさんその鳥インフルエンザの方は?

H教授うーん、まったくわからない。感染経路もわからないし、野鳥からとか言われているけど、それだってホントかどうか。完全隔離しても防げるのかどうかもわからない。
ただ、鶏肉や鶏卵を食べて感染したヒトはいないから、そこだけは安心していいんじゃないかな。

Aさんエグゼクティブなんとかって残業ゼロ法案もつぶれましたね。


H教授ホワイトカラーエグゼンプション(WE)法案だ。参院選を控えてそんな法案出せるわけがないだろう。ボクは決して反対というわけじゃないんだけど、ゼミの卒業生を見ていると、いまだにサービス残業がはびこってるみたいだ。
ある留学生なんて、この10年、毎晩22時まで残業しながら、ずっと残業手当ゼロだそうだ。職を失うと大変だから、何にも言えないっていうんだから驚くよ。労基署に訴えろと言ったんだけど、こういうのをなくすほうが先決だろう。

Aさんさ、じゃぼちぼち本論に行きますか。今回は何ですか? またまた温暖化じゃないでしょうね。たまには違うテーマにしてくださいね。

H教授一昨晩(2月2日)のNHKのニュースを見て、驚いた。
東京大気汚染公害訴訟で国が原告との和解協議に応じるとのことで、そのため国はSPMの環境基準をPM2.5を中心に改定するだとか、首都高速のロードプラインシング化を進める方向で具体策を詰めるだとかって報じていた。
ニュースの中では国の対応を評価する原告側の声や、「原告に金銭補償しないのなら納得しないだろうし、ナンセンスだ」とか言っているシンタロウ知事の記者会見の模様なども入っていたんだ。

Aさんあのう、PM2.5って?

H教授SPMは浮遊粒子状物質(Suspended Particle Matter)といって大気中に浮遊している粒子状物質のことで10ミクロン以下の粒径のものをいう。環境基準が決められているんだけど、達成状況はあまり芳しくない。
そしてこれよりはるかに細かい粒径2.5ミクロン以下の微粒子のことを特にPM2.5といい、ディーゼル排ガスに多く含まれている。このPM2.5は発ガン性が懸念されたりして、欧米ではよく問題にされているんだけど、日本ではPM2.5としてはまだ環境基準も定まってないんだ。


Aさんロードプライシングというのは?

H教授渋滞や自動車公害を防止するため大都市に流入する交通量の抑制を図る経済的な手法のことだ。ニュースで報じられた計画では、首都高速の料金を高くして湾岸線の方を安くすることで、首都高速に入るクルマの量を減らそうというものだ。関西では尼崎公害訴訟や43号線訴訟があったりして、既に試行しているんじゃなかったかな。

Aさんへえ、じゃシンタローさんがなんて言ってるのか知らないけど、一応は大英断じゃないですか。

H教授テレビのニュースだと一過性だからよくわからない。
ところが、翌日の朝日新聞をみると、安倍サンが和解協議に応じる意向を示し、医療費助成も検討すると語ったとだけしか書かれていない。新たな対策として今国会提出予定のNOx・PM法改正のことを触れているだけで、PM2.5の環境基準のこともロードプライシングのことも一言も触れてない。ネットニュースでも見つからなかった。なんだか狐につままれた気持ちだ。

AさんNHKのスクープで新聞がへそを曲げたか、それともNHKの先走り、早とちりだったかのどちらかですね。


IPCC第四次報告書の波紋

H教授まあ、それは今後の経過を見ればわかるだろう。いずれにしても奇怪な話だ。
ところで、2月2日の夕刊には、IPCCの第一作業部会がパリで開催され、IPCC第4次評価報告書の自然科学的根拠に関する報告書が承認されたって記事が大きく取り上げられていた。


Aさんじゃあ、今回もまた、温暖化・気候変動ですか。

H教授仕方ないだろう、時評なんだから。去年、スターンレビューが出されたり、今来日しているゴアさんの『不都合な真実』が話題を呼んだ【2】けど、今年はそれに輪をかけて温暖化一色になる可能性だってある。

Aさんどうしてですか。

H教授まず、ブッシュさんはこれまで人為的な原因で温暖化が起きている証拠はないだとか、温暖化では後ろ向きの発言ばかりしていた。去年のサミットでは、いかにも渋々温暖化が起きていることに同意したけれど、それが先日の一般教書演説で一転して前向きな発言をした【3】

Aさん京都議定書に復帰するんですか。

H教授マサカ。ガソリンを20%削減してバイオエタノールに切り替えるとか、そういうたぐいの話で、単なる決意表明の域を出ないけど、いかにも前向きのような姿勢を出していた。

Aさんブッシュさんは改心したんですかね。

H教授そんなわけないだろう。イラク政策があまりにも惨憺たる失敗に終わり、それにもかかわらず、なお軍を増派することとした。自分でも酷評されるのはわかりきってるから、一個ぐらいは世間受けのすることを言わなくちゃと思ったんじゃないかな。
日本政府もいい加減レームダック化しているブッシュさんへのゴマすりはやめるべきだな。久間さん(防衛相)はいいことを言ってるよ。

Aさんホント、センセイはブッシュさんがお嫌いなようですね。ま、ワタシも別に好きじゃないですけど。

H教授好き嫌いの話じゃない。そして先日開かれたダボス会議、いわゆる国際的な賢人会議だけど、ここでも今までは話題にもならなかった温暖化の話が結構話されたらしい。ネットなどに根強く巣食う温暖化軽視論者は、ダボス会議では温暖化問題が従来話題にもなってないことでもって、温暖化軽視論をぶっていたんだけど、その論拠がひとつ崩れた。
また「終末時計」が7分前から5分前まで進んだけど、それも温暖化が原因ということだ。

PM2.5の環境基準制定へ動き出す?

Aさんダボス会議? 終末時計?

H教授ダボス会議はスイスのダボスで毎年1月末に開催される「世界経済会議」のことで、多国籍企業の経営者、有力政治家、著名エコノミストなどが一堂に集い、グローバルな政治経済について討議する社交場、いわば政財界人サミットのことだ。年会費が3万ドル、つまり400万円だって。
世界終末時計は1947年に核戦争による人類滅亡を懸念したアメリカの「原子力科学者会報」により管理されている世界終末まであと何分と表現するもので、冷戦が終結したときは17分前、2002年から7分前だったけど、今年に入り5分前まで2分進められた。


Aさん今年に入ってEUがポスト京都議定書で国際的な合意ができれば、先進国は2030年までに温室効果ガスを30%削減すべきだし、国際的な合意ができなくてもEU単独で2020年までに20%削減すべきだと域内各国に提案しましたもんね。
ブッシュさんはそういう風向きを考えたということですね。

H教授ニホンだってそうだ。安倍サンが突如「環境立国」ということを言い出し、その構想を夏までに発表すると言い出した。これだって、メインは温暖化だろう。
中身なんてわかっちゃいなくても、憲法改正だとか、教育再生だけじゃダメで、そういうことを言わなきゃいけないということはわかったんだと思うよ。

Aさんふうん。で、そのIPCC第四次評価報告書の中身は?【4】

H教授基本的には第三次のそれと変わったわけじゃない。第三次報告書に比べてより科学的に精緻になった印象を受ける。実は今までは温暖化が人為的な温室効果ガスの増加によって起きていると断定していたわけじゃなかったんだ。だからこそ、ブッシュさんなんかも今までは逃げていたんだ。
第四次報告書では温暖化が9割以上の確率で人為的な温室効果ガスの増加によるものだと言っており、限りなく断定に近い言い方になった。
だからブッシュ流の逃げ方はもう許されなくなったんだ。


Aさんで、どういう予測なんですか。

H教授原文を読んだわけじゃないんだけど、過去100年間に平均気温で0.74°C上昇したと結論付けている。
今後の予測に関しては6つのシナリオを示し、省資源・環境配慮重視の循環型社会を実現すれば、今世紀末には80〜99年に比べて平均で1.8°C(1.1〜2.9°C)の上昇、従来型で行けば4°C(2.4〜6.4°C)上昇すると予測している。
つまり、ほとんどありそうもないケースも含めて予測の幅は1.1〜6.4°Cで、第三次ではそれが1.4〜5.8°Cの上昇という予測だったから、第三次報告書とそれほど変わったわけじゃない。
例によって安井先生がわかりやすく解説されているから、目を通しておくといいよ【5】
なお安井先生の解説によると、IPCCの評価では1950年からの地球の気温は人為影響を除いたら下降気味らしい。つまり温度上昇の全部が人為影響によるものらしい。

Aさんメディアでは随分6.4°Cというのを強調して、「深刻化した」と言っていましたねえ。

H教授まあ、それがメディアの特徴だから仕方ないだろう。

Aさん海面上昇の方は?

H教授海面上昇では同じく過去100年間に17センチ上昇したとし、今世紀末にはさらに18〜59センチ、ありそうな数字としては28〜43センチの上昇を予測している。第三次報告書では9〜88センチの上昇だったから、予測の範囲がやや狭まっている。第41講(その2)で上方修正があるんじゃないかと言ったけど【6】、幸いなことに外れたね。

Aさんメディアはしきりに温暖化が「深刻化した」と報道してますけど、「深刻化した」というのは温暖化が今までの予想以上に加速したというんじゃないんですね。

H教授うん、人為によって温暖化がもたらされていることがより確実、というかほぼ確定したということなんだ。
だからメディアの「深刻化した」という表現を予想以上に加速したと思わせるとして批判するのはいいんだけど、それだけじゃなく、かくのごとく温暖化問題はメディアが煽ってるだけで、本当は温暖化なんて大した問題じゃないんだという論者が、この第4次報告書の第一作業部会報告書が発表されたあとも、ネットの世界に結構いるのには呆れた。
彼らは2°Cや3°Cの上昇なんて大したことじゃないと、ホントに思ってるのかなあ。


Aさん確か、2°Cの上昇が許されるぎりぎりの許容範囲──もちろんそれだって多大な悪影響があるけど──だというのが、多くの識者の意見だったですよね。
つまり、待ったなしじゃないですか。これからは温室効果ガスの排出抑制に向けて、世界も一直線に進むんじゃないですか。

H教授うーん、そういけばいいんだけどねえ。でもIPCCがなんと言おうと、スターンがなんと言おうと、2°Cや3°Cの上昇なんて大したことないんだというロンボルグ信者も依然として少なくはない。CO2排出半減への道は限りなく遠いと思うよ。

Aさんどうしてですか。

H教授もちろん省エネ型機器の開発は進むだろうけど、途上国の発展に伴う排出増加分を全部チャラにして、さらに半減させるだけの画期的な省エネ技術はムリじゃないかなあ。

Aさんバイオエタノールや風力太陽光など再生可能エネルギーへの代替が進むんじゃないですか。

H教授もちろんそれは進むだろうけど、いずれにせよ現在の先進国の生活レベルを全世界に普及させるだけのエネルギー需要は膨大なものだ。化石燃料の使用を半減させたうえで、それを満たすことなんて到底できっこないと思うよ。
だから化石燃料の使用抑制を考えずに、適応策の強化だとか、CO2の地中隔離技術に流れる恐れがあるんじゃないかな。
あるいは野放図な原発の増設。でもこれはこれで問題は大きい。
つまりエネルギー消費を現状のように野放しにしたままでは、化石燃料依存社会からの脱却はムリだと思う。


Aさんつまり本当の意味で持続可能な社会にするには、エネルギー消費抑制型社会にしなければいけないということですね。

H教授でも、それができるのかなあ。

Aさんだって、たかだか数十年昔のエネルギー消費レベルに戻るだけだって、センセイ言ってたじゃないですか。

H教授そりゃあそうなんだけど、キミはケータイを捨てられるか? エアコンなしの生活に耐えられるか?

Aさんそんなこと言えばセンセイだってそうじゃないですか。
たった5キロの距離をクルマで通学しているくせに、わざわざジムに通って自転車漕ぎやランニングマシーンに乗っかってるんでしょう。だったら毎日学校まで走るか、せめて自転車に乗れば済む話じゃないですか。

H教授そうなんだよねえ(溜息)。
ま、オイルピーク論が本当だとすれば、やがてはいやでもそういう生き方をしなくちゃいけなくなるし、そうなればなったでなんとか楽しく生きていけると思うけど、意識的・自発的にそういう社会をつくるのは難しいと思うな。
いよいよ環境省でも50年先の低炭素化社会を探る検討会をスタートさせたみたいだから、どういう議論がなされるのか、楽しみにしよう。


気候変動の生態系影響とツボカビ

Aさんところで、今年は暖冬ですねえ。雪も少ないし、クマが冬眠しなかったり、スキー場が開店休業だったり、梅の花が綻び始めたりしていますけど、これも温暖化の影響ですか。

H教授うーん、直接にはエルニーニョのせいらしいけどね。
あとIPCCの第四次報告書で海水温が上昇、それが深層まで及んでいること、さらには海水の酸性化が進むことを指摘しているが、個人的にはこのことは重要だと思うな。
来世紀以降には第43講(その1)で言った海洋大循環【7】が弱まる可能性がかなり強いし、超長期的にはグリーンランドの氷床はすべて溶け、7メートルくらいは海面上昇が起きるそうだ。
そしてもっと差し迫った話としては温暖化などの気候変動が生態系に及ぼす影響が無視できないだろうということだ。


Aさん北極の話はよく聞きますけど、他にもあるんですか?

H教授いっぱいあるさ。
ほんの少し海水温があがるだけで、サンゴは白化現象を起こし、死滅する。エルニーニョの年に白化現象が起きるのはよく知られているけど、海水の温暖化が進めばサンゴ礁がどうなってしまうか心配だ。
日本近海でもエチゼンクラゲが増えている。シリカの供給が三峡ダムの建設で絶たれたからだなんて、本当かウソかわからないような話を聞いたことがあるけど、これだって海水温の上昇とまったく関連していないって言い切れるのかどうか。
また爬虫類などでは雌雄の性別を決めるのは染色体ではなく、孵化時の温度で決まるものもいる。こうしたものにも影響が出ないか心配だよね。
総じて自然の気候変動ならゆっくりと適応していくんだろうけど、人為的な気候変動じゃ適応するだけの時間がなくて滅びていくものだってあるんじゃないかな。

Aさんそういえば世界的にカエルが減ってるそうですね。

H教授うん、一時期環境ホルモンのせいじゃないかなんて言われたこともあったけど、どうやらツボカビが原因らしい。

Aさんツボカビ?

H教授うん、両生類の皮膚に含まれるケラチンなどを分解して生きている真菌、つまりカビの一種だ。ヒトには感染しないが、水を介して両生類に感染し、90%と致死率が極めて高いらしい。
80年代に発見されたんだけど、どうやら原産は南アフリカ。オーストラリアや中米で流行し、カエル類が激減したらしい。それが日本でも昨年暮れにペットショップで見つかって、環境省も戦々恐々としている。


Aさん温暖化と関係あるんですか。

H教授よくわからないけど、関係あるという説もあるらしい。気候変動により、ツボカビの生息に適した範囲が広がったんじゃないかというわけだ。

Aさん南アフリカ原産だとしたら、それがどうして海を渡ったんですか。

H教授ウシガエルなどツボカビに強い種もいるらしくて、そういうのに付いて持ち込まれたんじゃないかという話だ。だとすれば外来生物の影響ということになる。
これはまったくの思いつきだけど、気候変動で砂漠化が進むとともに上昇気流が強くなり、それに乗ってツボカビの胞子かなにかが海を渡ったなんてことはないのかな。

Aさんカエルが絶滅すると、とりあえずは虫が増えちゃいますね。

H教授食物連鎖が狂っちゃうのは確かだけど、それだけじゃなくツボカビが全世界的に広まる過程で突然変異を繰り返し、ヒトにも感染するようになるなんてことが、まったくないという保障はない。
鳥インフルエンザにしてもそうだけど、生物世界のことはまだまだわからないことだらけだ。乱獲や生息地の破壊、汚染物質だけでなく、人為的な気候変動が生物多様性に大きな影響を与える可能性があることを忘れちゃいけないと思うよ。


生物多様性保全を巡って

Aさん生物多様性の保全って、よくわからないなあ。センセイから授業で生物多様性というのは種の多様性、遺伝的多様性、生態系の多様性という三つのレベルがあると教わったけど、その三つの多様性の関係がよくわからない。

H教授はは、ボクだってわからないさ。ただ一般的に自然保護と言った場合、きれいなものや珍しいもの、貴重なものの点的な保護保全、つまり種の保全に傾きがちだったけど、それだけじゃいけない、もっとトータルな生態系の保全を考えなくちゃいけないぐらいの意味だと思うけどね。


Aさん生物多様性条約というのがありましたね。

H教授うん、CBD(Convention on Biological Diversity)と略している。92年に採択、翌年日本も条約を締結し、93年に発効した。ほとんどの国が締約国になっているんだけど、ここでも米国は未加盟だ。

Aさんどうしてですか。

H教授条約の目的は生物多様性の保全だけじゃなくて、「生物多様性の構成要素の持続可能な利用」と「遺伝資源の利用から生ずる利益の公正で衡平な配分」というのを上げている。
この最後の文言が多くの遺伝資源の原産国である途上国を利する、つまり途上国の生物などから薬などを開発した米国の利益が減ると判断したんだろう。
まったくしようがない国だよねえ。イランや北朝鮮のことを言えるんだろうかと思っちゃうよ。

Aさんセンセ、センセイ。そういう話はほどほどに。

H教授わかった、わかった。ところでCOPというのは気候変動枠組条約締約国会議のことだと思われがちだけど、実は "Conference Of the Parties"、つまり単に条約の締約国会議のことなんだ。だから多様性条約の締約国会議もCOPで、開催回数の数字をつけて、COP6とかCOP10などと言うんだ。
多様性条約のCOPは一年おきに開催されているんだけど、2002年のオランダのハーグで開かれたCOP6で「2010年目標」というのが決められた。
内容は簡単で、多様性の損失速度を2010年までに顕著に減少させるというもので、COP6以降その具体的な分野別の目標や評価方法などをまとめてきた。


Aさん生物多様性の損失の現状ってどうなってるんですか。

H教授地球規模生物多様性概況(Global Biodiversity Outlook:GBO)【8】というのを条約事務局がまとめている。2006年にはGBO2を報告・公表しているんだけど、生物多様性の健全性を測る15の指標のうち12の指標で悪化しているとしている。
また、その中では2000年以降、毎年600万haの原生林が消失したとか、1970年から2000年の間に水系の生物の個体数は50%、陸域生物の個体数は30%減少したと評価している。また地球規模での生物資源に対する需要は、生物資源の再生能力の20%を越していると評価している。
つまり、生物多様性の観点からすれば、持続可能な社会では決してないと言ってるんだ。

Aさんひぇえ、ロンボルグの言ってることとだいぶ違いますね。

H教授ほかにも国連が2001年から2005年までかかってまとめた「ミレニアム生態系評価」(Millennium Ecosystem Assessment:MA)というのがある。
それによると過去40年間で河川湖沼からの取水量が倍増したとか、1980年以降にマングローブが35%失われ、サンゴ礁の20%が破壊されただとか、窒素の海への流入量は1860年の倍に達するとか言っている。
さらに魚類資源の少なくとも4分の1は漁獲過多に陥っていると評価している。
先月、マグロについての国際会議が神戸で開かれ、漁獲規制の話が決まったけど、漁獲過多はマグロだけじゃないんだね。
で、結論的には人類により引き起こされた絶滅速度は自然状態の約100から1,000倍だと言ってるし、来世紀までに鳥類の12%、両生類の32%が絶滅すると評価している。

Aさんその評価の中には、人為的な温暖化などによる間接的なものは入ってないんでしょうね。温暖化が原因だなんて、なかなか確かな証拠がないですもんね。

H教授いや、それが入っているようだ。他にも過剰なリンと窒素の流入などによるものも入っているそうだ。


Aさんふうん、その目標年が2010年ですか。もうすぐですね。

H教授うん、その節目の年に開かれるCOP10の開催国に日本が立候補することを先月閣議了解した【9】。開催地は大阪と名古屋が手を挙げたんだけど、名古屋に決まった。

Aさん立候補しただけで、決まったわけじゃないんですよね。

H教授来年ドイツで開かれるCOP9で決まるんだけど、他に立候補国がないようだから、すんなり決まるんじゃないかな。
この条約のもとにカルタヘナ議定書というのがあって遺伝子組換生物の取扱いについての国際的な枠組を規定している【10】。この議定書締約国会議も同時開催されるということだ。

Aさんじゃあ、日本も本格的に生物多様性保全に取り組まなきゃいけないですね。

H教授うん。この条約では加盟国が生物多様性国家戦略を定めるとしている。
日本の一番最初のものは国家戦略とは名前だけで、各省のやっているさまざまな、結果的には生物多様性保全に寄与している可能性のあるものを羅列して修文しただけのものだったけど、その後、現在の新・生物多様性国家戦略が策定されて、それなりに体系だったものになっており、問題意識も明確になった【11】
だが、生物多様性保全を直接的な目的とした明確な骨太の施策は依然として不十分なような気がする。
現在、環境省では「生物多様性国家戦略の見直しに関する懇談会」を設けていろいろ議論しているようだ【12】。今まで環境省の自然環境局は国立公園などの保護地域の管理が中心だったが、もう一つの柱として確固とした生物多様性保全政策を打ち立てようとしているのかもしれない。
本講でも、いずれこの懇談会での議論なども取り上げていこう。


Aさんそういえば生物多様性センターというのがありましたねえ。

H教授何を今頃言ってるんだ。ボクのゼミで毎年実習に行ってるじゃないか。
このセンターがデータバンク機能と生物多様性政策のシンクタンク的機能を果たしてくれるのを期待しよう。

Aさんその国立公園ですが、自然公園法が今年で50周年を迎えるそうじゃないですか。

H教授うん、国立公園も昔とは随分様変わりした。そろそろ全面的に見直すときが来ているんだろうし、環境省が指定や管理に関する検討会を設けているのもそういうことなんだろうと思うよ【13】
次回あたりでもう少し詳しく議論したいけど、今回の話との関連で言えば、やはり生物多様性とのリンクだとか、自然公園間を結ぶ回廊の保全・創出というのもひとつの大きなテーマじゃないかという気がする。

レンジャーアンケート

Aさん国立公園といえば、無記名のレンジャーアンケートを実施したって言ってたじゃないですか【14】。どうだったんですか。そもそもアンケート対象にしたレンジャーの定義ってなんですか。

H教授もちろん「レンジャー」は俗称で、広義にいえば環境省が採用した自然保護系技官全員ということになる。で、ボクなんかがレンジャーOB。
アンケートを行ったのは、そのうち現在地方環境事務所とその傘下で自然公園・自然保護業務に従事している自然保護官などの環境省技官で、アクティブレンジャーを除いた228人。回答はちょうど半分の114人だった。


Aさんじゃ新人から地方環境事務所長まで全部ですか。

H教授うん、だからはじめに属性調査として環境省(環境庁)採用後の年数、レンジャー経験年数と勤務地数、採用職種、現地自然保護官事務所勤務か地方環境事務所勤務か、職住隣接か通勤か、家族同居か単身かを聞いた。
で、生活・処遇面と業務面でアバウトな満足度を聞いた後、5つのことに絞って訊いた。
最初は2〜3年で転勤という現在の人事ローテーションについてどう思うかということ。
次が、将来ともずうっとレンジャーでいたいか、本省勤務なども希望するかどうかということ。
3つ目が地方環境事務所に現在はある程度許認可の権限委譲がなされている【15】が、それを拡大すべきかどうか。
4つ目が自然公園について施設整備の強化とソフト面の充実のどちらを重要と思うかということ。
最後は、環境省の自然保護行政の今後の方向性について、保護地域の管理充実と保護地域以外への関与の拡大のどちらが重要と思うかということだ。
そして各設問には「○」を付けてもらう選択肢だけじゃなく、それぞれに自由記述の欄も設けた。

Aさん結果はどうだったですか。

H教授うん、言い出しっぺのゼミ生がそれを卒論に仕上げた。時間的な関係で考察や分析はまだまだ不十分だけど、それなりによくまとめていた。
アンケート結果に関して言うと、回答をくれた人の8〜9割までが各設問の選択肢に「○」をつけるだけでなく、自由記述欄に具体的で熱心な意見を開陳してくれたのに驚いたし、うれしかった。

Aさんで、集計結果はどうだったんですか。

H教授人事異動のローテーションについては「短い」と「適当」と「一概にいえない」がほぼ同数。また「おおむね2〜3年で人事異動がありますが──」という設問だったけど、自由記述欄に2年では短い、3年が適切というのが結構あった。


Aさん第2の質問、将来の希望はどうだったんですか。

H教授「生涯レンジャーで」というのが半分。残りの半分はおおむね本省勤務なども経験してみたいが、あくまで本線はレンジャーと考えている人たちで、脱レンジャーを考えている人はごくわずかだった。

Aさん権限委譲についてはどうだったんですか。

H教授過半が現在程度でいいという答えだったけど、自由記述欄ではその理由として人手不足などを挙げている人が多く、条件さえ整えば権限委譲を進めるべきという人が多いような気がした。

Aさん施設整備の強化かソフト面の充実かというのはどうだったんですか。

H教授6割の人がソフト面の充実を挙げ、施設整備の強化を挙げた人は1割、どちらとも言えないという「その他」が3割で、具体的なことを自由記述欄に書いている人も多かった。
維持管理が問題だし、施設整備はもう十分、そのカネをソフトに回せという意見が多数派のようだ

Aさん今後の環境省の自然保護行政の目指すべき方向性についてはどうだったですか。

H教授当然のことだけど、保護地域の管理充実がもっとも多かった。それでも意外と少なくて約半分。4分の1の人は保護地域外への関与強化を挙げ、残りの4分の1の人はどちらかに絞ることはムリというようなニュアンスの「その他」だった。


Aさん属性別のクロスチエックはしてないんですか。

H教授それがほんとは一番重要で、ある程度はゼミ生がやったんだけど、詳細にはこれからボクがヒマを見て学生と一緒にやろうかと思っている。
だけど、実に貴重な資料だね。自由記述欄にはいろんな意見もいっぱい書いてあったし、夏の実習や合宿でレンジャーに個別インタビューもした上で、分析と考察をきちんとして──というか学生にやらせて──、いずれは『国立公園』にでも寄稿しようかと思ってるんだ。
いずれにせよ、日本のレンジャーは許認可や行政計画中心の行政官なんだけど、ナチュラリスト的機能も必要なことは言を俟たないし、レンジャー本人もナチュラリスト的才能を持っている人も多数いる。
現在じゃ純粋の単独駐在はごく少数だと思うから、いっそのこと行政官レンジャーとナチュラリストレンジャーに分けて、後者は地域別の選考採用として人事のローテーションはまったく別にする。そして自然保護官事務所は行政官レンジャーとナチュラリストレンジャーとアクティブレンジャーのトリオで構成するなんて体制が考えられないかなあ。
ナチュラリストレンジャーは有能なアクティブレンジャーから採用したり、定年を迎えたベテランレンジャーの再任用でもいいかも知れない。

Aさんなるほど、でもセンセイの論文なんて載せてくれるのかなあ。

H教授し、失敬な。ボク以外にこういう論文を書ける奴はそういないと思うぞ。

Aさん書ける人はいっぱいいるけど、立場上発表しにくいだけじゃないんですか。
それより、アクティブレンジャーや本省勤務など現地以外の広義のレンジャーにもアンケートをしてみると面白いんじゃないですか。

H教授うーん、あまり手を広げてもなあ。

Aさんあっ、今「切手代だってバカにならない」って思ったでしょう。ほんとケチなんだから。

注釈

【1】NHKのアスベスト番組
【2】昨年話題を呼んだ、スターン・レビューと『不都合な真実』
2006年環境重大ニュース(海外編)
【3】ブッシュ大統領の一般教書演説
【4】IPCC第4次評価報告書の第1作業部会報告書(自然科学的根拠)の公表について
【5】IPCC第4次評価報告書:グループI について、安井先生の解説
【6】海面上昇予測の上方修正について
【7】海洋大循環について
【8】地球規模生物多様性概況(GBO)について
【9】生物多様性条約COP10等に関する閣議了解について
【10】カルタヘナ議定書の発効
【11】生物多様性国家戦略
【12】生物多様性国家戦略の見直ししに関する懇談会について
【13】国立・国定公園の指定及び管理運営に関する検討会について
【14】レンジャーアンケート
【15】地方事務所への権限委譲

(平成19年2月3日執筆、同年2月6日編集了)
註:本講の見解はEIC及び環境省の見解とはまったく関係ありません。