事例4:宍道湖のヨシ再生(島根県松江市・斐伊川くらぶ)

[1]湖の生物のにぎわい再び―多様性を確認し活動に希望

昨年(2009年)8月、NPO法人「斐伊川くらぶ」のメンバーは、子どもたちと一緒に宍道湖北岸を訪れました。湖面の縁を覆うように茂ったヨシの根元を見ると、数ミリのヨシエビの幼生が湧き上がるようにたくさんいました。さらに、ヨシの根本の土砂をすくいあげると、小豆ほどのシジミの稚貝がころころと姿を見せました。「おー」。思わず驚きの声が上がりました。その場所は7年前に、竹ポットを使って最初のヨシの植栽をしたところです。
 生きもののにぎやかさが戻った光景を、うれしそうに語るのは理事長の小谷武さんと副理事長の飯田幸一さん。
 「夏に羽化するナゴヤサナエというトンボの抜け殻も大量に見つかりましたよ。宍道湖のヨシ原再生への地道な活動に、宍道湖の自然が応えてくれたようで」。

小谷さんたちは、今まで以上に活動に張りがでてきたといいます。


【写真1】蘇ったヨシ原


【写真2】ヨシの根周辺にいたシジミ


■水生動植物を育むヨシ原

1998年に設立された斐伊川くらぶの正式名は、特定非営利活動法人(NPO法人)「斐伊川流域環境ネットワーク」といい、文字通り斐伊川の流域の豊かな自然を取り戻すことを活動目的にしています。中でも特に重要なのは「宍道湖ヨシ再生プロジェクト」。湖の水質を浄化し、水生動植物の豊かな生態系を取り戻すことを目指し、毎年1回の大掛かりなヨシの植栽活動を続けています。


【写真3】ヨシ植栽イベント(2009年10月)

舞台となる宍道湖は、島根県出雲市と松江市の間にあり、東西約17km、南北約6km。マンボウの形に似ていると言われ、日本国内では7番目、県内では中海に次ぐ大きさです。斐伊川のほか、中小20数本の河川が流入し、さらに大橋川から東側の中海へと続いています。
 この湖は海水が混じる汽水湖で、塩分濃度は宍道湖が外海の10分の1、中海が2分の1と異なり、微妙な生態系を育んでいます。水産物では、スズキ、モロゲエビ(ヨシエビ)、ウナギ、アマサギ(ワカサギ)、シジミ、コイ、シラウオが「宍道湖七珍」(それぞれの頭一文字から「スモウアシコシ」と覚える)として知られています。
 中でもシジミは、全国の生産額の4割を占めるだけでなく、宍道湖の自然にとっても大きな存在です。水深3~4mより浅い湖面積の3割の場所が生息地で、他の生物もそれより深い場所では生きていけません。なぜならば、湖底には淡水よりも比重の高い高塩分水が滞留し、堆積した有機物の分解による貧酸素状態となっているからです。

宍道湖は有数の水鳥の渡来地としても知られています。確認されている鳥は240種以上で、キンクロハジロ20,000羽以上、スズガモ5,000羽以上。ガン・カモ類は毎年4万羽を超えています。大量の鳥の命を支えているのが、湖の魚や貝などなのです。


【写真4】宍道湖名産のシジミ


【写真5】湖岸に茂るヨシ。冬なので枯れている。


そうした餌となる生きものたちを育むのが、ヨシなのです。宍道湖に自生する主なヨシは4種類ありますが、塩分のある水中に入っていけるのは「ヨシ」1種類だけです。種と地下茎で仲間を増やし、春に芽が出て、夏には高さ2mから4mになります。水上部ではオオヨシキリが翼を休め、水中では茎が窒素やリンなどを吸収する水質浄化機能を持つだけでなく、エビやワカサギなどの小さい生きものに隠れる場所を提供します。「特にエビ類は他の魚類の餌となって食物連鎖を形成しますので、ヨシが生態系の中で果たす役割は非常に大きいのです」と小谷さんは、説明します。

■淡水化中止が大きな転機

ヨシ復活のための植栽に使う竹ポットは長さ50cmで、いくつもの穴が開けられています。それに短く切ったヨシの茎を入れて、湖岸に設置します。1年もすれば穴から茎が延びてくることが確認できます。ポットは時間が経過すれば腐るため、環境への影響はありません。


【写真6】竹ポット。右はヨシ植栽用、左はドングリ用。


【写真7】ヨシが育つ竹ポット


しかし、こうした竹ポットによる自然再生の取り組みがじわりと成果を出している反面、湖全体からすると自然環境の悪化に歯止めはかかっていません。姿を消したヨシ原、減少傾向が続く魚介類など、コンクリート護岸整備や生活排水など人間活動による自然へのダメージは、すぐに癒えるものではないのです。

宍道湖の自然破壊を語るときに、避けて通れないのが国の干拓淡水化事業です。戦後の食糧増産を目的にした国家事業でしたが、1988年に淡水化凍結、2002年に中止されました。開発の風向きが自然保護に大きく変わったのです。02年の自然再生推進法制定、05年の宍道湖国指定鳥獣保護区(集団渡来地)への指定、湿地の保全活用を目的とするラムサール条約への中海・宍道湖の登録と、開発への歯止めが強化されました。

長年宍道湖を見てきた小谷さんは「太古から私たちは、斐伊川の恵みに依存してきましたが、その生命の泉である水の環境を破壊し続けてきたのも私たちです」と、“人災”と断言します。「でも、その間違いを取り戻すことができるのも人間なのです」。

生きもののにぎわいが回復するには、宍道湖の生態系についての科学的な知識が裏づけとなります。県産業技術センターや県水産技術センターの研究機関の専門家と連携しているのはもちろん、渡り鳥を中心に野鳥の保護に力をいれている県立宍道湖自然館「ゴビウス」や野鳥観察施設「宍道湖グリーンパーク」などとも情報交換などの協力関係があります。

こうした斐伊川くらぶの取り組みは、宍道湖の自然保護を先導してきたといっていいのですが、飯田さんは生き物のにぎわい復活について、現場からの視点を強調します。
 「私たちの活動は斐伊川流域の生態系の保全から始まりました。竹ポットを使ったヨシの植栽や山へのドングリの植林など一歩一歩積み重ねて、気がついたらさまざまな生物が復活していたのです。最近は生物多様性への関心が高くなりましたが、それは目的ではなく結果に過ぎないのです」


【写真8】小谷理事長(左)と飯田副理事長(右)

取材・執筆:吉田光宏


» 次のページ:[事例4-2]多彩な協働を支える発想力―住民の視点から行政と住民つなぐ

« 前のページ:[事例3-3]沿岸の海を知り尽くす、つぼ網の漁師たち


« 事例トップページへ戻る

このページの上部へ