事例8:野川の自然再生(東京都小金井市)

[1]都会に残った稀有な自然―近場にあって大きすぎない手頃感

■湧き水を水源に、ハケ(崖線)に沿って流れる身近な川

野川は、武蔵野台地の端部、国分寺崖線に沿って東南に流れる一級河川だ。東京都国分寺市東恋ヶ窪に源を発し、小金井市、三鷹市、調布市を通り、入間川、そして多摩川に合流する。総延長20.23km、流域面積69.6km2
 現地に行くと野川の北側には崖が連なり、高低差のある土地であることがわかる。この崖の連なりが「国分寺崖線」(現地では「ハケ」と呼ばれる)。崖には雑木林が点在し、崖線のふもとには湧き水がわいている。その水を利用して、かつて昭和30年代には野川周辺に水田が広がっていた。それが、高度経済成長に伴って生活排水の流入が急増して水質が悪化、また水田も宅地等に開発されていった。


【写真1】国分寺崖線(ハケ)の斜面林


【写真2】第一調節池内のため池


近年、野川の水質は改善してきている。元々が湧水100%の川だ。生活排水の流入がなくなれば急速に水質が改善する。大雨のときなど、いまだに下水の流入はあるものの、それを除けば水自体の質は非常によい。水がきれいになると同時に、いろんな生きものが急速に増えてきたという。
 東京都の自然再生事業が実施されている野川第一・第二調節池地区は、すぐ隣が都立武蔵野公園、さらに南側に多磨霊園、下流側には都立野川公園と、緑豊かな都有地に囲まれている。崖が幸いして宅地分譲からまぬがれてきたといえる。
 広い空間と緑があって、そこに川があるという自然環境──。
 「まさに、自然の一番大事な、水と緑と土の3要素がこの場所にかなり広い範囲で残されたわけです。それは、東京都の中でも非常に稀有な場所なんです。この武蔵野公園から野川公園にかけての一帯は特にそうなんです。ハケと公園と川。そんな自然の残された場所で、私たちが生きものと遊べる場所がある。非常に楽しいなというのが、野川に関わるひとつのきっかけとしてあったわけです」
 野川の自然再生協議会で会長を務める平井正風さんの言葉だ。


【写真3】協議会会長の平井正風さん

「もうひとつの特徴が、街中にあるということです。自分たちの住んでいるすぐそばにあること。わざわざ生きものや緑を眺めに行くのに、手間暇かけて出かけていく必要がない。気軽に行けることです」
 それと、川におりるのに柵がないため、自由に河川敷におりてこれるし、水に入ることもできる。制限のない開放感が野川の特徴だ。
 大きすぎないことも地元市民にとって幸いした。
 「多摩川や、今自然再生をやっている釧路川などのような大きな自然ではなくて、ここのように水路ひとつ作ったり田んぼをちょっとつくったりするのが人力でできてしまう。川を堰止めるのも簡単だし、水を溜めるのも簡単。川をよくしていくことを自分たちの力でできそうだという、そういう場所なんですよ、ここ野川は」

そんな手軽さ・親しみやすさが、流域の住民にとって、とても大きなこととしてあるという。


■「どじょう池」がきっかけになって、住民による維持管理作業がはじまった

自然再生のきっかけになったのは、「どじょう池」の活動だった。第一調節池の最下流側に小さな池が掘られている。川岸に降りて草をかき分けて進んでいくとヨシ原の中にぽっかりと現れる小さなその池が、「どじょう池」だ。


【写真4】第一調節池内のどじょう池


【写真5】どじょう池の看板


ハケの斜面の下に、毎秒150~1500mlの湧き水があって、U字側溝に流れ込んでいた。湧水としてはほんのわずかな量で、少ないときは水道を軽くひねった程度の水量にしかならない。
 「ある時──15年ほど前でしたかね──、雨の非常に多い年があったんです。『この湧き水、もったいないよ』という人がいて、それで試しに少し掘ってみて、U字側溝の水を流し入れてみました。そうしたら、ドジョウが産卵にきたんですよ」
 それが、調べてみるとホトケドジョウ【1】だったという。
 「せっかく野川からドジョウがのぼってきて、湧き水を頼りに産卵しにきているから、ぜひここにちゃんとした池をつくりたい」と、東京都に掛け合った。それがどじょう池をつくるきっかけになった。
 当時の市長までがやってきて、一緒になってツルハシを持って穴を掘ったという。それを、東京都の当時の工事担当の職員が喜んでくれた。平成12年のことだった。

 池は、水の量にもとづいて池の規模を決めた。最低限一日1回は水が入れ替わるくらいの規模として設計した。水量が少ないため、1.5mほど掘り込み、ビニールシートを敷いて土を埋め戻している。
 現在、池の維持管理作業は市民によるボランティア活動として池の整備・修復や清掃、地元の子どもたちに生きものを見せる活動が実施されている。

【1】ホトケドジョウ
コイ目ドジョウ科の淡水魚。湧き水の流れ込む水田周辺の用水路や小川などに生息し、主に水生昆虫や藻類などをエサにしている。開発による生息地の減少に伴って生息数が激減しているとされ、環境省のレッドリストでは、「絶滅危惧IB類(EN)」になっている。

■自然再生のはじまりと、「自然を守る会」の結成

どじょう池の活動を通じて、行政(東京都北多摩南部建設事務所)と市民が互いにできること・できないことを合意しながらやっていけるよい関係が築けてきた。
 その関係の延長線上として、第一・第二調節池の全体での自然再生事業の実施に申請してみようと都から提案があった。地元市民としてもどじょう池にとどまらず、調節池全体や野川の方にもビオトープを広げていきたいという夢を持っていた。
 行政・市民両サイドの思惑が一致した。

第一調節池の竣工は昭和58年度。第二は昭和62年度。平成17年に自然再生事業が立ち上がるまで、かなりの期間が経っていた。まとまった広さのとれる第二調節池では、既得権のように野球やサッカーなどのグラウンドとして使われていた


【写真6】調節池について説明する看板。ただ、越流提を乗り越えて水が流れ込むことはめったにない

野川第一・第二調節池地区自然再生事業における自然再生の目標は、「田んぼのある風景」の復活。野川の周辺が田んぼで囲まれ、豊かな自然環境が残っていた昭和30年代ころを原風景ととらえ、水のある豊かな自然環境を再生していくことによって、自然そのものと、同時に人と自然のふれあいの体験を生活の中に取り戻していこうというものだ。
 平成18年10月に策定した実施計画の第一期事業により、第一調節池に130m2ほどの田んぼとその田んぼに水を引くための溜め池・水路などがつくられた。その田んぼや溜め池、水路などの管理運営団体として、「野川自然の会」が平成19年1月に結成された。維持管理の方法は自然再生協議会で審議して、決定する。その実作業を自然の会が担うという役割分担だ。
 会員は50~60名ほど。毎月1回の定例作業日に、水路や池の周辺の清掃、護岸の整備・修復などを実施している。田んぼの時期には毎週誰かしら集まってきているほか、第4日曜日を田んぼデーとして一斉作業の日にしている。

年2回、6月と11月に草刈りを実施しているが、水路のまわりだけは刈り残してある。草を残しておかないと水路の水温が上がりすぎてしまうためだ。
 水路は、北側の側溝をとおってハケの湧水からどじょう池に流れるものと、野川の水を引いて溜め池を経て田んぼに引き込む2系統があり、これらを別々に管理している。


【写真7】野川自然の会が管理する田んぼ

(取材・執筆:貴家章子)


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