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エコチャレンジャー

環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

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エコチャレンジャー

環境問題にチャレンジするトップリーダーの方々との、ホットな話題についてのインタビューコーナーです。

目次
環境と社会問題とビジネスが結びつくことを知り嬉しくなった
途上国を対象にするCDMという排出権取引は、途上国での事業にお金を持っていくためのツールとして有効
【1】CDM(クリーン開発メカニズム:Clean Development Mechanism)
 京都議定書に定められた温室効果ガスの排出権取引のメカニズムで、先進国と途上国が共同で温室効果ガス削減プロジェクトを途上国で実施し、そこで生じた削減分の一部を先進国がクレジットとして得て、自国の削減に充当できる仕組み。
【2】JCM(二国間クレジット制度:Joint Crediting Mechanism)
 日本が世界の温室効果ガス排出削減に貢献するため、途上国の状況に柔軟かつ迅速に対応する技術移転・対策実施の仕組みを構築する制度で、日本の貢献を定量的に評価し日本の削減目標の達成に活用するもの。
【3】IFC(International Finance Corporation:国際金融公社)
 1956年に設立された世界銀行グループの一機関で、貧困の減少や生活改善を目的に途上国の民間セクターへの投資支援や技術支援を行う。181カ国がメンバー国で、本部はアメリカに置かれている。
【4】エコファンド
 投資信託の一形態で、環境対策に積極的に取り組み、その成果が株価にも好影響をもたらしている企業に重点的に投資するもの。日本では、1999年に始まった日興エコファンドが最初である。
【5】山形与志樹(やまがたよしき)
 国立環境研究所・地球環境研究センター・主席研究員。気候変動リスク評価研究室に所属し、グローバルな視点から、システムアプローチに基づく地球温暖化リスク評価などを行っている。
【6】NEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization:新エネルギー・産業技術総合開発機構)
 日本のエネルギー・環境分野と産業技術の開発研究の一端を担う国立研究開発法人。1980年に設立された新エネルギー総合開発機構を前身とし、事業の拡大とともに名称変更を繰り返してきた。現在の職員数は約1000名。

No.064

Issued: 2017.04.21

第64回 三菱UFJモルガン・スタンレー証券クリーン・エネルギー・ファイナンス部主任研究員・吉高まりさんに聞く、二国間クレジット制度(JCM)を含む地球温暖化対策としての排出権取引を中心とした国内外の環境金融の状況[1]

実施日時:平成29年4月6日(木)11:00〜
聞き手:一般財団法人環境イノベーション情報機構 理事長 大塚柳太郎

環境と社会問題とビジネスが結びつくことを知り嬉しくなった

吉高まり(よしたかまり)さん
吉高まり(よしたかまり)さん
1985年明治大学法学部卒業後、米国投資銀行、証券会社、非営利団体国連環境計画日本協会等に勤務。
1997年米国ミシガン大学自然資源環境大学院環境政策科を卒業。在学中に世銀グループの国際金融公社(IFC)技術環境部で途上国における環境事業の社会インパクト調査に携わり、その後もエコファンドの環境起業リサーチ及びスクリーニングを実施。
2000年8月に東京三菱証券株式会社(現在、三菱UFJモルガン・スタンレー証券株式会社)に、クリーン・エネルギー・ファイナンス委員会立上げのため主任研究員として入社。入社以降、途上国での温室効果ガス削減事業の資金枠組みを推進するため、アジアを中心に中南米、アフリカなどのCDMプロジェクトのコンサルティング、クレジット創出に係る制度設計を実施。またJCMを含む日本政府による多数の調査事業に従事。昨今は、ESG投資、気候変動ファイナンスなど、日本の環境ビジネスの支援に資する、金融関連の分野にコンサルティングの業務が広がっている。
2008年度より慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特任教授。

大塚理事長(以下、大塚)― 本日は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のクリーン・エネルギー・ファイナンス部主任研究員である吉高まりさんにお越しいただきました。吉高さんは、日本で黎明期にCDM(クリーン開発メカニズム)【1】に取り組まれ、この分野の第一人者として多くの実績を残されています。本日は、日本政府がCDMに替わって進めようとしているJCM(二国間クレジット制度)【2】を含め、地球温暖化対策としての排出権取引を中心とした国内外の環境金融の状況についてお伺いしたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
早速ですが、吉高さんが国際的な環境金融の分野に携わられるようになった経緯など、自己紹介を兼ねてお話いただけますでしょうか。

吉高さん―  私は大学の法学部を卒業した後、IT企業に勤めてから金融業界に転職いたしました。転職先がアメリカの投資銀行の日本現地法人で、その後ニューヨーク本社に赴任することになったのです。この頃はアメリカのバブル期と重なる一方、1992年にはリオデジャネイロで地球環境サミットが開かれ、1993年にはビル・クリントンが大統領に、アル・ゴアが副大統領に就任した時でした。
バブルはいつかはじけるのではないかと思う一方、このままでいいのかという不安を感じていました。単なるお金を稼ぐためだけでなく、自分のやりたい仕事はなにか、何か社会に貢献する仕事ができないかと考えていました。そのような時、英語の勉強に通っていたニューヨーク大学に、「ビジネスと環境」という社会人向けの夜間開講の講座があることを知ったのです。私は、日本の学生時代から国際関係論をとるなど国際的な問題に興味をもっていましたが、ニューヨークにおける環境問題への盛り上がりに驚きましたし、「ビジネスと環境」講座では、毎回米国で環境ビジネスを実践している方の話を聞くことができ、環境と社会問題の解決とビジネスが結びつくことを知り嬉しくなったのを覚えています。

大塚― 環境とビジネスを結びつける点で、アメリカは進んでいたのですね。吉高さんにとっては、素晴らしい巡り合わせだったのだと思います。

吉高さん― しかし、ニューヨーク大学で「ビジネスと環境」講座を担当されていた先生に相談したところ、このテーマを深く理解するにはまず環境の知識をつける必要があるということで、ニューヨークでの赴任が終わってから日本に戻り、まず環境の勉強に取り組むことにしたのです。

大塚― うまくいきましたか。

吉高さん― 日本に戻り、以前からの仕事を続けながら、環境について勉強する大学を探しました。しかし、当時の日本には環境を本格的に教えてくれる学部などはほとんどなく、社会科学分野では皆無だったのです。大学の法学部の先生に相談したところ、日本の大学院などでは、基礎的な内容に偏りがちなので、アメリカの大学(院)の方が実践的で目的にあっているのではないかと示唆をいただいたのです。

大塚― 適切な示唆だったのでしょうね。

吉高さん― いろいろと調べた結果、ミシガン大学にビジネススクールと環境スクールを統合したプログラムがあることを知り、留学を決意しました。その時に考えたのは、留学して勉強をした後には、金融の分野から離れ、環境ビジネスのコンサルタントを目指すことでした。
ミシガン大学では、環境を一から勉強しました。生態系、熱帯雨林保護、ライフサイクル分析、都市計画、環境経済や政策など、まさにあらゆる分野を勉強しました。ところが、1年目が終わった時、このように広い環境の分野で専門家になろうとしても、生態学者でもエンジニアでもない私が1年や2年では無理だろうと落ち込んでしまったのです。1年目が終わった夏休みに、世界銀行グループの1機関で途上国の民間セクターに資金の貸し出しなどを行うIFC(国際金融公社)【3】で、環境部門のインターンをする機会がありました。私が環境金融の世界に入ったのは、この経験が大きかったと思います。つまり、環境ビジネスはあらゆる分野にかかわり、作ることができるので、強みの分野である金融に環境とのつながりを持つ仕事ならできるのではと確信したのです。

途上国を対象にするCDMという排出権取引は、途上国での事業にお金を持っていくためのツールとして有効

大塚― ミシガン大学の大学院修了後は、どのような仕事をされたのですか。

吉高さん― しばらくの間、ニューヨークに在住しながら世界銀行やグリーンマーケット会社のコンサルタントに携わっていたのですが、体調を少し崩したこともあり日本に戻りました。
日本では環境金融の仕事はほとんどありませんでした。金融機関で派遣の仕事をしながら、エコファンド【4】の立ち上げのための調査に関わりました。このことが、1999年の日興エコファンドの創設につながったのです。そして、2000年に現在の会社に入社いたしました。そのきっかけは、既に退職されている副社長さんに誘われ排出権ビジネスについてご提案したことでした。

大塚― 京都議定書は1997年に採択されていますが、CDMを活用するプロジェクトはどのような状況だったのでしょうか。

吉高さん― 私がCDMにかかわったきっかけの1つは、先ほども述べましたように、IFCで私が担当した途上国での事業に伴う環境影響の調査でした。また、IFCのファンドに途上国の環境ビジネスに資金を提供するものがあったことからも分かるように、途上国でも環境ビジネスが立ち上がる状況だったのです。
私が、エコファンドの立ち上げに関わり考えた結論は、途上国を対象にするCDMという排出権取引は、途上国での環境事業に直接お金を持っていくためのツールとして有効ということです。2000年には京都議定書は発効していませんでしたが、この分野に詳しい国立環境研究所の山形与志樹【5】さんにサポートいただきながら、先ほど申し上げた当時の副社長にCDMに取り組むことを提案し、認めていただいたのです。
入社後、クリーン・エネルギー・ファイナンス部が立ち上がり、プロジェクトの具体的な内容についても検討を始めました。その最初が、タイ国でのもみ殻バイオマス発電のプロジェクトでした。というのは、CDMの事業として、排出権取引ビジネスが目的であれば多量の削減量のあるフロンガスの削減、あるいは大規模な水力発電などが当時有望でした。しかし、私たちの部署には社会貢献の目的もあり、コベネフィットとして、途上国の主産業である農業から大量に廃棄される農業廃棄物の処理と再生可能エネルギー供給に着目したのです。

大塚― 確かに、東南アジアの国々のもみ殻の量はものすごいですね。

吉高さん― ASEANをはじめとする多くの途上国では、大量の農業廃棄物の処理が必要であると同時に、経済発展のために発電量を増やすことも必要なのです。そのため、もみ殻バイオマス発電は有効でした。その他にも、椰子殻、キャッサバ、生活ごみなどにも取り組みました。ところが、続いて計画したカンボジアのもみ殻発電プロジェクトは、カンボジア初のCDMプロジェクトだったのですが大変苦労しました。

大塚― どのようなことが理由だったのですか。

吉高さん― 何といっても大きな問題は日本からの技術移転がうまく進まなかったことです。カンボジアは、ご存知のように、ポルポト政権時代に高い技術や知識をもつ人材がいなくなり、そのままの状況だったのです。最初から日本の企業とパートナーシップを組めばよかったとも思いますが、当時は日本の企業はCDMに積極的にかかわってくれませんでした。

大塚― カンボジアの状況は、私も訪れたことがあるのでよく分かります。

吉高さん― このプロジェクトでは、環境省からCDM実施可能性調査の支援をいただき、NEDO【6】の事業実施支援もいただいていたにもかかわらず、2012年までに排出権を移転する計画が遅れた上に、排出権の移転手続きにも時間がかかり大変でした。

大塚― とはいえ、ご苦労された甲斐があり、カンボジアの発展に貢献されることになったのでしょう。

吉高さん― はい、本事業はカンボジア初のバイオマス発電であり、CDM事業でした。タイでは、もみ殻発電が当たり前のようにされていたのに、コメの輸出量が多い隣国のカンボジアではもみ殻がまったく利用されていなかったのですよ。その後、同国で徐々にバイオマス発電が広がっています。これまで活用されていなかったもみ殻を使ったもみ殻発電が始まったことは、これからの経済発展に役立つと思っています。

カンボジアもみ殻発電CDMプロジェクトのサイト写真
カンボジアもみ殻発電CDMプロジェクトのサイト写真


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